44話
ムルムルに筆記用具を持ってもらい、チャクスを先頭に子供5人で廊下を進む。
今日は私のウッカリ発言により、騎士見習いたちの座学に参加する。
違うの、ほんとに、ただどうなってるんだろ〜前世の教室みたいになってるのかな〜くらいの気持ちだったの。
「実技は年齢や実力で細かく分けられますが、授業は入学前と後の二組だけなのです」
「ひとつの部屋にけっこうな人数が集まるのですね。一度、一緒に受けてみたいです」
「良いですね! ハーゲンティ様とご一緒させていただけたら、やる気が何倍も出ます」
ま、きっと無理ですよね。なんて笑いあいながらチャクスと会話していたら、グイソンが騎士団に話を通していた。
早いよ。すごいよ。行動力あるね。
ケレブスいわく。
「主の望みは可能な限り叶えるものだ、とグイソンが譲りません」
おっけー、頭の固い子なのね。
自室の中でも気が抜けなくなった。
そしてグイソンが良い子なことが分かった。
こうなったらなったでワクワクしていることに変わりはないので、めいっぱい楽しむために少し早く授業を行う部屋に向かう。
チャクスと私は今にもスキップをしそうなほど軽い足取りで廊下を進んでいる。
ムルムルは意外にも少し楽しみにしていたようで、口角が上がっている。
「あの階段を上がってすぐの部屋です」
チャクスが指を指して教えてくれる。
階段を上がると本当にすぐ目の前に部屋があり、会場の扉が開放されていた。
騎士寮の一角にいくつか用意されている会議室のうちの一つだそうだ。
「おはようございます」
「おはようございます、ハーゲンティ様」
部屋にはすでに教師がいた。引退した騎士らしい。
おじいちゃん、と言うほどでは無いが白髪混じりの年配の男性だ。
「お初にお目にかかります。アイムと申します。階級は少佐です」
「アイム少佐、今日はよろしくお願いします」
初対面の挨拶をし、私が使う席に案内してもらう。みんなの邪魔をしたいわけではないので1番後ろに席を用意してもらった。
長机に椅子が三脚ずつ。
私の右隣(廊下側)の席にさっさとチャクスが座る。
左隣をグイソンとシトリーが奪い合う。
ガゴン
と音を立てて椅子の背もたれを掴み合う2人。
「こらこら、少佐が見てますよ」
2人に声をかけてみたが、どちらも譲らない。
男の子って何でこんなに頑固なの、と呆れながら続ける。
「シトリー、今回はグイソンに譲ってください」
グイソンが口の端でニヤリと笑って椅子に座る。
「ハーゲンティ様なぜですか!」
信じられない、といった表情でシトリーが訴えかけてくる。
「今日はグイソンが用意してくれた機会ですからね」
諦めきれないシトリーはチャクスの方へ足を進める。
「チャクス」
「お断りします」
ぐぬぬ、と聞こえてきそうだ。
ムルムルは側仕えなので私の後ろに立って待機である。
シトリーも一緒に後ろに立とうとしたらムルムルに止められていた。
「シトリー様は授業を受けなくてはなりません。どうぞ、前の席へおかけください」
シトリーはやっと諦めて、肩を落としながら前の席の右側に座った。
仲間外れに感じちゃったよね、ゴメンね。3人掛けなんだもん。
私たちのバタバタが落ち着いた頃、10歳前後の男子が数名入ってきた。
「えっ!? あ……」
私が来ることを知らされてなかったらしい。
男子たちが慌てて自分の口を手でふさぎ、アイムを振り返る。
アイムは何事もなかったかのように動かない。
男子の一人が一歩前に出る。
「アイム少佐、なぜ事前に知らせていただけなかったのですか」
男子たちが驚いていることがよく伝わったし、私も同じ立場なら「心の準備が!」とドキドキしたはずだ。
かわいそうに、なんて思って聞き耳を立てていたが、アイムは厳しい口調で答えた。
