40話
「ようこそいらっしゃいました。ハーゲンティ様」
「お招きいただきありがとうございます。マルティム」
お茶会の始まりだ。
ウハイタリの別邸は領地の城を70%に縮小したのかなと感じるくらいで、造りや装飾の雰囲気に違いを感じなかった。
しかしマルティムの家は違った。装飾は少なめ、家具は木目調に揃えられていてなんだか落ち着く。
通された部屋もシンプル。出てきた茶器もシンプル。
「統一感があってとてもお洒落ですね」
私は無〇良〇を思い浮かべる。
あれほど簡素ではないけれど、近しいものを感じる。
「ありがとうございます。これを言ってしまうと本邸を整えたお父様が気を悪くしてしまうかもしれませんが、わたくし、こちらの別邸の方がお気に入りなのです」
内緒ですよ、とマルティムが口の前で人差し指を立てる。
私もマネして、しーのマイムをする。
「そろそろアレをお渡ししないと!」
ボルフライが華やいだ声を出した。
「マルティム様、どうぞ新しいリボンです」
ボルフライの側仕えからマルティムの側仕えに包みが渡る。
「開けてみても?」
「もちろんです」
包みが開かれ、机の上に丁寧に広げられる。
マルティムの瞳と同じエメラルドグリーンのリボンに、揃いで編まれたレースの縁取り。
マルティムが大事そうに優しく手に取る。
「ありがとう、ございます」
目元を少し潤ませながら、嬉しそうにマルティムは笑った。
その場でマルティムは髪に結んでもらう。
見ていた私は無意識に自分の髪に結ばれた紫のリボンに手を伸ばす。
2人も同じように手で触れ、顔を見合わせる。
「やっと、お揃いができましたね」
このままのほほんと時間を過ごしたいけれどそうはいかない。見渡せば、マルティムの側近たちが変わって、いや、増えている。
椅子に座っているのは私、マルティム、ボルフライの女子3人だ。
オリアクスはマルティムの後ろに護衛官のように立っている。その護衛達の中には13~4歳くらいで、マルティムに似た顔立ちに髪色の少年がいる。入学している兄がいると言っていた気がしたな。彼だろうか。
バイェモンは全員と一定の距離をおいて静かに立っている。
オリアクスがマルティムに耳打ちをし、そっとティーカップを机に戻す。
その時の呼びかけが「マルティム様」に変わっていた。
本題に入るのだろう。
私は視線をマルティッムからバイェモンに移す。
「単刀直入に、わたくしマルティムは時期侯爵としてハーゲンティ様の派閥へ入ることを宣言いたします」
うん?
「……え!?」
私は1拍どころか3拍くらい置いてから驚いた。
「侯爵、だってマルティム、え、それに私、わたくしのはっ派閥?」
いくら友人宅とはいえ気を抜きすぎだとカシモラルが私の両肩を掴む。
すんません。
「わたくしはあの事件の日以降、何度も何度も考えました。どうしたらハーゲンティ様にご恩を返せるのかを」
「そんなの、わたくしが困った時に手を貸してくれればそれで十分です」
真剣に悩むようなことじゃ無い、それより今まで通り友人でいて欲しい。
マルティムは微笑んで私の手を取る。
「ハーゲンティ様ならそうおっしゃるでしょうとは考えておりました。そして、だからです」
私にはマルティムの言っている意味がわからない。
「時期公爵を目指すハーゲンティ様のお困り事のお役に立とうとするならば、わたくし自身にも力が必要になります。まず今のわたくしにできることは、時期侯爵になり、ハーゲンティ様との友人関係を続けることです。側近入りも考えましたが、それよりも味方勢力を増やすのが先決です」
「わたくしの、味方」
「はい。この秋に弟君のアイペオス様が3歳を迎えられるそうですね。おめでとうございます。先日の大人の社交で公表されたとお母様から伺いました。これにより、バティン様の派閥は時期公爵にハーゲンティ様を推す組とアイペオス様を推す組に別れるでしょう」
私は時期公爵を目指すうえで派閥のことまで考えていなかった。
というより、アイペオスと争うことになるとは言われていたが、それに派閥が関係すると考えていなかった。
私にとって派閥争いは夫人2人のガチンコバトルの認識だった。同母で同派閥になるアイペオスとの争いは、純粋に試験結果や功績といったもので決まると思っていたのだ。まだまだ先の話だと。
「派閥の内部で割れることを、お母様が許すでしょうか?」
意味のない質問をしたと自分でもわかっている。それでも、確かめずにはいられなかった。
「より良い領主を選ぶためですから」
帰ってきた答えに一つため息をつく。
