第二十八話 戦利品と置き土産
レイラの気配が完全に消えた玉座の間。
そこには、半壊した氷の玉座と、呆然と立ち尽くすアイリス分隊だけが残された。
静寂を破ったのは、テオの下品な笑い声だった。
「ひひひ…! ボスはいなくなったが、お宝は俺たちを待ってるぜ! さあ、宝物庫を探すぞ!」
「ノン! 芸術家として、この空間の分析を先に行うべきだ!」
ジーロスが反論する。
「姉御! あの女の追撃は!? 俺が今すぐ!」
ギルが鼻息を荒くする。
仲間たちが、いつも通りの混沌に返りつつある。
だが、アイリスは、それどころではなかった。
(私の…可愛い聖女様…?)
レイラの最後の言葉が、耳から離れない。
それは、敵意や殺意とは違う、もっと粘着質で、理解不能な執着の色をしていた。
彼女は、自分が見知らぬ誰かの「コレクション」の対象になってしまったという事実に、言い知れぬ恐怖を感じていた。
『新人。テオの言う通りだ』
ノクトの、現実的な声が、彼女を思考の沼から引きずり出した。
『この城を制圧した以上、ここにあるものは、我々の戦利品だ。枕探しのための、重要な活動資金になる。各自、分担して、価値のあるものを探せ』
ノクトの命令は、絶対だ。
アイリスは、自分の不安を心の奥に押し込め、仲間たちに指示を出した。
「…テオ殿は、宝物庫の捜索を。ジーロス殿は、魔法的な価値のある品がないか、鑑定をお願いします。ギル殿とシルフィ殿は、私と共に見張りを」
分隊は、手際良く、城の探索を開始した。
レイラの宝物庫は、すぐに見つかった。
巨大な氷の扉を開けたテオは、しかし、その場で、崩れ落ちた。
「…嘘だろ…」
彼の目に映ったのは、山と積まれた金銀財宝ではなかった。
そこは、まるで、少女の夢の部屋だった。
壁一面の棚には、古代文明のものらしき、手触りの良さそうなぬいぐるみが、ぎっしりと並べられている。
ガラスケースの中には、精巧な細工が施された、美しいスノードームのコレクション。
そして、部屋の中央には、魔物サイズの、可愛らしいフリルのついたドレスが、いくつも飾られていた。
「金はどこだ!? 財宝はどこだ! ここにあるのは、ガラクタとぬいぐるみだけじゃねえか!」
テオの悲痛な叫びが、虚しく響いた。
アイリスは、部屋の中央に置かれた、一冊の、白い革張りの日記を、そっと手に取った。
『読め』
ノクトの命令だった。
彼女が、ページをめくると、そこには、レイラの、意外な素顔が記されていた。
『…今日、ヘルハウンドの赤ん坊が、自分の足にもつれて転ぶのを見た。完璧ではない、不格好な動き。だが、なぜか、心がざわめいた。不覚だ』
『…コレクションに、傷のついた人形が一体。完璧ではない。だが、その傷が、なぜか、他のどの人形よりも雄弁に物語を語っている気がした。処分できない』
日記は、彼女の「完璧な美」という美学と、「不格好で、可愛いもの」への、抗いがたい衝動との、葛藤の記録だった。
そして、アイリスは、最後のページに、最近書かれたらしき記述を見つけた。
『…先日、四天王の定例報告会があった。激情のギルは、相変わらず、ただ吠えるだけの脳筋。幻惑のミストは、また意味の分からない「サプライズ」を計画しているらしい。彼の幻術は強力だが、あの、常にヒントを匂わせる悪癖が、全てを台無しにしている。子供じみた男。…まあ、その詰めの甘さが、少しだけ可愛いと思えなくもないが。不覚だ。そういえば、もう一人は、また有給休暇とかで欠席していた。本当に、存在するのかしら、あの男…』
それは、まだ見ぬ四天王に関する、重要な情報だった。
結局、アイリス分隊が、レイラの「人形の家」から持ち出した戦利品は、金目のものではなかった。
ジーロスが「後学のために」と主張した、いくつかの美しいスノードーム。
そして、シルフィが「可哀想だから」と、どうしても置いていけなかった、古代の、ふわふわのウサギのぬいぐるみ。
テオは、最後まで、金目のものを探して、床板を剥がしていた。
レイラの工房を後にし、一行は、再び、魔王城への道を進む。
手に入れた情報は、大きい。
だが、アイリスの心は、晴れなかった。
レイラという、一人の、歪んだ心の持ち主を、少しだけ、理解してしまったからだ。
そして、その執着が、今、自分に向けられているという事実が、重くのしかかっていた。
「人形の家」を発ってから三日後、、一行の目の前に、新たな景色が広がった。
それまでの、荒涼とした魔大陸の風景とは、全く違う。
木々が、笑っているように見えた。
花々が、楽しげに、歌っているように聞こえた。
あまりにも、陽気で、メルヘンチックな森。
それは、この魔大陸においては、明らかに異常だった。
「…なんだ、この、趣味の悪い森は」
ジーロスが、顔をしかめる。
アイリスは、レイラの日記の記述を、思い出していた。
(幻惑のミストの領域、「幻の森」…!)
その頃、ノクトは、塔の自室で、新たな攻略プランを練っていた。
(金目のものがなかったのは、計算外だったな。まあいい。重要なクエスト情報は、手に入った)
彼は、羊皮紙に、次のボスの名前を書き込んだ。
「幻惑のミスト。サプライズ好きで、ヒントを出すのが趣味…。分かりやすいが、面倒くさそうなボスだな」
彼の目は、すでに、次のゲームへと、向けられていた。
「こいつの『ゲーム』、俺が、完璧に、クリアしてやる」
彼の不純な作戦は、次のステージへと、その歩みを進めていた。




