表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

5話

 

 側近のいる生活が始まった。前世はサラリーマンの家庭、当然側近なんていなかった。今世も今までは使用人や母の側仕えが最低限のお世話をしてくれていただけ。これからは常に側仕えがいる、一気にお嬢様ランクが上がった気がする。

 身支度と朝食を終え、ナベリウス先生が出仕するまでの間に、側近全員と改めて自己紹介をする時間を設けてもらった。


「朝の忙しい時間に申し訳ございません。ですが昨日の通り、わたくしと周りで認識の違いがあったでしょう。あまり良い噂を聞かなかっただろうわたくしの側近についていただけるのが不思議でならないのです」


 カシモラルはまだわかる。しかしケレブスと見習い2人は嫌々だったり、実は裏で人身売買、何てことないよね?と不安があるのだ。

 最初に口を開いたのはカシモラルだ。


「わたくしはハーゲンティ様への教師派遣をバティン様へお伝えする際、自ら志願しました。他の側仕えよりわたくしが移動するのがバティン様にとっても一番安心できると考えたからです。公爵家の第一夫人であるバティン様のような淑女を目指していただきます」

「ガンバリマス」


 自分の顔が引きつっていないか頬に手を当ててみる。

 カシモラルが教育に燃えているのがよく伝わってくる。ほどほどでいいよって気持ちもあるが、この調子なら私の勉強を邪魔しようとする人たちを追い払ってくれそうだ。

 次にケレブスへ視線を向ける。


「私は成人したばかりで、ハーゲンティ様の帰敬式の少し前から何度かお部屋の警護についております。その時も全く問題は起きませんでした。学習に関してのお話は騎士団で上がったことがございません。なので断る理由はなく、バティン様からの打診を受けました。私はまだ、自分がこの部屋にいることが信じられません」

「第二夫人の子とはいえ、騎士団長の息子で同じく騎士です。声がかかっても不思議ではないでしょう」


 確か昨日も、自分が領主の子の側近になるなんて、って言っていた。皇族すら側室を持たない21世紀の日本育ちじゃ何がどう違うのか分からない。


「いいえ、ハーゲンティ様は金のお髪に紫の瞳をお持ちです。その美しい容貌、魔力量を考えると、本来は第一夫人の子である兄たちが護衛になったでしょう。身に余る栄誉です」


 ここで急に容姿を褒めてくるの?もしかしてケレブスってチャラい?

 表情も柔らかく、話し方も優しいので真面目な人だと思っていた。いや、話している内容は至って真面目そのもの。女性の容姿はなるべく褒めましょうという文化があるのかもしれない。次に行こう。

 私の視線が動くのに気付いたようだ。騎士見習いのチャクスが元気よく胸に拳を当てる。


「わたくしは将来的にウハイタリの騎士団に入りたいと考え、見学に訪れていたところに声をかけていただきました。家は伯爵位です」

「騎士団に、ならわたくしの側近になるのは不本意だったのではないですか」

「いいえ、わたくしの1番の目的は騎士になることだったのです。実家のあるシャイターンは比較的田舎で、あまり女性の仕事がありません。体を動かす事が好きなわたくしに、お父様がすすめてくれました」


 見習いで上京してくるのは10歳からが定石だが、規則で決まっているわけではないためチャクスは8歳と早いが側近入りすることになった。目標を持って行動を起こしているところに親近感が湧く。

 明るい未来に希望いっぱい、といった表情だ。守りたい、この笑顔。


「主と一緒に訓練できるのが楽しみです」

「騎士の訓練、わたくしもですか」


 ついカシモラルを見てしまう。


「ええ、軍務は貴族の義務です。新興貴族を除き、爵位は全て過去の戦で武功を挙げたものに与えられた称号です。有事の際、兵を率いて戦うのも務めでございます。そうそう起こる事は無いでしょうが」


