42話
週に1度、王宮最奥のサロンで夜会が開かれる。これは大人だけの社交なので私は留守番だ。
夜会用のドレスはデコルテがガッツリ開いていて、バティンの胸元はいつも以上にゴージャスだ。
わぁお、ボイ〜ン。
なんて、くだらない事を考えながら2人を見送る。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
ザブナッケは今日も私が見えていないようだったので私も視界に入っていないという態度で応対する。
あの事件以来、どの家も警戒態勢をとっている。それは我が家も例外ではない。
そのため社交で夫妻揃って城を開ける際は城内の人手が不足しがちで、今日は私の側近たちもみな駆り出されている。
つまり。
「今日は自由だ!」
常日頃がんじがらめと言う訳ではないが、家の外も中も関係なく常に側に人が控えているのがデフォ。それが高貴な身分というやつでして。
「お部屋にひとりでいられる。すばらしい」
夜の入浴前に行う日課、ストレッチと筋トレ。この時間は一人にしてくれることが多いが、せいぜい30分程度である。
まとまった時間を一人で過ごせる贅沢な日がやってきた。
いったんお茶を口に含んでぼんやりする。
「……ほぅ」
安堵のため息。
しかし束の間の休息はすぐに終わった。
「一人になったのなら、なぜ吾を呼ばぬ」
ぐぬぬ、ファルファレルロめ。
「ちーとばかし一人の時間を楽しんでもいいじゃん」
と小声で返す。
別邸の方が全体的に狭い、つまり扉までの距離が短いのだ。部屋の中は一人だが、扉の前にが騎士が交代で立っている。声量には気を付けてほしい。
「そーいえば、試してみたい事があったんだ」
私は騎士団で教わった基礎呪文のメモを引っ張り出す。
「こんな狭い部屋の中で何をする気だ」
ファルファレルロが小声で言う。
「いいから見ててよ」
私はそう言って風を起こす呪文を確認する。
「ティファレト」
自分たちがスッポリ入れるくらいのドーム状を想像し、その球体に沿った空気の層だけ柔らかくする。
柔らかいという表現で合っているかは謎だが、喋って振動する空気をその柔らかい層で受け止めて外に聞こえないようにする事が目的だ。魔法にするには想像のしやすさが鍵である。
圧力の変動だろうか、光の屈折率が変わっているようで微かに景色が歪んで見える。
「ファルファレルロ様。私の声がこの層の外に聞こえないか実験がしたいです。いったん外に出てください」
「吾を何だと心得る」
「運命共同体。ほら、行って」
ブツブツ言いながらファルファレルロが空気の層を抜ける。
そのとたん私は静寂に包まれた。
「おっと」
実験を手伝ってもらっているのだから早く何か言わなくてはならない。
こういう場面の決まり文句が思い浮かばなかったので、
「ばーかばーか、あほー、まぬけー」
けっこうな大声を出してみた。
すぐにファルファレルロが戻ってきて角を私の頭に落とす。
「痛ああああああああああ」
ちくしょう、この魔法は失敗か。
「声は聞こえなかったが表情で悪口を言っているのは分かったぞ」
失敗したのは魔法じゃなかった。
今考えると「マイクテスト」とか「アメンボ赤いな」とかでも良かったな。
まぁまぁ、こんな失敗は些細な事だ。
「外に声が聞こえなかった! 成功ですね」
外の声も聞こえないので改良の余地ありだが、ひとまずこれでファルファレルロとの内緒話はできる。魔力の遮断はないのだから、部屋に誰かが近づいてきた時はファルファレルロに教えて貰えば良いのだ。
私はやっと色々質問ができるぞ、とワクワクしてファルファレルロを両手でガッツリ掴む。
「ハーゲンティ、その知識はどこで得た?」
「チシキ?」
質問するつもりでいたので、逆に質問をされて頭の切り替えが追いつかない。
「質問を変えよう。なぜ声を消せると知っているのだ」
「あーえー、っと。義務教育で習うから」
「ギムキョウイク」
そうだと記憶している。波形を打ち消し合うとか細かい部分は高校の物理の授業だった気もするけれど、気圧とか天気に関わる内容だったり、声や光には波形がうんぬんは小学校高学年だったはず。みんな知ってる事だよ。
私は何も特別ではないと説明をする。
「12でそれらの知識を? バカな」
「えー成績は中の下でしたけどーそんな言うー?」
「そういった意味では無いし、なんなら先にバカ呼ばわりしたのはそっちだろう」
再び角を頭に落とされる。
もっとバカになっちゃうじゃん!
「転生しただの召喚されただの、何を言っているのかと思っていたが、まさか本当に異世界があるのか」
「ファルファレルロ様が知らないのなら、この国の人間は誰も異世界なんて知らないですよねぇ。うーん、魔法が無い分科学が発展していて便利道具はもっと種類が多いんですよ?」
あーあ、家電代わりになる便利な魔法道具はあるけれど、科学は全然発展してないからすごくチグハなんだよなぁ。
馬車の揺れを抑える魔法道具を思い出す。
原理を理解してスプリングなど揺れを逃す構造を取り入れている訳ではなく、大量の魔力をぶつけて無理矢理振動を抑えつけていた。
側仕えたちが交代で1日に何度も魔力補充を行なっていたので、かなり魔力効率が悪かったと記憶している。
科学と魔法、上手く混ぜ合わせたら劇的にクリーンで効率厨も歓喜する世紀の大発明も夢じゃ無いよなぁ。
どちらも私は中途半端なので、妄想は口に出さずそっとしまっておく。
「まぁまぁ、(どうでも)いいじゃないですか~ 防音室って作るの大変なんですよ? それでも音漏れするし! 魔法最高!」
私は魔法の成功に喜んで踊り出す。
「では、それを自身の想像力と魔力で再現するのではなく、呪文で再現しようと考えたのはなぜだ」
まだ質問が続くのか。
ファルファレルロとの会話時間を確保したかったから試した魔法ではあるが、できれば私が質問をしたかった。
「えーと、まず呪文を唱えると『火が出る』『風が出る』といった固定の効果があるでしょ? それから騎士団で初めて練習した時、火の玉じゃなくて自分が想像した通りの青い炎のビームが出たでしょ?」
「ビーム? まぁいい」
「最後に襲撃犯が使った火の玉。あれが私目がけて飛んできたわけですが、追尾、うーん、でも確かに術者の意思で軌道を変えてるように見えたんです。だから呪文無しで魔法を使う時と一緒で、明確に『何をしたいのか』を想像してみようって今日試してみました」
どこに引っ掛かる要素があるのだろうか。
ファルファレルロは少しの沈黙の後、唸りながら話す。
「初代王ワイナモイネンが火の玉を出した。それを目にし、聖獣から呪文を使う許可を得た者たちも皆、火の玉を出した」
「あー、最初に『こうやるんだ』って見せられていたら、私も火の玉を出す呪文だって固定概念ができていたかもしれないです」
まずはやってみよう精神で挑んだ私の大勝利。
できた、大事なのは結果である。
それはそうと、
「聖獣の許可って何ですか?」
やっと、グリニアとエルダの話ができる。




