第三話 残念な仲間たち
『―――待て。その場で停止しろ、新人』
王国の英雄として、新たな任務への期待に胸を膨らませていたアイリスの脳内に、再びあの厳かで、少し眠たそうな神の声が響いた。
北の砦へ向かう街道のど真ん中、彼女は思わず馬の足を止める。
(神様…! 私の門出を応援に!?)
『応援なわけないだろ。いいか、今から言うことをよく聞け。お前は致命的なミスを犯している』
「ミ、ミスでありますか!?」
思わず声に出してしまい、アイリスは慌てて口を押さえる。幸い、周囲に人影はない。
『そうだ。高難易度クエストに、初期装備のソロで挑む馬鹿がどこにいる。全滅してやり直しになるのがオチだ。それでは効率が悪すぎる』
(こんてぃにゅー…? 神様の世界の言葉…?)
アイリスが首を傾げていると、ノクトは構わず続けた。
『これより、パーティー編成のチュートリアルを開始する。俺が指定する人材をスカウトしてこい。これは最優先事項だ。拒否権はない』
有無を言わさぬ神の指示に、アイリスは戸惑いながらも頷く。
こうして、聖女アイリスの、まったく聖女らしくない人材集めが始まった。
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『まず一人目。王立劇場の舞台袖へ行け。上演中の舞台に乱入して、照明効果にケチをつけている一番面倒くさそうな男がそうだ』
神様のあまりにも具体的なナビゲートに従い、アイリスが劇場を訪れると、果たしてその人物はすぐに見つかった。
「ノン! ノン! ノン! なんて野暮ったい照明なんだ! 主役の悲しみを表現するには、もっとこう…月光のような儚さと、星屑のような煌めきをブレンドした、繊細な光の演出が必要だろう!」
舞台監督に掴みかからんばかりの勢いで、派手な衣装の男が熱弁を振るっている。
光輝魔術師、ジーロス。
ノクトの指示通り、最高に面倒くさそうだ。
アイリスがおずおずと声をかける。
「あ、あの…ジーロス殿。聖騎士団のアイリスと申します。あなた様のその素晴らしいお力を、ぜひ王国のために…」
「断る!」
ジーロスは、アイリスを一瞥すると、扇子を広げて顔を隠した。
「僕の光は、戦争のような野蛮な行いを照らすためのものじゃない。僕の魔法は、世界をより美しく彩るためのアートなのだよ。騎士団の諸君には、この美的センスは理解できまい」
(だ、ダメだ…この人、話が通じない…!)
アイリスが絶望しかけた、その時。
『…ナルシストはこれだから面倒なんだ。新人、俺の言う通りに復唱しろ』
再び、神の声が響く。
『「――その通り。あなたの光は、こんな小さな劇場の照明に収まるべき器ではない」』
「は、はい! その通り! あなたの光は、こんな小さな劇場の(以下同文)」
アイリスが言うと、ジーロスの扇子を持つ手がピクリと動いた。
『「貴殿のその光輝、この国の誰にも理解されぬとは嘆かわしい。だが、我らが赴く北の戦場…薄暗い空と荒涼とした大地こそ、貴殿のアートを最も輝かせる、最高の舞台だとは思わないかね?」』
「き、貴殿のその光輝(以下同文)」
『「さあ、我らと共に、世界で最も美しい光の叙事詩を紡ごうではないか。君が、その主役だ」』
「さあ、我らと共に!(以下略)」
全ての言葉を復唱し終えた時、ジーロスは扇子を閉じ、アイリスの手に自らの手を重ねて、うっとりとした表情で囁いた。
「…君、分かるのかい! この僕の、アートが!」
「は、はい! 分かりますとも!(神様が!)」
「素晴らしい! 我が真のプロデューサーよ! その旅、このジーロスが最高の演出で彩ってあげようじゃないか!」
こうして、一人のアーティスト魔術師が、壮大な勘違いによって仲間に加わった。
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『次だ。城の西棟、三階の資料室。そこの一番奥にある、備品用のクローゼットを開けろ』
神様の不可解な指示に疑問を抱きつつも、アイリスがその場所へ向かうと、薄暗いクローゼットの隅で、美しいエルフの女性が膝を抱えて座っていた。
「うぅ…食堂はどこ…もう三日もまともなご飯を食べてない…」
弓の名手として名高いエルフ、シルフィ。
森で生まれ育ったにもかかわらず、絶望的な方向音痴で有名だった。
「シルフィ殿!」
「ひゃっ!? あ、あなたは…ゴブリンスレイヤーのアイリス様! なぜここに…というか、ここ、どこですか!?」
「ここは西棟のクローゼットです! さあ、私と一緒に来てください!」
「助かります…! あの、もしよろしければ、食堂まで案内していただけると…」
『断れ。そしてこう言え。「貴女を導くのは食堂ではない。栄光への道だ」と』
(またこのパターン!?)
