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3話

 

 お姫様みたいだとニコニコ上機嫌でいられたのは、ダイニングに入るところまでだった。案内された席が明らかにおかしい。

 出入り口から1番遠い、上座とその周囲の席にカトラリーが並べられる。ここまではいい、だが、1人分だけ離れて設置されている。そして私はその離れた席へ案内されたのだ。

 うーんと唸っているとスコックス第二夫人をエスコートした実父ザブナッケが入ってくる。後ろに第二夫人の娘で私の異母妹にあたるレライエが続く。少し空けて実母のバティン第一夫人が入り、夕食の時間が始まった。


 レライエが可愛い。確か一つ下の5歳だ。ラベンダー色の髪を二つに括り、リボンを重ね付けしている。可愛い。そしてその派手な髪に負けないパッチリ二重に青味がかったグレーの瞳。可愛い。お人形さんみたいとはこのことだ。可愛い。あ、こっち見た。可愛い。めちゃくちゃ睨んでくるじゃん。やっぱ可愛くないかも。


 夕食はそれぞれの仕事や勉強成果の報告会のようで、ザブナッケが話を振っていた。だろうなとは思っていたが、私は一度も話す機会が与えられず、今日目が覚めたことの報告も挨拶もさせてもらえなかった。




 三日後、実母バティンの部屋へ呼ばれた。カシモラルが教師の件を伝えてくれたようで、私の意思確認をしたいそうだ。なんだか学校の進路面談みたいだなと思った。


「笑顔の練習しておこう」


 迎えがくるまで鏡の前でにらめっこをする。

 ちなみにこの三日間はずっと自室にいた。自室に風呂・トイレがあり、食事も全員で摂るのは夕食だけのようで引きこもり状態だった。ダンサーになるという目標を掲げた私はじっくりゆっくりストレッチを行なった。何事も基礎が大事、贅沢に時間を使えて大満足だ。

 カシモラルが迎えに来てくれたので移動する。先日から部屋の扉に立っていた朱色の髪の騎士も一緒に移動するようだ。


「ハーゲンティ様をご案内いたしました」


 バティンの部屋に通される。


「いらっしゃい」


 微笑んで出迎えてくれた。今日はバティンの側近が勢揃いしているのだろうか。人数も多いし、見覚えのない顔もある。


「お招きいただきありがとうございます」


 私は舞台上の挨拶のような動きをした。バレエの衣装やちょっとした仕草はヨーロッパ貴族を模しているとかなんとか。フランスの宮廷舞踊だしね。この世界の調度品や、ドレスの形状からヨーロッパ中世後期に似た文化だろうと予測する。それならバレエの動きはもってこいだろう。指先、足先まで気をつけて屈む。


「指先まで、とても綺麗な挨拶ですね」


 バティンが褒めてくれる。


「ですが、動作が大きすぎます。もう一度」


 真剣な眼差しに変わる。この部屋に呼ばれた時点から、教育は始まっているようだ。


「ご指導、お願いいたします」


 この後何度もやり直しを受け、「ようこそ、とても楽しみにしておりました」と合格をもらい席に座れたのはおよそ30分後だった。バティンが右手を差しだし、私が屈んだままその手を取り少しおでこを近づける。これが挨拶の一連の動きのようだ。お嬢様教育は初めてで楽しみながらできたし、バレエの先生たちの方が怖いので、やり直しの30分はあまり長く感じなかった。


「ミルクとお砂糖はご入用ですか」


暗い青寄りの紫髪の側仕えがお茶お淹れてくれる。


「お願いいたします」


 私の返事、仕草、全てが見られている。きっと私が部屋に戻った後、先生を選んだり教育計画を立てるのだろう。前世の記憶がどれくらい役に立つか分からないが、脳みそフル稼働してなるべく良い先生をつけてもらえるようがんばろう。上達の近道は、良き師に出会うこと、だもんね。


