4話
「側近たちを解散させなさい」
ザブナッケがいきなり部屋に入ってきて、一方的に命令される。困った、非常に困った。受け入れたくないし、どう言えば角が立たないか考える。
私になってからも、帰敬式前の記憶でもザブナッケとあまり交流がなく、家族という意識が無いので余計に物を言いにくい。
「ザブナッケ様、ハーゲンティは帰敬式を終えました。これ以上の勉学の遅れは貴族として致命的になります。それに帰敬式以降の側近の入れ替えについては親でも強制はできません」
はい私もそう思います。
「私は帰敬式に反対した。バティンの親族の手前、仕方なく行なっただけだ」
「そんな、なんて事をおっしゃるのです」
両親が口論を始める。側近たちもいるからか、怒鳴り声などは出ていない。とはいえピリついた空気に違いはない。なんだかデジャヴ。親の喧嘩なんて見ているの嫌だったよね、ハーゲンティ。あの時願った『助けて』はこれも入っていたのかな。
最初からバティンが押され気味だったが、今にも折れそうになっている。家庭内にも序列があることがわかる話し方で感覚の違いに戸惑う。前世ではお母さんの尻に敷かれたお父さんを見て育ったので、強く出られないバティンを不思議に感じてしまう。
「学校へ入学していない今なら養子として侯爵や伯爵家へ出せばいい」
「ハーゲンティはそれが不可能なこと、ご存知ですよね」
考え事をしている間に家から追い出されそうになっていた。ビックリだ。
「あのー」
がんばってザブナッケへ声をかける。大変憎しみのこもった目をこちらに向けてくれた。
「そもそも勉強をしたくない、そうだな、ハーゲンティ」
ザブナッケの緑にも青にも見える複雑な色合いの瞳が魔力で淡く光る。綺麗、なんて思うより先に頭がボーっとしてくる。
今、なんて言われたっけ。
なんだっけ。
返事、なんでもいいから返事しなきゃ。
「 」
口を開きかけた時、体内を一気に魔力が巡った。ファルファレルロだ。
私の意識がハッキリする。
「わたくしは勉強がしたいです」
ナイスアシスト!心の中でファルファレルロに感謝する。
ザブナッケが信じられないという顔をする。信じられないのはアンタだよと思いながら私は続ける。
「机に向かうのは、そうですね、少し面倒に思うこともございます。ですが、できる事が増えるのは嬉しいですし、知らない事を覚えるのはとても楽しく感じます」
しっかり真っ直ぐにザブナッケの目を見ながら伝える。魔法だ、異世界だ、面白そうももちろんあるが、やりたい事のためにやらなければいけない事がある。今はお茶会までに作法を覚える、これが合格できなければこの先ずっと外出ができない。1日だって無駄にできない。
「ザブナッケ様、どうかわたくしからもお願い申し上げます。ハーゲンティ様に教育を」
カシモラルが割って入った。側近になったとはいえバティンの指示で移動してきただけで、味方になってくれるとは思わなかったので驚いた。
「カシモラル、其方まで」
ザブナッケが拳をきつく握る。
バティンがザブナッケの拳にそっと手を添える。
「わたくしと貴方の子ではありませんか。ザブナッケ様のお祖母様によく似た」
「だからだ」
言葉を遮り、手を払いのけ、ザブナッケが私の目の前にくる。こんなに近づいたのは初めてかもしれない。今の私は子供、成人男性に見下ろされるのは正直ちょっと怖いが、ここで怖気付いて部屋に閉じ込められたら、先ほどがんばってくれたカシモラルがガッカリしてしまうかもしれない。気合いだ。なんかいい感じになる言葉よ降ってこい、あ。
「これはギルティネ様のお導きなのです」
ザブナッケが片眉を上げる。
「あの日、祈りの間で声を聞きました」
嘘ではない、ファルファレルロの声だけど。
「わたくしには成さねばならない事があります。そのためにも勉学に励みたく存じます」
全員の視線が私に集まる。ふっと息を吐き、しっかり顔を上げて笑う。
「すべてはこの領地のために」
声を聞いた、に周りが反応しざわつく。ザブナッケも諦めてくれたのか、「勝手にしなさい」と一言残して部屋を出ていった。
はー良かった、勝手にさせてもらいます。
「カシモラル、お父様にお願いしてくださりありがとうございます。その、少し驚きました」
「ハーゲンティ、カシモラルはわたくしがウハイタリに嫁ぐ前から側近だったのです。貴女のこともずっと心配してくれていたのですよ」
バティンが教えてくれる。それなら私は生まれた時からカシモラルの世話になっていたということだ。
「ハーゲンティ様の口数が少しずつ減っていき、何もしたくないと言い出した時は、わたくしも困惑しました」
それはそうだろう、教育に関して私も記憶と周りの反応に色々困惑したが、周りから見ればコロコロと意見を変えていたのは私だ。カシモラルにはかなり心配をかけたに違いない。
「あのように強く言われては、勉強したくないと思っても仕方のないことなのかもしれません。ですが、今日のハーゲンティ様はとてもご立派に、ご自分の意見をしっかりとお父君に伝えていらっしゃいました。ならばわたくしも側仕えとして、親族としてお守りしようと動きました」
上位者の会話に割って入る形になってしまい申し訳ございません、とカシモラルが謝罪する。色々と拗れていたものが、少しだけ解けた気がする。
「ありがとうございます。カシモラルのがんばりに応えられるよう、精一杯努力いたします」
「ええ、わたくしも精一杯お仕えいたします」
ちなみに親族の部分って今質問していいのかな?後にしたほうがいいのかな?