 あ、なんか中学の歴史の教科書に似たようなことが書いてあったな。そうか。そうか。


「詳しいことはナベリウス先生が歴史や地理の授業で教えてくださるでしょう」


 私はカシモラルの言葉に苦笑いをしながら頷く。


「チャクス、一緒に頑張りましょうね」

「はい!ハーゲンティ様」


 最後は側仕え見習いのムルムルだ。私の1つ上の7歳。

 側仕えは親族の家で1年基礎訓練を終えなければ他所の家に仕える事ができない。ムルムルは祖母の家での訓練を終えて出仕先を探していたところに今回の話が来たそうだ。


「わたくしはウハイタリの直轄地に住んでおりますので、10歳を待たず城に出仕できます。ただ子爵家なので側近への声がかかるとは夢にも思っていませんでした。父は大変喜んでバティン様へお返事なさっていました。同年代ということもあり、ハーゲンティ様のお話も、レライエ様のお話も多少は耳に入っておりました。その……」


 ムルムルが言葉を切ってうつむく。きっと「ハーゲンティは勉強を拒否する悪い子」のような噂を聞いていたのだろう。それでも出世につながると踏んだ父親が勝手に了承の返事をしたようだ。


「ムルムル、良いのですよ。無理強いもしたくないですし、本当はお仕えしたかった方が別にいるようでしたら遠慮なくおっしゃってください。そちらへ移れるよう動いてみます」


 ムルムルが首を横に振る。


「そのような方はおりません。お気遣いいただきありがとうございます。やはり噂は噂でしかありませんね、ハーゲンティ様がお優しい方で本当に良かったです。精一杯お仕えいたします」


 優しい?私優しいかな?自分が勝手にあれこれ決められるのが嫌だから、きっとムルムルも嫌じゃないかな、くらいの考えだったけれど否定するのもおかしいか。


「わたくしの元へ集まってくださり、改めてお礼申し上げます」


 全員が背筋を伸ばす。


「昨日の宣言通りです。1日でも早く勉学の遅れを取り戻したい。そして祈りの間での声に応えたいと思います。公爵家の娘として恥ずかしく無いように、みなが誇ってくれるような主になれるよう努力いたします」


