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8話

 

 同派閥が1人もいないお茶会。荒れるだろうと予想はしていたが、なかなか面白い展開になってきた。自分が当事者でなければ。


「マルティム、ボルフライ、それからアスモデウスも、ありがとうございます」


 私は3人にお礼を述べる。3人とも少し腰が浮いて、今にも立ち上がりそうなので座り直してもらい落ち着かせる。

 喧嘩を売られたのは私だもん、欲しくないけど仕方がないので買い取りますよ。


「わたくしが会場に戻ってこなかったというだけで、モラクスもご両親も魔力枯渇を起こしているところを実際に見ていませんし、わたくしが倒れているところを見た人から直接話を聞いたわけではございません。ですよね?」

「え、え。さようでございます」


 私が魔力枯渇で倒れたのは事実。それは外に出したくない情報。祈りの間に入る条件はあの日の記憶から想像すると公爵家の人かつ公爵から鍵を渡された人。あ、今一瞬怖いこと想像しちゃった、あっちいけ。

 とにかく、この件はハッキリ答えず別の方向に話を持って行く必要がある。


「なら、この話はあまりなさらない方がよろしかと存じます。ただの噂の域を出ておりません。おしゃべりが楽しいのはわかりますが、ペラペラとしゃべるようではモラクスが周りから口の軽い人だと思われてしまいますよ」


 私の話からモラクスの話にすり替える。あくまで「あなたのためを想っての助言です」というスタンスで笑顔を見せれば、中立派2人とスコックス派も2人頷いてくれている。

 同派閥と言っても一枚岩ではないらしい。これはいい収穫だ。アスモデウスのことも必要以上に心配しなくてよさそうだ。

 モラクスは言い返されると思っていなかったのか、顔を真っ赤にして唇を噛んでいる。ハーゲンティに関する情報源がスコックスなら当然だろう。私は自室で側仕えといる時とバティンの部屋でしか元気な姿を見せていない。スコックスと顔を合わせる夕食は相変わらずすみっこでひっそり過ごしている。今日も私が黙って言われるがままになって、マルティムとボルフライからの印象を下げる作戦だったのだろう。


「モラクスはお父君からうかがったと先ほどおっしゃっていましたね。すでにあちらこちらでお話ししているようでしたら気をつけるよう進言をお願いしますね」


 失敗したと気がついたのだろう、モラクスが青ざめる。バティン派ではないとはいえ、中立派の侯爵家と伯爵家の御息女がいる目の前で領主の子を貶めようと確証のない話をし、さらに自分の父がその話を広めていると言ったのだ。

 モラクスが魔力枯渇の話を出した時に知っていると頷いていた2人も顔色が悪い。

 さすがにこれ以上は口をつむぐだろうと思っていたが、モラクスの側仕えが耳打ちをする。次の瞬間。


ガタンッ


 大きな音をたて、椅子をひっくり返しながらモラクスが立ち上がる。


「いい加減になさい」


 その声はマルティムだった。


「モラクス様。そのように感情をむき出しにするのは美しくないですよ。それにこれ以上失言を重ねてどうなさるおつもりですか」


 モラクスが立ち上がった時「やめときなよ~」と言いたくなっていた私は、マルティムに心の中で拍手を送った。


「ですがマルティム様、帰敬式に戻らなかったのは不自然ではございませんか」

「わたくしはそうは思いません」


 マルティムはついに体ごとモラクスへ向けて話し出す。


「みなさまもよく思い出してみてください。魔力を体内で動かしたり、魔法道具に魔力を込める練習を始めた頃を。めまいや吐き気が起きると注意を受けますよね。わたくしはこの春に帰敬式を終え、練習を始めたばかりの身。ついこの間、耳にしたところです」

「ええ、そうですね」


 ボルフライも自分の初めての魔力訓練は辛かったと話してくれる。


「今回ハーゲンティ様は祈りの間へ向かわれました。小さな魔法道具ではなく、領地全体を包む結界への魔力供給と考えると、枯渇までは行かずとも体調を崩されるのは当たり前に感じます」


