45話
「バエル、マクラス」
私が声をかけると、2人がサッと前に出る。
「初めての護衛任務ですね、よろしくお願いします」
はっ、と2人から短い返事が返ってくる。
11歳、男児、子爵家のバエル。
10歳、男児、同じく子爵家のマクラス。
新たに側近入りした護衛官見習いの2人だ。そして初めてのバティン派貴族である。
あ、バイェモンがバティン派な事は忘れてないよ。でもほら、作戦上、ね。
「ムルムル、準備ができたと伝えてきてください」
「かしこまりました」
新しい護衛官見習いにチャクスと同い年を増やそうかと考えていたけれど、先日騎士見習いの座学にラッキーで参加ができた。
普段10・11歳と交流ができなかったので、ここぞとばかりにじっくり観察をさせてもらい、カシモラルに相談の上2人に決めた。
バエルとマクラス、どちらからもすぐにOKの返事がもらえて良かった。
「ハーゲンティ様、参りましょう」
カシモラルが迎えにきてくれた。
今日のメンバーはカシモラル、ケレブス、チャクス、ムルムル、バエル、マクラスだ。
外出するにあたってどうしても同性の護衛が必要になるのでチャクスに休暇らしい休暇を出せていないのが申し訳ない。
いやいや、本当の本当は側仕官・書陵官・管理官見習いを増やしたい。
カシモラルとムルムルにも相当負担がかかっている。
私の側近に管理官や書陵官がいないことで、側仕え2人に本来の仕事では無いものがしわ寄せされている。
あーーーだからバイェモンが書陵官なことは忘れてないよ!
「体調が優れないようですね。本日の演奏会は自由参加です。お部屋に戻り、お休みなされますか?」
私の百面相を見ていたカシモラルが心配してくれる。
「いいえ、大丈夫です。楽しみすぎて顔に出てしまいました」
カシモラルは、ほんまかいな。って声が聞こえてきそうな顔をする。
「今日はマルティムたちも参加すると言っていました。本当に楽しみなんです」
それに、ディリエルもきっと来る。
王家や公爵家はロイヤルボックスに通されるだろうから、ゆっくりおしゃべりができるか分からないけれど。
馬車の前にケレブスたちが待機しているのが見えた。
「どうぞ、ハーゲンティ様」
ケレブスが手を差し出してくれる。
私はその手を取り、エスコートしてもらい馬車に乗り込んだ。
王立芸術院の大ホール。
エントランスは大勢のドレスで埋め尽くされている。来場者は女性が多いようだ。
演奏前、中休憩、演奏後の3度社交チャンスがあるが、ロイヤルボックスに案内される事が決まっている私たちは入り口が違う。開演前にマルティム達と会う事ができないのは残念だ。
芸術院の職員らしき女性に案内されて列に並ぶ。
「ハーゲンティ」
ぼんやり並んでいたら後ろから声をかけられた。
振り返るとディリエルが立っていた。
「ごきげんよう。ディリエル王子」
「ごきげんよう」
ディリエルが先に中へ入ると思い、道を譲るため私は2〜3歩下がろうとした。
しかしそれをディリエルが止めた。
「いかがなさいましたか?」
ディリエルは一度俯いてから視線だけを私に向けて答える。
「その、一緒に並んでもいいですか?」
「もちろんです」
私は何も考えずに返事をした。
ディリエルの少し後ろに立っているヴァサーゴから冷たい視線を感じる。
きっと私の後ろに立っているカシモラルも同じような表情をしているに違いない。
私は怖くなってディリエルの顔だけを見ているよう努める。
ディリエルたちを案内してきた職員が気配を殺して後ずさりをしているのを横目に雑談を始める。
「社交期間が半分終わりましたね」
「1ヶ月は本当にあっという間でした。ハーゲンティはサロンを上手く活用できましたか?」
ディリエルが私の側近たちに一瞬目線を移した。
「はい、ディリエル王子からご助言もいただきましたからね。護衛官を重点的に増やせました」
「それは良かった」
笑っていたら、褐色肌の集団が近づいてきた。
ブルレッキ公爵家の人たちだ。
ウハイタリより序列が上なので私は道を譲る。
ブルレッキには確か同い年の女の子がいたなと思い、私は集団の中から探そうと視線を泳がせる。
緑寄りの青い目と合った。
彼女は集団から飛び出し、わざわざ私の前を通り過ぎながら髪をかき上げた。
ふぁっさーと毛先が私とディリエルの顔を直撃する。
ふぁっさーをやってから彼女は王子がいることに気づいた。
ふぁっさーを途中で止められない。
私とディリエル以外全員が表情を引きつらせて固まる。
変態のレッテルが追加される覚悟を決めて、私は彼女の小豆に近い赤髪を手に取った。
「綺麗、とてもツヤがありますね。お手入れはどのようになさっているのですか?」
そう髪を褒めながら2束3束とどんどん手に取っていく。
「ディリエル王子もそうは思いませんか?」
「そ、そうですね。とても綺麗です」
触らせようとしてみたけれど、さすがにそれは本人が拒んだ。
「女性同士なら問題ないでしょうけれど、私は男ですから」
奥ゆかしいね!!!!