「この程度でそのように取り乱すとは、あなたたちの教官はイポス中尉でしたね。鍛え直すようにと知らせておきましょう」
男子たちは理解できず、お互い顔を見合わせる。
そうしている間にまた何人か部屋に入ってきて、私を見つけて戸惑う。
なんか、すんません。
「非常事態とは、いつ何時起こるか分からない」
アイムが騎士見習いたちをゆっくり見まわしながら続ける。
「脅威は魔獣だけではありません。つい先日、王宮で騒ぎがあったばかりです。その場に居合わせた者もここにはいますね。動けた者はどれだけいますか」
アイムが一度口を閉ざし、入り口付近で止まっている8歳くらいのグループに視線を送る。
「あなたたちは公爵家の騎士団見習いです。二度と後れを取らないように」
はい! と子供たちが声を上げる。
私は教材に使われたわけね、はいはい。
見習いグイソンからの要望がアッサリ通った理由が分かった。
悔しそうにしている子と、アイムを睨む子と、私を恨めし気に見る子に分かれる。
私へ負の感情をぶつける視線にいち早く気が付いたチャクスは席を立ってその視線を遮る。
グイソンとシトリーも出遅れたがすぐに立ち上がって私を囲む。
「さぁ、開始時間になります。早く席についてください」
アイムの一声で全員が表情を切り替えて席に着いた。
アイムからするとまだ足りないと思う箇所が多いようだが、きちんと命令が聞けて切り替えができる彼らを私は本当によく訓練されていると感じた。
学校の教育課程に合わせて勉強する10・11歳の入学準備組と、歴史と兵法のみ抜き出して勉強する9歳以下の組が一緒の部屋で授業を受ける。
アイムが教壇に上がり、教科書を読み上げる。年齢関係なく同じ内容を覚えなさいという授業だった。
年少に厳しいと思ったが、自分、チャクス、グイソンにそれぞれ配られた問題用紙(問題木札?)を見比べると、難易度がきちんと分けられていた。
それはいいとして、
「黒板が欲しい」
「コクバン?」
「なんでもないです」
アイムがズラズラと読み続け、各々用意した木札や羊皮紙に書き留めていく「自分で教科書を完成させろ」スタイルが非常に面倒である。
試験に出そうな重要ポイントも教えてくれるけれど一緒くたになってしまう。
教科書ももちろん個別に欲しいけれど、せめて黒板があってそこに書き出してあればメモを取りやすい。
ってゆーか勉強させたいんだよね? これでいいの?
私は歯を食いしばりながら考える。
ぐぬぬ、と声が出ていたようで、アイムに心配された。
「ハーゲンティ様、難しすぎましたか?」
「いいえ、内容は大丈夫です。ただ、やり方がいつもと違うので戸惑ってしまいました。止めてしまってすみません。続けてください」
では、とアイムは授業を続けた。
内容はすでにナベリウスと領地で勉強したので問題はない。
以前チャクスが言っていた通り、私が勉強している内容の方が細かい。
みんな邪魔しちゃってごめんね! お詫びになるかわかんないけど授業に何かいい方法がないか考えるね!
家庭教師をつけて1対1で勉強を見てもらえる私の環境がいかに特殊で恵まれているかが分かっただけでも大きな収穫だ。
その後は誰も問題を起こさず、無事に授業が終わった。
ついでに新たに側近入りさせたい護衛官見習いの選別も終わった。
戻る前にアイムに挨拶をしようと教壇へ向かう。
子供たちはじっと私の動向を観察する。
「アイム少佐、今日はありがとうございました」
「お役に立てたでしょうか」
よく言うよ、と内心で返しながら笑顔で頷いておく。
「ハーゲンティ様。ケレブスに、絶対に合格しろとお伝えいただけますか?」
何に?
分からないけれど不合格よりは良いだろう、それくらいお安い御用だ。
「もちろんです」
私はそれだけ返して自室へ戻った。