 私は一同を見渡す。


「そのためにも、みなの協力が必要です。力を貸していただけますか」


 4人全員が一斉に跪く。代表してカシモラルが応える。


「もちろんでございます、ハーゲンティ様」


 私の最初の側近がこの4人で良かった。




 午後からナベリウスが出仕してきた。


「ごきげんよう、ナベリウス先生」

「ごきげんよう、ハーゲンティ様」


 さっそく椅子に座るとき、降りるときの注意点を教えてもらう。優雅な動きは反復練習が必須。バレエのお稽古で身に染みている私はその場で3度練習させてもらった。


「では、お茶会の日程についてです。今日から数えてちょうど3週間後でございます。そしてこちらが招待客の一覧でございます」


 1ヶ月を切っていた。流石にちょっと焦りを感じる。ナベリウスから木札を受け取るが文字が読めない。字が汚いのではない、私が文字を知らないのだ。さらに焦る。


「ナベリウス先生、わたくし字が読めません。読み書きの学習もお茶会の後でお願いいたします」


 ナベリウスがあごに手を置いて考えこむ。


「いいえ、ハーゲンティ様。お茶会当日も招待状の確認など、字を読まなければならない場面が出てきます。文字の習得も並行して行いましょう」


 招待状の確認があるなら、そこそこ規模がありそうだ。字は読めないが、1行1人だとして数えてみると8行ある。


「8人、ですか」

「ハーゲンティ様、木札を見せてください」


 カシモラルが一覧に目を通す。


「あまり時間がありませんね。ハーゲンティ様、わたくしとムルムルにこの場を離れる許可をいただきたく存じます」

「構いませんが、急ぎなのですか」

「左様にございます。今回の主催はハーゲンティ様、ならば会場を押さえたり、飾りの花などの用意が必要です。今からでは間に合うかどうかというところです」


 なんてこった。


「2~3人でしたら応接室で対応可能ですが、8人となると別の会場が必要になります」

「承知いたしました。カシモラル、ムルムル、会場の手配をお願いいたします」


 2人はすぐに動いてくれた。会場は任せて作法の勉強に集中しよう。せっかく2人が間に合わせてくれても、私が作法を習得できなければ意味がない。がんばるぞ。

 基本文字30字の書き取りとお茶の席での作法の練習を開始した。


「ハーゲンティ様は覚えが早いですね」

「ナベリウス先生が分かりやすく教えてくださるからです」


 本当に、バティンは良い家庭教師を見つけてくれた。質問に丁寧に応えてくれるのでこちらもやる気になる。

 覚えの早さは騙しているようで申し訳ないが、テーブルマナーなどは前世と似ており知っている部分もあるからだ。文字もアルファベットに似ているし、日本語や中国語のような漢字文化ではないので覚えやすい。

 けっして秀才や天才ではない。今後、魔法など予備知識なしの勉強が始まればこうはいかないだろう。今のうちから少しずつ知識を仕入れておきたいところだ。


「先生、もう一度お願いいたします」

「ええ、では席に着くところから」


 何度も繰り返し、体に覚えさせる。


「少し休憩にいたしましょう」


 声のする方へ振り向くと、ムルムルがお茶の乗ったワゴンを押していた。それを目にした途端、喉の渇きを感じた。


「ナベリウス先生、お茶をいただいてもよろしいでしょうか」

「もちろんでございます。せっかくですので、練習の成果も見ましょう」


 ムルムルが見ていると思うと少し緊張するが、本番は初対面の貴族令嬢8人とそれぞれの側仕えたちがいるのだ。ここで震えるわけにはいかない。と、意気込んでいたが、練習中は空のカップだったので、お茶の注がれたカップの重さを忘れていて手が震えた。悔しい。

 初日でここまでできるなら3週間後の本番に十分間に合います、と言ってもらえたので一安心。ゆっくり休憩を取ることにした。


「カシモラルが戻っていませんね」

「お茶を淹れるため、わたくしだけ先に戻るよう指示を受けました」


 側仕えがいない状況は望ましくないため、休憩後はムルムルがそのまま部屋に残るそうだ。ついでにお仕事の報告をお願いする。


「見習いは週に3日の出仕になります。わたくしが出仕の日はカシモラルがお茶会の手配に動きます。わたくしが城の侍従長や管理部長への顔合わせが終わっておらず、お茶のためのお水すら用意できない状態でしたので、本日は側仕えが2人とも席を外すことになってしまい申し訳ございません」

「練習でお部屋から出ることもありませんでしたし、大丈夫ですよ。顔合わせは順調に終わりましたか」

「はい、次からは1人で用意ができます」


 それはよかった。にしても人手が足りない。必ず側仕えがいないといけないとなると、普段は2人でなんとかなっても今回のようにイベントがあるとそうはいかない。しかも1人は見習い。どうしたものか。


「ムルムルとカシモラルには大変な負担をかけてしまいますね」

「側近がまだ少ないので仕方のないことです。それにこのお茶会で側近の候補者をお探しになるでしょう?」


 そうか、同年代の子供たちが集まるのだった。バティンにお願いして強制的に人を連れてくるのは気が引けるなと思っていたので丁度いい。どこの誰か知らないけど勝手なお茶会セッティングにグッジョブ!


「ハーゲンティ様、派閥の違うものは側近に入れられません。それにお茶会に招待された側もハーゲンティ様が自分にとって仕えるに値する主なのか、笑顔の裏で評価するでしょう。バティン様や側近たちとよくよく話し合ってください」

「はい」


 就活みたいなこと言うじゃん。いや、就活なのか。


 ナベリウスの助言を受けバティンに相談してみることにし、面会依頼のお手紙の書き方を教えてもらった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