アイリスは内心で叫びながらも、神の指示通りにシルフィを勧誘した。
当然、シルフィは「でも、お腹が空いて…」と困惑する。
『舌打ちしろ。そして「これだから素人は」という顔で、呆れたようにこう続けろ』
(私のキャラがどんどん崩壊していく…!)
アイリスは涙目で神の脚本を演じきった。
『「貴女のその弓の腕は聞いている。だが、その方向感覚では宝の持ち腐れだ。しかし、我と共にあれば、天の声が常に貴女の進むべき道を示すだろう。二度と道に迷うことはないと、我が神が保証する」』
その言葉を聞いた瞬間、シルフィの目が、暗闇で宝石のように輝いた。
「本当ですか!? もう二度と、自室のトイレと間違えて武器庫に入らなくて済みますか!?」
「はい、済みますとも!(神様が保証してくださいました!)」
「行きます! どこへでも付いていきます!」
こうして、一人の方向音痴エルフが、切実な理由で仲間に加わった。
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『最後だ。裏通りの賭場へ行け。一番奥のテーブルで、有り金を全部スッて途方に暮れている神官服の男がそうだ』
神様の指示は、いよいよ聖女が足を踏み入れるべきではない領域にまで及んだ。
アイリスが恐る恐る賭場を訪れると、そこには確かに、美しい刺繍の施された神官服をボロボロに着こなし、虚空を見つめている男がいた。
かつては「神童」と呼ばれたほどの回復魔法の使い手、テオ神官。
しかし、今ではギャンブルに身をやつし、教会を追放されたただのならず者だ。
アイリスが声をかけると、テオは生気のない目で彼女を一瞥した。
「なんだい、お嬢ちゃん。施しなら無駄だぜ。俺の祈りは、もう神には届かねえ…それどころか、サイコロの女神にすら見放されたんだ」
「テオ殿! 私はあなたのお力が必要なのです! どうか、私たちの旅に…」
「断る。聖騎士サマの綺麗事には付き合ってられねえよ。俺に必要なのは金だ。金さえあれば、俺はまだ勝てる…!」
完全に心が壊れてしまっている。
アイリスが匙を投げかけた、その時だった。
『…ギャンブル中毒か。一番厄介だが、一番御しやすいタイプでもある。新人、奴の耳元でこう囁け』
神様の声は、どこか楽しんでいるようにも聞こえた。
『「北の砦…。その最深部…。古代王家の隠し財宝…。金貨の山が…眠っている…」』
アイリスがその言葉を囁いた瞬間、テオの瞳に、初めてギラリとした光が宿った。
彼はアイリスの肩を掴み、がなり立てる。
「本当か…? その話、本当なんだろうな!?」
「は、はい! ただし、その財宝は強力な魔物によって守られていると…」
「関係ねえ!」
テオはテーブルを叩きつけて立ち上がった。
「魔物だろうが悪魔だろうが、俺の邪魔はさせねえ! その財宝さえ手に入れれば、俺は…俺はまだ戦えるんだ! 行くぞ、聖女様! あんたの傷は、俺が絶対に癒してやる。財宝のありかへ、とっとと案内しやがれ!」
こうして、一人の堕落した神官が、不純すぎる動機で仲間に加わった。
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こうして集められた、聖女アイリスのパーティーは、王都の門前に集合していた。
「ああ、見てごらんこの陽光! まるで僕の門出を祝うスポットライトのようだ!」と、うっとりとポーズを決めているアーティスト魔術師。
「えっと、北はどっちでしたっけ…?」とキョロキョロするエルフの弓使い。
「金貨! 金貨! 一攫千金!」と叫びながら回復魔法の準備運動をする不徳の神官。
そして、その中心で胃を痛める、苦労人の聖女。
そのカオスな光景を、ノクトは自室の遠見の水盤で眺めていた。
「新人のパーティーに入ってくれそうな腕利きといったら、こんなところか……。それにしても、なんだこのパーティーは。後衛の火力とヒーラーはいるが、肝心の盾役がいないじゃないか。これじゃ回復が追いつく前に前衛が崩壊するだろ。役割のバランスが悪すぎる、このクソゲーは…」
彼は深いため息をつくと、ポテトチップスの新しい袋を魔術で開封した。
「仕方ない。俺が司令塔と盾役の管理を兼任するか…。ああ、面倒くさい…」
最高の引きこもりライフを取り戻すため、不本意な司令官は、最低で最悪なパーティーを率いて、世界で一番迷惑な英雄譚の次なるページを、渋々めくるのだった。