 魔力供給に関しては明後日バティンと訓練しながら話を聞く予定だったので、予習になってちょうど良かったと思うことにしよう。


「ボルフライ様もそう思いますよね。動かす魔力が大きいほど違和感を感じます。モラクス様もご存知のはずですのに」

「マルティム様、彼女は子爵家で茶色の瞳ですもの。体調を崩すほどの魔力量をお持ちではございません」


 ボルフライが意外にも毒舌だった。彼女の側仕えがピクッと動いたように見えたが気のせいだろう。


「ご理解いただけて何よりです」


 私の言葉を最後にしんと静まる。私は2人の助けもあって「6歳の通常範囲の体調不良」で収まったので、この気まずい空気を壊しておきたい。

 私はカシモラルにお茶のおかわりを頼んで次の話題を考える。


「そういえば、みなさんはギルティネ様の像をご覧になったことがございますか?」


 空気を変えたいのでなるべく全員の顔を見ながら話を振る。スコックス派はお通夜状態で震えながらお茶を啜っている。こりゃもうダメだな。


「もちろんでございます。我が家には小さなギルティネ様の像が飾られております」


 マルティムが手でどのくらいの大きさか表してくれる。大体50センチくらいだろうか。


「わたくしの家にも飾られております。農村などは広場に大きな像が設置されていると聞き、一度見に行ったことがございます」


 ボルフライの話にマルティムが目を輝かせている。これは近いうちに見に行くだろうな。私もちょっと気になる。


「家に飾られている像と違い、広場のギルティネ様は伝承どおり黄色のエルダを抱えておりました」


 黄色に引っかかり、私はファルファレルロを思い出す。赤だ。間違いなく赤だ。


「ボルフライ様、そのエルダは読めるのでしょうか?」

「いいえ、マルティム様。雨風に晒されているので本の形にしてあるだけだそうです」


 マルティムがわかりやすくがっかりする。


「7つの聖書のうちの1つであり、ギルティネ様の叡智が記された本。わたくしも、気にならないと言ったら嘘になりますが、場合によっては不敬だと判断されかねませんよ」


 何その話、聞いていたのとちょっと違う。でもこの場で「検証しよう」と言ってファルファレルロを出すわけにはいかないのでひとまず静観。


「せめて写しがあれば良かったのにと思います」

「全てのエルダが読めるのは王ただお一人ですもの、ね?ハーゲンティ様」


 やばい、話を振られてしまった。知らんぞ。とにかく笑顔で頷いておく。また話題が変わり、他愛のない話で盛り上がる。

 この2人とは気が合いそうだ。またお茶会をしようと約束を取り付けることに成功した。おらワクワクすっぞ。



 そろそろお開きにしようかというタイミングでモラクスが震えながら質問をしてきた。

「ハーゲンティ様、祈りの間のギルティネ様の像は、エルダを抱えていらっしゃいましたか?」


 間髪入れず、格上の2人から魔力をぶつけられてモラクスは口を塞がれる。


「祈りの間に入ることのできないあなたに、教えられる事ではございません」


 知りたいのなら公爵位になれと暗に伝えて解散した。おそらく、今後モラクスの顔を見ることはないのだろう。

 常識という言葉はあまり好きではないがこればっかりは、常識が違う、としか表現できなかった。






 初めてのお茶会は成功に終わった。いや、なかなかの大成功だろう。失敗は何一つない。途中嫌な思いはしたが収められたし、中立派の2人と仲良くなれた。この先も良い関係を築いていきたい。

 収穫も多かった。貴族社会の怖さ、魔力の危うさ、色々と気づく事ができた。スコックス派からは嫌われているというより何をしてもいいオモチャのような扱いだなと認識した。それよりも大人にただの駒のように扱われている子供の存在に胸が苦しくなった。私をオモチャ扱いしているのだから他家で子供をオモチャ扱いしていてもおかしくないのだが、あそこまでいくと可哀想を通り越して目を覆いたくなる。だからって簡単に同情できない、私にも守らなきゃいけないものがある。


「カシモラル、わたくし、嫌な女になっていませんでしたか」


 就寝前の身支度中、つい口にしてしまった。


「そのようなことはございません、ハーゲンティ様」


 カシモラルが私の髪にクシを通してくれる。


「アスモデウス様にも礼を述べ、その後も度々全員に話しかけることで公平性を見せ、中立派のお二人を味方につけられました。簡単にできることではございません」


 そっか、いいこともできていたのかとちょっと安心する。


「子は親に逆らえません。身分の低い家ほどそれが顕著でございます。わたくしも今日は見ていて胸の痛い思いをしました」

「カシモラルも感じたのですね」

「はい。しかしあの場で流されモラクス様の話を肯定することなく、きちんと対処なさいました。ハーゲンティ様はご自身の尊厳と、ウハイタリ公爵家を守ったのです。目を見張りました」


 カシモラルが鏡越しに笑顔を向けてくれる。

 がんばってよかった。


「ありがとうございます。おやすみなさい、カシモラル」

「おやすみなさいませ、ハーゲンティ様」


 ベッドに入りカーテンを閉めてもらい、一つだけ、誰にもいえないモヤモヤを抱えて眠る。ザブナッケが帰敬式の日に私を、ハーゲンティを殺そうとしていたと気づいた事を。




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