41話
「ハーゲンティ様こちらをどうぞ」
バイェモンがオリアクスでも、マルティムでもなく、私の後ろに立っている。
差し出された資料に目を通す。
「写しをマルティム様とボルフライ様へお渡ししても構いませんか?」
「構いません、渡してください」
資料に書かれているのは、レライエがバティン派のどの家に声をかけたかの一覧だった。バティンの実家であるシンヒカー侯爵家との血縁の有無など、詳しく書き込まれている。
バイェモン自身も一時期派閥を移ろうと情報を集めていたからだろう、この手の扱いは得意なようだ。
「バティン派の中でも末端の家にばかり声をかけているようですね」
血縁はほぼ無い。あってもかなり遠い親戚で、バティン派の中枢ではなさそうだ。そして伯爵家と子爵家の名前が多い。
資料に目を通し、派閥の末端であることを確認したカシモラルが感心する。
「よくこれだけ集めましたね」
「元々は私自身、気になるところがあり派閥関係の洗い直しをしていたのです。その時に不自然な動きを見せた家があり、調べたところレライエ様との接触を知りました」
バイェモンは口もうまいなぁ。
書陵官の仕事は事務・調査・研究。業務には探偵やスパイのようなものが含まれ、バイェモンはとても向いていると思った。この調子で頑張ってくれ。
「なぜレライエはバティン派に?そもそもわたくしのことを毛嫌いしているような態度も度々見受けられます」
実はツンデレで本当は仲良くしたかった……そんな訳ないか!
レライエ本人の態度も側仕えの態度も「ハーゲンティに価値無し」だった。
バティンに対しても存在を無視するような態度で、こちらに近寄ってくる理由が私にはサッパリ分からなかった。
「引き抜き、でしょうか?スコックス様の派閥は下級貴族が多いので上級と繋がろうとした可能性があると思います」
ボルフライの意見にマルティムが頷く。
ここでバイェモンが「いえ」と否定の言葉を口にした。
「どうやらレライエ様はバティン派に入りたいようです」
女子3人は困惑の表情を浮かべる。
「スコックス様は自派閥に上級を迎えるべく行動されては袖にされているのは有名です」
有名なんかい。ザブナッケも止めなさいよ。
なんでも、スコックスの実家であるヤンナイ男爵家はエルキヤム伯爵が荘官を務める土地の中でも一際“浮いた”家なのだとか。
都市部から離れ、しかし国境沿いでも無い穀倉地帯のいわゆる田舎に該当するエルキヤムはそもそも派閥争いとは無関係の土地だった。
そんな土地の男爵家から領主の第二夫人が出てきたのだ。
田舎の、下級の、浮いた男爵家が一気に力を持ち、エルキヤムとその周辺の子爵・男爵家を次々に取り込み派閥を形成していった。
エルキヤム伯爵が野心家でなかったことが幸いし、他の侯爵家を脅かすほどの勢力にはならなかった。
もしこれを出世の絶好の機会と捉えていたら間違いなくスコックスと養子縁組をし、上級貴族の娘として嫁がせていただろう。そうなっていたらバティンと第一夫人の座を争い、今以上に泥沼化していた可能性が高い。男爵位のまま結婚したので何かの拍子に第一夫人に繰り上がるなんてことはまず無いそうだ。
「ですが今回はレライエ様がご自身の側近を動かし、バティン派のお茶会へ同行できないかと話を持ちかけています」
バイェモンが言い切った。
それにカシモラルが疑問を抱く。
「わたくしの耳に、お茶会の話は届いておりません」
「レライエ様は今のところ全て断られております」
カシモラルはかなり驚いているようだ。
「第二夫人の子とはいえ公爵の子ですよ?レライエ様からのお願いは簡単に断れるものではありません」
「はい。ですからレライエ様と声をかけた家の夫人が個人的に繋がり、個々でお茶をしているようです」
あぁ、そうきたか。とカシモラルが口元に手をやる。
私にはピンと来るものがない、なんだろう。
「末端を取り込んでいってある程度まで勢力を拡大したのちにバティン派と合流なさるおつもりでしょう」