ブルレッキの女の子は頭が真っ白になっているようで、ディリエルを見たまま立ち尽くしている。
私は母親と思われる女性へ視線を送る。
女性も顔を青くしていたが、私の意図に気づいてくれた。
「アロイエン、殿下がお褒めくださいましたよ。質問にお答えしなさい」
ブルレッキの女の子の名前はアロイエンというらしい。
アロイエンと呼ばれた女の子はハッとして急いで姿勢を正す。
「ありがとうございます、ディリエル王子。髪はツヤを出すために花の油を少量つけています」
「花の油ですか?」
香りづけもしてあるのようで、髪を顔に近づけるとフワリと香った。
ディリエルの顔の側に1束持っていくと、遠慮がちに嗅いだ。
「あ、本当ですね。お花の良い香りがします」
これ欲しいな~。香水とかお香を焚くのってちょっと強いんだよね~。これくらいがいいな~。
なんとなく目に入ったので髪を手に取ったが、発見があって心が躍った。
私がずっと髪を持って嗅いでいたのでアロイエンに手を払われた。ごめんなさい。
「ところで、ディリエル王子はなぜこのようなところにいらっしゃるのですか?わたくしてっきりもう入場されたと思っていました」
アロイエンの言葉にディリエルがシュンとなる。
ディリエルの側近たちが何人かムっとする。
アロイエンの母はせっかく顔色が戻っていたのに再び青くなる。
私は周りの表情から、アロイエンが「おめーがこんなとこにいなければ何も問題はなかったのに」と王子を面と向かって非難したと取られたのだろうと推測する。
可哀想に、同じ状況だったら私も深く考えずに同じことを言ってしまいそうだ。
「申し訳ないです」
私は恐る恐る声を上げる。
「開演前に殿下とお話ができる機会が巡ってきたので逃すまいと引き留めてしまいました」
ちょっと違うけれど、一緒に並びたいと言ってきたディリエルにお断りをしなかった私もこの状況を招いた一因には違いない。
王家、ブルレッキ公爵家、ウハイタリ公爵家ではウハイタリの私が一番身分が低いので悪者になっておこう。
「ハーゲンティ、それでは」
私は首を横に振ってディリエルに最後まで言わせない。
「せっかくの演奏会を台無しにしたくありません。みんなも楽しみにしていたはずですから」
大事にして、また社交がキャンセルになって大勢に迷惑をかけたくない。
しかも今日は演奏会。
私は将来ダンサーを目指しているのだから、同じ舞台に立つ演者たちの努力を無に帰すようなことは避けなければならない。
私一人で「反省します」と言って家に帰ろう。
「あら? ディリエル異母兄様、まだ入っていなかったのですか」
全員がサッと道を開ける。
そこには第四王女レラージュが立っていた。
「やあ、レラージュ」
「一緒にいるのは、ああ! ハーゲンティじゃない。ごきげんよう」
さっきまでの重い空気が消えていく。
「ごきげんよう、レラージュ王女」
私に続いてアロイエンが挨拶をしようとしたがレラージュは見向きもしない。
空気が軽くなったのは気のせいだった。
しっかり一部始終を見られていたのだろう。
私が責任を負う作戦はものの数秒でとん挫した。
「それで異母兄様は、ハーゲンティと何をお話されていたのですか」
「ハーゲンティと一緒にアロイエンから髪の手入れを聞いていたのです」
レラージュが「今気が付きました」という反応でアロイエンを見る。
ふ~ん、と髪を眺める。
「良い香りですね」
「ありがとうございます。レイリオンの花の香りです」
「そう」
レラージュはディリエルに向き直る。
「そういうことにしておいてあげます、異母兄様」
「助かるよ」
レラージュがディリエルに手を差し出す。
その手を取ってディリエルはエスコートするように腕を組む。
「わたくしたちはこの辺りで失礼いたします。アロイエン、演奏会を楽しんで」
レラージュはアロイエンの名を呼ぶけれど視線すら向けない。
「ハーゲンティ、今度時間を作って頂戴。2人でお茶をしましょう」
「はい、喜んで」
王子だけでなく王女とも個人的なつながりができることが確定した。
レラージュがディリエルを連れて会場の入口へ向かう。
私は手を振って送り出す。
「カシモラル、これってお咎め、モゴッ」
カシモラルに口をふさがれた。
「レラージュ王女が『そういうことにする』とおっしゃって場を収めてくださいました。何もなかったように振舞わなければなりません」
何それ、「私が白といったらカラスも白になるのだ」ってやつ!?王侯貴族怖い。
しかし助けてもらったことに変わりはない。
お礼は何がいいだろうか、お茶会までに用意しなければ。
「わたくし共もこれで失礼します」
そういってアロイエンの手を引いてブルレッキの人たちは出口へ向かった。
入場の順番が回ってきて、ウハイタリのために用意された席に着く。
ロイヤルボックスは少し高い位置にせり出すように作られているため、落ちないように柵が設置されている。
柵の隙間から舞台を覘くと、大きい楽器はすでに設置されていた。
クラヴィコード、ハープ、リュート。
どれもこれも、音楽の教科書で見たことのある楽器ばかりだ。
さっきまでのゴタゴタはもう頭から出ていった。
「ここで実物の楽器が見れるなんて」
私の言葉にうんうんとカシモラルが頷く。
「よく見ておいてくださいハーゲンティ様。楽器は貴族の嗜みですからね」
あ、まじか。
バティンが言っていた式部官はきっと楽器の先生だ。
本格的に舞いの練習ができる日は来るのだろうか。
ちょっぴり私の視界がボヤけた。




