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7話

 

 お茶会当日を迎えた。


 この日は朝から流れが違う。軽く朝食を済ませたらまず湯浴みだ。日課のラジオ体操は中止。朝風呂派じゃないんだけどなと思いつつ浴室へ行く。バティンの側仕えが2人応援に来てくれてものすごく磨かれた。

 ドレスはいつもの何倍増しでフリルとレースがついており、この時点でかなりの重量がある。パニエは2枚重ね。布に溺れそうだ。

 髪型はハーフアップ。細かな編み込みをいくつも作って後頭部に髪の毛でお花をかたどってもらった。未成年は髪を全部まとめてはいけないというので、バレエでよくやるお団子頭はダメなようだ。

 そんなこんな、4人がかりで着付けをしてもらい、いざお茶会へ出陣だ。






 初夏を感じる強い日差し。庭の美しい緑の中に領地の色である黄色の日除けが並ぶ。今日のお茶会は公爵家自慢の広大な庭で行われる。季節の花が咲いている場所に机や椅子が並べられ、その机の上にも別の花が生けられている。贅沢だ。

 ただ一つ、心配事がある、それは。


「カシモラル、殺虫剤はありますか?」


 虫だ。大量に飛び回っているわけではないが、耳元をかすめられたら平静なんて装えない。貴族令嬢にあるまじき奇声を上げる自信しかない。


「ご心配には及びません。お客様がいらっしゃる前にこの、虫除けの魔法道具を使用いたします」

「そのような便利な道具があったのですね」


 私の部屋にも置きたい。後で置かせてもらえるか確認しよう。


 魔法道具は手のひらに乗るくらいの箱に入っていた。その箱はオルゴールやジュエリーボックスと言われても分からないくらい装飾されている。開くと小さな魔石4つと大きめの魔石がついた物が入っている。おそらくこの大きめの魔石が付いている物が本体だろう。摘みと目盛りも付いている。


「どのように使うのですか?」

「この4つの魔石は魔法道具の効果範囲を指定する目印です。そしてこちらの摘みで効果時間を決めます」


 カシモラルが摘みを右にひねり、ムルムルに小さい魔石を渡して会場に設置するように指示を出す。


「本体の魔石に必要なだけ魔力を流すと起動します。最後に見えないよう、机の下へ隠しておきます」


 魔石って充電電池みたいだなと思いカシモラルに視線を向ける。が、産業革命なんて起きてないだろうし、ダンサーの私に電池の説明を求められても答えられないので余計なことは口に出さないことにした。

 それよりも、会場準備に私の身支度、この後もたくさん動いてもらうのだ。魔力くらいは自分が提供したい。


「わたくしに魔法道具の起動をさせてください」

「ですが」

「これくらい役に立ちたいのです」


 カシモラルが「これも側仕えの仕事なのですよ」と言いながらかがんで私が魔石に触りやすいようにしてくれる。そっと触れると魔力が吸い出されていく。祈りの間の鍵3本分くらい魔力が流れ、それが止まると魔石がぼんやり光出した。


「魔法道具が起動しました。この光が消えると効果も止まります」

「ありがとうございます、カシモラル。机の下へお願いいたします」


 カシモラルが机の下へ持っていく。これでもう、何も恐れるものはない。会場の最終確認も終わり、お客様がいらっしゃるのを待つだけになった。


チリリリン


 会場の警護を騎士団に依頼しており、伝令役の騎士が来客をベルで知らせてくれたのだ。私はニッと笑った。






「お初にお目にかかります。ボルフライと申します。以後、お見知りおき下さい」


 ボルフライと名乗った少女はふわりと膝を折る。私が歓迎の意を込めて右手を差し出すと、その手を取って自分の額を近づけた。

 最初のお客様は中立派伯爵家の次女、8歳。銀の髪に灰色の瞳、顔立ち含め全体的に儚げで「これぞお嬢様!」と騒ぎたくなる。いいな、私めっちゃVシネマ顔なんだもん。


「本日はお招きいただきありがとうございます」

「ようこそお出でくださいました」


 私たちが挨拶とちょっとした雑談をしている間に、ボルフライの側仕え1人がムルムルに案内されて先に席を確認する。椅子やテーブルに細工がないか調べ、お客様自身が持ち込んだ食器類をセッティングする。席の確認が終わった合図をもらい、お客様本人を案内する。


チリリリン


 2人目のお客様がいらっしゃった。今日はこれを8回繰り返す。なかなか長い。


「お初に目にかかります。アスモデウスと申します。以後、お見知りおき下さい」


 スコックス派子爵家の三女、6歳。挨拶の動きがちょっと雑に見えたが、私に触れる手が震えていることに気がついた。同じ6歳、もしかすると彼女も私と同じく今日が初めてのお茶会で緊張しているのかもしれない。敵対派閥だからと警戒していたが、初対面の子供同士だ。ま、今日は仲良くいこうや。

 この調子で3人目、4人目とお客様を迎える。少し間を置いて開始時刻ギリギリに最後のお客様が到着した。


「お初にお目にかかります。マルティムと申します。お招きいただき光栄にございます」


 中立派侯爵家長女、6歳。ワインレッドの髪にエメラルドグリーンの瞳、そして意志の強そうなつり目。悪役顔同盟を組みたい。

 マルティムを席に案内し、今日の招待客が全員揃った。


「本日は正客を務めさせていただきます。本日は行き届かないことがあるかと存じますが、どうかよろしくお願いいたします」


 マルティムがそう挨拶し、扇を机の上に置く。それを見てみなが次々に扇を机の上に置く。全員が扇を置いたら主催の私が席に着く。

 正客はお客様の中で1番家格が高い人が務める。正客の役割はお茶会に出てくるお茶やお菓子について主催に質問をすることで、いわばお客様の代表。それを同い年のマルティムが堂々と行っているのだ、負けていられない。次は主催である私の挨拶だ。


