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第十三話 不本意なプロデューサー業

 「奇跡の聖女アイリスと、不思議な仲間たち一座」。

 ノクトがその場のノリででっち上げた「プランB」は、予想を遥かに超える効果を発揮していた。

 一座が最初にショーを行った村では、一夜明けると、彼らは英雄として、そして本物の聖人として扱われた。

「聖女様! 我が家で採れた一番の卵です! どうかお納めください!」

「ジャイルズさん! 昨日、荷馬車を助けてくれてありがとう! おかげで娘に新しい服を買ってやれたよ!」

 村人たちは、一行に心からの感謝と尊敬を捧げた。テオの寄付袋は、食料や手作りの品でパンパンに膨れ上がっている。

 ギルは、子供たちに請われて、軽々と干し草の俵を持ち上げて見せ、「力持ちー!」という無邪気な歓声に、巨体を照れくさそうに揺らしていた。

 アイリスは、その光景に戸惑っていた。騎士として人々を守ることは、彼女の夢だった。

 しかし、今、目の前にある感謝は、一つの巨大な「嘘」の上に成り立っている。

 その事実は、彼女の胸に、チクリとした痛みを伴う、複雑な感情を芽生えさせていた。(…私は、本当に正しいことをしているのだろうか…)

 彼女が感傷に浸っていると、脳内に、現実的すぎる神の声が響いた。

『新人。昨日のパフォーマンス、評価はCプラスだ。及第点だが、改善の余地が多すぎる』

(ひゃっ!? か、神様!?)

 いつの間にか、神は、彼女の上司というより、まるでショーのプロデューサーのような口調になっていた。

『いいか、昨日の反省点を共有しておく。まず、ジーロス。奴の光の演出は派手なだけで、物語性(ストーリー)がない。ただ光らせるだけでは、観客はすぐに飽きる。次は、お前が行う「奇跡」に合わせて、光で荘厳なバックストーリーを演出させろ。例えば、「一筋の希望の光が、聖女を導いた…!」みたいな感じだ』

(は、はあ…)

『次に、テオ。奴の口上は、金への執着が透けて見えて品がない。「寄付は、神への感謝の証であり、皆様の来世への投資です」くらいのことを言わせろ。もっと信仰心を利用しろ』

(…段々と、やっていることが詐欺師に近づいていませんか…?)

『最後に、お前だ、新人。奇跡を起こす時の表情が硬い。もっと、こう…民を憂い、慈愛に満ちた、聖女らしい顔をしろ。練習しておけ』

 一方的に、ダメ出しの嵐。

 アイリスは、もはや反論する気力も失っていた。

 この神は、世界の安寧や正義よりも、ショーのクオリティと収益にしか興味がないらしい。


 一行が次の町へ向かう道中、彼らは奇妙な現象に気づき始めた。

 街道をすれ違う旅人や商人が、一行を見て、ひそひそと噂を交わしているのだ。

「おい、見ろよ…あれが、噂の…」

「『聖女アイリス一座』だ! 本物だぜ!」

「北の砦を歌と踊りで解放したっていう…!」

「連れている巨人は、伝説の熊殺しの一族で、素手でドラゴンを倒したらしいぞ!」

 噂は、彼らの歩みより遥かに速く、そして遥かに大げさになって、各地に広まっていた。

 ノクトの「超絶目立ちまくり作戦」は、彼の想像以上に、効果を発揮しすぎていた。

 彼らが、次の宿場町に到着した時、その影響は、最も分かりやすい形で現れた。

「聖女アイリス様御一行の、ご到着だー!」

 町の入り口には、黒山の人だかりができており、一行は、まるで凱旋将軍のように、熱狂的な歓迎を受けたのだ。

「聖女様! どうか、この町の枯れた井戸を、あなたの奇跡で蘇らせてください!」

 町の長老らしき人物が、一行の前にひざまずいて懇願する。

 もはや、断れる雰囲気ではなかった。


 その夜。

 町の広場には、即席の舞台が作られ、前回とは比べ物にならないほどの大観衆が、固唾をのんでショーの始まりを待っていた。

「…やるしかない、か」

 アイリスは、覚悟を決めた。

 そして、ショーの幕が上がる。

「さあさあ皆様、ご注目! これより、聖女アイリス様が、皆様の祈りに応え、大いなる奇跡を顕現させます!」

 テオの口上は、ノクトのダメ出しのおかげで、以前より格段にそれっぽくなっていた。

「長きにわたり、この町の命を潤してきた慈悲深き井戸…。しかし、悪しき魔の力により、その泉は枯れてしまった…。おお、天にまします神よ! どうか、我らが聖女に、奇跡の力をお与えください!」

 ジーロスが、アイリスに、悲劇のヒロインのようなスポットライトを当てる。

 アイリスは、ゆっくりと井戸に近づいた。

『新人、井戸の中心から、三歩手前で止まれ』

 ノクトの声は、冷静そのものだった。

 彼は、アイリスたちが町に着くより先に、遠見の魔法で、この町の地下水脈の構造を完全に解析し終えていたのだ。

『そこから右に二歩。よし、その地面に、剣の柄を、さも神聖な儀式のように、ゆっくりと三回打ち付けろ』

 アイリスは指示通りに、剣の柄で、コン、コン、コン、と地面を叩いた。

『…よし。俺が合図したら、剣を高く掲げ、「光よ!」と叫べ。あとはジーロスに合わせろ』

 ノクトは、常人には感知できないほどの微細な魔力を、アイリスの足元から地下深くへと送り込む。

 硬い岩盤の、ちょうど脆くなっている一点を、正確に狙って。

 そして、その魔力を、弾けさせた。

『―――今だ!』

「光よ!」

 アイリスが叫ぶと同時に、ジーロスが、天から巨大な光の柱が降り注ぐかのような、壮大なイルミネーションを放つ。

 そして。

 ゴゴゴゴゴ…!と、大地が揺れ、アイリスが剣の柄で叩いた場所から、勢いよく、真新しい水が噴き出したのだ!

「「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」」

 広場は、この日一番の歓声と熱狂に包まれた。


 アイリスは、噴き出す水と、歓喜に沸く人々を、ただ呆然と見つめていた。

(…すごい。本当に、奇跡が起きた…)

 それが、ノクトのインチキによるものだと分かっていても、人々の純粋な喜びを前に、彼女の心は、罪悪感と、そして今まで感じたことのない、不思議な高揚感とで、ぐちゃぐちゃにかき乱されていた。


 その頃、ノクトは、水盤に映る大成功の光景に、満足げに頷いていた。

「ふむ。観客の反応も上々。寄付金の額も、前回の三倍か。悪くない」

 彼は、机に広げた王国の地図に、一行が通るべき、次の「興行ルート」を、楽しそうに書き込んでいく。

「次は、商業都市だな。あそこは金持ちが多い。入場料を取ることも検討すべきか…。そうだ、そろそろグッズも作るか。『聖女アイリスのありがたい肖像画』…テオに描かせれば、高く売れるだろう」

 彼の頭の中では、もはや「王都への帰還」という目的は、どうでもよくなっていた。

 不本意ながら始めたプロデューサー業という名の新しいゲームが、思いのほか楽しくなってきてしまったのだった。

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