「ん?レライエも自分の派閥を作るということですか?あ、でも合流、え?」
さっぱり分からん。
私が首を捻っているとバイェモンが説明してくれる。
「レライエ様が自分の派閥を作ります。同時にバティン派から中立寄りの家を引き抜きます。レライエ派はスコックス派の分派なので、大きく捉えるとスコックス派の勢力拡大になります。均衡を保っていたバティン派とスコックス派の力関係が崩れることになるのです」
ただでさえザブナッケ公爵から疎まれている私は身の置き場がなくなるのではないだろうか。
「ハーゲンティ様の御身がより危険に晒される可能性が高くなりますね」
ボルフライがズバッと言ってくれた。
そうか、私死ぬかもしれないのか。
「困ります」
間髪入れず私は返した。
当然です、とマルティムが頷く。
「つまり派閥の均衡を盾にしてバティン派に潜り込もうという訳ですね」
「今のところ、その線が最も有力かと思われます」
私はバイェモンに「ありがとう」と言ってこめかみを押さえる。
「エルキヤム伯爵がきちんとスコックス様たちを見張っててくださればどれほど良いか……あの家自体、抑えるのが大変だと言っていましたね、はぁ」
カシモラルがため息をつく。
ヤンナイ男爵はエルキヤム伯爵に任されている土地の貴族なので、伯爵もスコックス派と見なされ手綱を握れと周りからチクチク言われている姿が容易に想像できた。伯爵は毎日のように頭を抱えているに違いない。
「レライエが何をしたいかは見えてきましたが、なぜそうしたいのかが分かりませんね。これが分からないと作戦が第二段階に進まれた時にどう動くのか想像すらできずに後手に回ってしまいます」
すでに後手に回りかけている。バイェモンがいなかったらこれに気づけたのは派閥の均衡が崩れ始めてからになるだろう。
すぐにでも巻き返したい。
私はバイェモンに初めての命令を下す。
「バイェモン、あなたはしばらくレライエの調査を続けてください」
「ですが」
バイェモンが言いにくそうにしている。
いやいや、この仕事を引き継げるような人材おらんよ?
私は再び首を捻る。
「何か不都合がありましたか?」
「私は本日よりハーゲンティ様の側近に加わりました。この先はバティン派の中枢として見られることになります。末端やレライエ様に近づくことは……」
なーんだそんな事か。書陵官はスパイもやるんだよね?だったら、
「わたくしの側近になったと公表しなければ良いではありませんか」
3秒ほどザワついた。
私は自分だけでなくマルティムとボルフライの側近たち全員をぐるりと見渡す。
「バイェモンは今まで通りオリアクスと個別に交流し、マルティム経由でわたくしが報告書を受け取りましょう。そのうち公表する時が来るでしょうけれど、今すぐでなくて良いと思います」
こうして協力するための派閥でしょう?と、私はバイェモンに体ごと顔を向ける。
「書陵官として思い切り動いてください」
それに、と区切って私は次にカシモラルへ顔を向ける。
「敵を欺くにはまず味方から、ですよ」
皆が口をあんぐりと開けている中、バイェモンだけニヤリを笑っている。
「どうですか、楽しそうでしょう?」
「ええ、とても」
バイェモンはやる気になった。よし。
「なんと言えば良いのでしょうか」
「この部下にこの上司あり」
「それです!」
マルティム、それです!じゃないよ。ボルフライも、ね?
私は自分の口に両の人差し指を持ってきてバッテンを作る。
「バイェモンの側近入りの話はここだけの秘密です。ハーゲンティ派も今さっきできたばかりなので、しばらくは伏せておきましょう。表立っては動かず、全て水面下で」
私の号令に全員が了承し、お茶会はお開きになった。
私のイメージしていたお茶会とかなり乖離があり、ハーゲンティ派第一回全体会議だったように思えるがまぁいいだろう。
すでに公爵目指す宣言をしているので、遅かれ早かれこうなっていただろうと思うことにする。
それにしても、レライエは一体何を考えているのだろうか。