きっとこの『より良い』の中には成績だけでなく、カリスマ性とかリーダーシップも含まれているのだ。
切り替えよう。ここでグダグダ言っても何も変わらない。
それより私の味方についてくれる、友人でいてくれるとマルティムが口に出してくれたんだ。不安にさせてはならない。
「ありがとうマルティム」
丸暗記して読み上げる感じではあったけれど、マルティムが自分の側近たちと一生懸命考えてくれたんだと思うと私は感謝と、その期待にどれだけ応えられるかというプレッシャーを同時に感じた。
覆水盆に返らず。
後悔先に立たず。
私はみんなの前で「公爵を目指す宣言」をしたのだ。その本当の意味をじわじわ悟り、またマルティムが時期侯爵を拒否していた理由も理解し始める。
私の宣言と救助がマルティムに決断を迫ってしまったのだ。
貴族、怖い。
私はなんとか笑顔を作ってもう一つの心配事を訊ねる。
「それはそうと、マルティムの家は中立派でしょう?よくわたくし個人の派閥立ち上げに卿が許可を出しましたね」
開会式の様子からすると、マルティムの家は領地境の家とは仲がよさそうだったが都市部とその周辺の貴族とはあまりお話をしていなかったと記憶している。
マルティムはフフフ、と笑う。
「ええ、お兄様たちはもちろん、誰よりもわたくしに爵位を継がせたがったのは、そのお父様本人ですもの」
この歳で親と交渉したんだ。すげー。才能あるよ、そりゃぁマルティムに継がせたいわけだ。
「マルティムが味方になってくれるのはとても心強いです」
これが、生まれながらの貴族か。
私は感心してうんうんとうなずき、ボルフライも一緒になって何度かうなずく。
「これからはマルティム爵子とお呼びしなければなりませんね」
「ボルフライ、からかわないでください」
マルティムが嬉し恥ずかしといった顔をする。
「マルティム様はとても良い判断をなさったと思います。バティン様は男女両方をお産みになりましたし、これ以上派閥が縮小するとは考えにくいです」
私もマルティムもうなずく。
「わたくしの家は中立と言っても派閥に属していないのではなく、全員が別の派閥に属しているのが実態です」
広く情報を集めるのに都合がいいそうです、とボルフライが手を頬に添える。
「ボルフライもすでにどこかの派閥に?」
「まだです。だいたい10歳ごろから側近入りする先を探し、入学までには決めて主の派閥に入る流れです」
こ、これは、モタモタしていると敵対してしまう可能性も出てきてしまうのではないか。
こちらから声をかけてもよいのだろうか。しかも、こんな大勢がいる前で。
私が前のめりになって口をパクパクさせているとマルティムとボルフライの両方がほほ笑む。
「ハーゲンティ様、2年後にお声をかけていただけますか?」
予約が入った!
私は嬉しさで首がちぎれそうなほど縦に振った。
そこからハっとした。
マルティムの側近は?
顔を動かすとマルティムはまだほほ笑んでいた。というよりニヤりとしている。
「領地に戻り次第、ボルフライの異母姉が側仕えとしてわたくしの元へ来るお話があります」
あのお茶会になんでこの2人が呼ばれていたのか分かった気がする。
シゴデキだからだ。
きっと本当は私の印象を下げてレライエの側近につけたかったんだ。
「わたくしの家もマルティム様の家も、少しずつハーゲンティ派へ寄せていく予定です。ハーゲンティ様、2年後の側近入りのためにも後ほど筆頭側仕官を紹介してくださいませ」
「もちろんです」
わたしは元気いっぱい返事をした。
「派閥の移動でいえば、バイェモンの持ってきた情報。レライエの動きが気になります」
「ではまず、その情報を持ってきたバイェモンの話をいたしましょう。こちらへ」
やっとか、という表情を一瞬のぞかせて、バイェモンが私の前に歩み出る。
「バイェモンたら『ハーゲンティ様の書陵官になる方が役に立てるし、やり甲斐もありそうだ』なんて生意気を言うのです」
こき使ってやってくださいませ、とマルティムが笑う。
「女が3人集まればかしまし、じゃなくて、わたくしの側近になれば今日のような女性が集まる場への同行が求められます。問題はないですか?」
私はちょっとだけ意地悪をしてみる。
「今の表情はわざとですよ」
やっぱり生意気な返事をして、バイェモンは余裕な顔で私の前に跪く。
ムルムルを通して先に聞いていたし、承諾もした。
それでもこうして私に首を垂れるバイェモンを見るのは不思議な気分だ。
「ハーゲンティ様にお仕えしたく存じます」
「わたくしの側にいることを許します」
バイェモンが書陵官として側近に仲間入りをした。




