43話
そっとファルファレルロを下ろしてページを捲る。
「つまり、帰敬式を受けて聖獣様たちから呪文を使う許可をもらう必要があると」
「そうだ」
使用人である清華の人たちが自分よりも魔力量の低い貴族に一切逆らわなかった理由が分かった。
呪文が使えないので同じ火の玉を1つ出すだけで何倍もの魔力を消費する。魔力総量が勝っていても、あっという間に底がついて負けてしまうのだ。
とたんに、あの青目の清華が心配になってくる。
「ハーゲンティも帰敬式を行ったから呪文が使える。吾を所有できる」
「金髪だしね? ファルファレルロ様との契約は他にも条件ありそうですね」
「どうだと思う」
「はー意地悪」
ハッキリ質問をしないと答えてくれないことはもう分かっているので、今はいったん必要ない情報として頭の隅にやる。
それよりも、だ。
「せっかく王城に来ているのだから、作戦会議しましょうよ。他のグリニア解放の」
正直、魔王とか覇王への道みたいで気乗りしない部分とワクワクする部分がある。
とりあえずファルファレルロと数か月一緒に過ごして、悪魔の書が手元にあるだけなら害は無い気がしてきたので約束通りに少しは動こうと思った。
ファルファレルロは相当喜んでいるようで、何も言わずヒュンと私の顔に飛んできて頬をすりおろす。痛い。
「今年は事件があってかなり警戒されてると思うので、偵察とか下見しましょう」
「ふむ、ハーゲンティはまだまだこまいしな」
6歳なのでチビと言われたことを否定できない。無言で睨み返しておく。
「ファルファレルロ様はお城の造りを知っていたりしないんですか?」
グリニアに地図が描かれてたらいいな〜と尋ねてみる。
「知っている、が、かなり増築されていて不明な場所が圧倒的に多い」
「そうなんですね」
がっくし。
楽はできないようだ。
「イタシカタナシ。ディリエル殿下と仲良くなって城内ツアーを」
まで考えて、「あまり王族と関わるな」とカシモラルから言われた事を思い出す。
いや、あっちから寄ってくるのよ。と心の中で言い訳をする。
「あ! じゃぁグリニアの中の地図更新できないんですか!?」
できてくれ頼む。カーナビだって課金すれば地図更新できるんだ。頼む。
「ハーゲンティの魔力が必要になるが、できる」
魔力課金(?)だ。
いいぞいいぞ。
「構いません。やりましょう」
私は元気よく返事をする。
子供の社交開催日が減ってしまい、王宮へ行く機会が減ったので実行はまだ先だ。なので今日はやり方を簡単に説明してもらう。
ファルファレルロの話を聞いていて「あ、やっぱり」と思うところがあったので、確認のつもりで質問をする。
「グリニアを所持、契約していないと使えない呪文は、帰敬式で許可が出る呪文とは別ですよね」
「そうだな」
「グリニアと物理的に接触がないと使えないですよね」
「そうだな」
一拍置いて、もう一つ。
「地図の更新ができるなら、書の中身の他の項目も更新できたり……して」
ファルファレルロに添えた手が震える。
「できるぞ」
そっかーできちゃうのかー。
私の頭の中を色々な善行悪行が駆け巡る。
書の白紙だったページに文字が浮かび上がってくる。
やばい、本当に魔王になれちゃう。
「何がしたい」
「今日はいい、大丈夫です」
「そうか」
呪文の許可について書かれたページをそっとめくり視界から消す。
先に考えなければならないことは、ファルファレルロを人目に晒さず接触するにはどうすればいいかだ。
事件の日は髪の毛の中に隠れていたが、女性は大人になるとうなじを出さなければならないという謎ルールがある。そして子供は男女ともに足を出さなければならない、ロングスカートとフルレングスのズボン禁止だ。
どこのド変態が作ったルールなんでしょうね。
「うーん」
事件の日に見つからなかったのだから、髪に隠しておけば大丈夫だろうか。
それでもなにか、そう、可愛いリュックなど。
しかし荷物を持つことは側仕えの仕事。自分で荷物を持った場合、仕事のできない・信用ならない側仕えと思われるか、主として認められていない・軽んじられていると周りから判断されてしまう。
「なんでだろうね、大切だから自分で運びたいじゃダメなんだもん」
これが可能ならもう少しファルファレルロの扱いに気が抜けるのに。
「大切だからこそ側近に預け、信頼していることを行動で示すのではないか?」
ファルファレルロ様、ごもっともです。
説明されれば納得はできる。
なんかさ、絶対さ、ファルファレルロは元貴族ってゆーか? 封印される前はボンボンだったよね絶対!
私は片眉を上げながらファルファレルロを舐めるように見た。
「なんだ、何が言いたい」
「いいえ、とても助かってます。イツモアリガトウゴザイマス」
そこそこ話し込んでしまった。
側仕えたちが部屋に戻ってくる前に魔力操作の練習もしたかったので、グリニアを閉じて表紙の魔石に手を置く。
「魔法使うときって手を前に出すじゃないですか。あとファルファレルロ様が出てくるときも手のひらからでしょ? でもグリニアに書かれた呪文使うときは手で持ってなくてもいいでしょ? どういう違いですか?」
地図更新のためにも、おしゃべりしながら魔力操作ができるようになる必要があるので、練習を兼ねて魔石に少しずつ魔力を流しながら質問をする。
手以外から出入りができたら、グリニアの呪文を使うのが楽になるんじゃないかと期待した。
ファルファレルロはもったいぶったりせず答えてくれる。
「手のひらが一番魔力の出入りできる量が大きい。吾は魔力量が多いので手のひらからしか出入りができない」
人体の不思議。
足の裏じゃなくて良かったと思うことにし、はぁ、とため息をつく。
髪の中に隠すにしても、手のひらからしか出入りができないなら考えなければならないことが増えた。
「部屋に近づく誰か……確かムルムルと言ったか」
「夕食前の湯浴みかな? 教えてくれてありがとうございます」
風のドームを消した。
一気にいろいろな音が聞こえだす。普段気にもならないような木造家具のきしむ音。風が窓を揺らす音。葉がすれる音。
「世界って、案外騒々しい」
私はぼんやりつぶやく。
ファルファレルロに手の中へ戻ってもらおうと掴んだところで思い出したので小声で最後にもう一つだけ質問をする。
「火の玉を出す呪文さ、自分で想像しない、お手本も見てない状態で口に出したらどうなりますか?」
魔法は呪文を使う・使わない関係なくイメージが大事だ。
重力を操る呪文をうっかり唱えかけたとき、ファルファレルロは「馬鹿者」と怒りながら書を閉じたのだ。
呪文を唱えると“絶対に”発動するのだろう。
なら、何が起こるか分からずに、とりあえずの気持ちで呪文を読み上げてしまったらどうなる?
答えは、
「自分が燃えてしまうだけだ」
あぁ、これも「やっぱり」か。