「本日はようこそお出でくださいまして、ありがとうございます。ささやかな茶席ではございますが、ごゆっくりお過ごしください」

「ありがとうございます。楽しませていただきます」


 マルティムが代表してお礼の言葉を述べてくれる。お茶会の始まりだ。カシモラルとムルムルが全員のカップにお茶を注いでいく。その待ち時間に正客が主催に今日の茶葉などを質問する。

 私とマルティムが話している内容に視線を向けて耳を傾けているのは、中立派伯爵家の次女、ボルフライだけだった。あとの6人は全員スコックス派だからだろうか、こちらをチラリとも見ない。背筋だけはピンとしている。

 全員にお茶が行き渡ったので、主催の私が最初に一口飲み、毒が入っていないことを見せる。


「お茶をどうぞ」

「頂戴いたします」


 マルティムが一口つける。それを見てボルフライがお茶に口をつける。ここからはお菓子が机に並ぶまでの短い談笑の時間だ。私はマルティムとボルフライにお茶の感想を聞いてみた。


「とても美味しいです」


 マルティムは簡素に応える。


「わたくしもとても美味しいです。夏摘みでしょうか、味が深いですね」


 ボルフライがニコニコ応えてくれる。

 お菓子の用意ができたので、お茶のときと同様に私が最初に一口食べて見せ、マルティムが続いて一口食べる。その後お菓子を口に運んだのはボルフライだけだった。

 スコックス派6人をよくよく観察していると、お茶も口をつけていないようだった。カップを手に取る仕草はあるが、すぐに机に戻してしまう。おしゃべりも6人で完結している。


「モラクス、お茶のおかわりはいかがですか?」

「お気遣いいただきありがとうございます。けっこうです」


 声をかけてみたが笑顔でかわされてしまった。なんだか路上ライブをやっている気分だ。ま、これも修行のうち、だよね。


「ハーゲンティ様、あまりお気になさらないで」


 ボルフライ、まじ天使。


「ええそうです。ハーゲンティ様、わたくしにお茶のおかわりをいただけますか」


 マルティムがおかわりしてくれた。

 2人は私と同派閥ではないのに、スコックス派から距離を置かれているようだ。身分はこちら3人が上なので無視はされないが、空気は良くない。

 私たちのお皿のお菓子があと少しで無くなりそうになった頃にモラクスがこちらに視線を向けてきた。スコックス派子爵家長女、10歳。今回の会で最年長だ。


「ハーゲンティ様、わたくし小耳に挟んだお話がございます」


 何を言い出すのだろうと、この場にいる全員が注目する。


「なんでも、ギルティネ様へのお祈りの途中で魔力枯渇を起こしたそうですね」


 一気にざわつく。マルティムとボルフラムは「まさか」と口元を押さえる。スコックス派も知らない人がいたようで、頷いている人とびっくりしている人がいる。視界の端でカシモラルがキツく手を握っていることから察するに、外部に漏らしたくなかった情報のようだ。さーて、どんなふうにしらばっくれようか。


「なんのお話でしょうか」

「わたくしの父が話しておりました。帰敬式の途中で祈りの間へ向かい、そのままお戻りになれなかったと」


 モラクスがアゴ上がり気味の笑顔で楽しそうに続けてくれる。


「その程度の魔力量でこの領地を支えられるのかと、父も母も心配しておりました」


 おうおう、言い方がけっこう腹立つな。


 後ろに控えている護衛2人から殺気のようなものを感じる。きっと魔力が体の中を勢いよく巡っているのだろう。私より怒っている人がいるので少し冷静になれた。護衛2人の目がどんなふうに光っているのか見てみたい欲を抑えてお茶を一口飲む。


「わたくし、戻れなかったのではなく、戻らなかっただけです。遅い時間でしたし、その日の最後のお勤めとして祈りの間へ入ったので、会場へ戻る予定がそもそもなかったのです」


 勘違いですよ、と笑顔で伝える。


「あら、さようでございますか。でも噂になっておりますよ。訂正して回るのは大変でしょうね」


 さすが10歳、よく口がまわる。私はモラクスと笑顔のにらめっこをする。


「それに、ハーゲンティ様は灰色の瞳ですもの、魔力量は領地の貴族全員が心配していることでしょう」

「おやめくださいモラクス様」


 アスモデウスが止めに入ってくれた。ありがたいがそんなことをして大丈夫なのだろうか、彼女もスコックス派のはずだ。

 私がハラハラしているとマルティムも静止の言葉を口にしてくれた


「アスモデウス様のおっしゃる通りです。つつしんでくださいモラクス様」


 やだ、マルティムかっこいい。私がトゥンクしているとボルフライも加勢してくれた。


「ハーゲンティ様の瞳は紫です。ご心配には及びません」


 瞳の色に何か意味があるのだろうか。話の流れ的に魔力量と関係がありそうだ。あ、ケレブスが側近入り挨拶の時に容姿を褒めてくれたのって可愛いねじゃなくて、魔力量が十分あるねって意味だったのか。んも~~~。




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