私がソワソワしているとバティンが「今日はここまでにいたしましょう」と言い、お開きになった。
ナベリウス先生はバティンと話があるようで部屋に残り、私は側近たちと自室へ戻った。
扉の警護は騎士団の人に任せて護衛2人は騎士寮の案内を受けに行き、側仕え2人は見習いのムルムルへ収納や浴室の説明で別室へ移動。お茶と留守番中の私はファルファレルロに呼びかける。
「お父様から助けていただきありがとうございます」
「助けるという契約だからな」
手のひらからニュッと出てくる。
「悪魔って約束守るんですね」
「失礼にも程がある」
私はあははと声をだして笑う。感情がファルファレロに伝わるのだから嘘をついても仕方がない。
「今日の私、どうなってたんですか?あれって魔法だったんですか?」
「魔法と言うほどのものではない、強い魔力に当てられて思考が少し鈍っただけだ。自分で跳ね除けられるようになりなさい。誰かと口論するたびに当てられていてはただの間抜けだ」
言い方がキツいが間違ってはいない。了承の意を込めて頷く。
「魔力って気功術みたいですね」
「キコウジュツとは?」
そう質問されると何だろう。両手をかざして「ハーーー!」って叫んでる人しか想像できない。あれは何だ?
「忘れてください」
「そうか」
ファルファレルロに魔力を巡らせる練習を少しだけ手伝ってもらった。
「本当になんで、こんなに嫌われてるんだろう」
「さぁ?人の考えることなど吾に解るわけがないだろう」
「ソーデスネ」
そっとファルファレルロの表紙を撫でる。ベルトの留め具に大きめの宝石の装飾が施されている。
「ハーゲンティ、そのままその魔石触れてに魔力を流しなさい」
「これ、魔石なんですか?へー」
指を置こうとしてやめる。
「あの、祈りの間の時みたいに魔力枯渇になったりは」
「しない。死んでしまっては契約違反になるではないか。先ほど助けた分の感謝として魔力を奉納しなさい」
「はーい」
そういうことならば、と魔石に手を置く。ゆっくりと魔力が抜かれる。
じっと流し続けるが、やめ時がわからない。この速度なら自分の意思で魔力の流れを止められそうだと思い、挑戦してみる。
「やっと止めたか」
「試したんですか」
「これも魔力を扱う練習だ。祈りの間で無抵抗に魔力を流したから枯渇したのだ」
「うぐ、ご忠告痛み入りますぅ」
満足したのかファルファレルロはさっさと私の中に戻ってしまった。自由だな。
「ちょっと疲れたな」
1人になったら途端とザブナッケの目を思い出す。
なぜ私に勉強をさせたくないのだろうか。まだ2歳とはいえ弟がいるので後継ぎは問題ないとして、公爵家の娘ということは家同士を繋ぐ政略結婚があるだろう。そのためにも教養は必要なのでは?
父方の祖母に似ていると言っていたのでバティンの不貞はまず無いだろうし、ますます敵視される理由がわからない。
「ふんっ」
泣き寝入りはしない主義だ。何かこの後ろ向きな気分を前向きに変えられないかと前世を思い出す。死の直前ではなくもっと前。
バレエの稽古場で歳の近い子たちに物を隠されたり、すれ違いざまに「キモい」「辞めろ」と言われたのは確か中学生ぐらいの思春期真っ只中。
やり返したり反応はせず、無視を決め込んでいたがある日限界が来た。
ポロリ
メインで自分を指導してくれていた先生に泣きながらこぼした。
途中でさえ切ることもなく、うんうんと相槌を打ちながら話を聞いてくれた先生。そして最後にとてもありがたいお言葉をくれた。
「それが主役を踊るということよ」
まじかよ。
当時精一杯搾り出して「わかりました」と返したのはいい経験だった。
私は一度目を閉じ深呼吸をし、その後ゆっくりと目を開く。
「なるか、主役に」
何かをしてもしなくても足を引っ張られている状態なんだ。頑張っている時の方が周りのさえずりも聞こえづらい。
「勝手にしなさいの言葉ももらったしね」
2度目の人生だし、ちょっと大きく出てしまおう。その日の舞台の主役じゃない。バレエ団のトップでもない。
「目標はこの国の主役にしよう」
ザブナッケにギャフンと言わせてやる。私のプライドはアマゾンよりも険しいのだから。
この時私は、玉座への階段に足を掛けたのだった。