「ハーゲンティ、カシモラルから報告を受けました。貴族としての教育を受けたいと」


 バティンの言葉に部屋の中がピリつく。


「はい、お母様」


 私はティーカップを置いてまっすぐバティンを見る。魔法の勉強、絶対やりたい。


「私は祈りの間で魔力枯渇を起こし、満足に仕事ができませんでした。同じ失敗を繰り返したくないのです」


 今世もダンサーを目指すと決めた以上、貴族の娘として最低限の義務をこなす必要がある。何よりも祈りの間に入るたびにこの先何度も死にかけるのは御免だ。早急に魔力の扱いを学びたい。


「貴族としての務めは他にもあるでしょう?」

「ええハーゲンティ、その通りです。ウハイタリは貴族の手本になる必要があり、領地の運営や次代の王をお育てするとても重要な役割があります」


 手本?領地?もしかしてウハイタリ家ってかなり高位だったりする?


「貴女は6歳を迎えました。子ども同士の社交も始まります。祈りの間のように、城の中ではまだ大目に見る事ができますが、外での失敗は許されません」


 みながピリついていたのはコレか。やる気がある、ちゃんとやるのなら勉強させるが、できないやりたくないならそもそも城から出さない、と。それでは困る。人前に出て、舞台に立ってこそダンサーなのだ。


「お母様、私は本気です。教師をつけてください」

「ギルティネ様のお導き、でしょうね。こんなに自分の意見を言えるようになるなんて、祈りの間での経験が貴女を成長させたのでしょう」

「はい、きっとギルティネ様のお導きです」


 成長っていうか中身が変わってますお母様。なんて言えないので私は苦笑いをする。


「では、カシモラルあれを」

「かしこまりました」


 バティンに声をかけられたカシモラルが銀色の何かを持ってきた。


「帰敬式の祝いが遅くなってしまいましたね。おめでとう、ハーゲンティ」


 それは金属製の扇子だった。


「女性は公式の場で扇を持つ必要があります。ウハイタリ領の守護聖獣ギルティネ様の紋と、ウハイタリ家の紋、そしてハーゲンティ、貴女の名前が彫られています」


 ひとつひとつ指を差して教えてくれる。聖獣の紋様は魔法陣のようだ。家紋は花が使われており少し日本的で親近感が湧く。自分の名前は読めなかったので座学は文字の読み書きから始まるなと頭の片隅に置いておく。


「今日教えた挨拶や言葉遣いを、必ず練習をしておいてください。貴女は自分のことを私と言いますが、女性はみな『わたくし』と言います」

「わたくし。はい、必ず練習します」


 笑顔で面談を終えられた。帰り際に扇の持ち方を教えてもらい、両手に持ったまま歩く練習をしながら自室へ戻った。




 日々のポージング練習に挨拶の動作が加わり、隙間時間に扇の扱いの練習をしつつバティンに呼ばれるのを待った。

 そして五日後。再びバティンの部屋に招かれ、私の教師と側近の紹介をしてもらうことになった。


「バティン様のお召しにより参上いたしました。お初にお目にかかります。教師のナベリウスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 ナベリウスは紺色の髪に水色の瞳をしていて、髪型は編み込みなどはせずキッチリ1つにまとめられている。

 さすがは先生、子供の私と違いスカート丈も袖のフリルも長いのにそれを感じさせない美しい挨拶だ。負けていられない。


「ナベリウス先生、こちらこそよろしくお願いいたします」


 右手に持っていた扇をサッと左手に持ち替え、右手をナベリウスに差し出す。

 ナベリウスはその手を取って少しおでこに近づける。体勢を元に戻しにっこり笑い返してくれた。ひとまず合格だろう。よかった。

 このまま初対面の人たちと同じように挨拶をする。

 騎士見習いのチャクス、彼女は栗色の髪にオレンジ色の瞳で、ポニーテールをしている。

 側仕え見習いのムルムル、彼女はオリーブ色の髪にグレーの瞳で、ハーフツインテールをしている。


「ハーゲンティ、あと2人、貴女の側近に加えます」


 カシモラルと、いつも扉の警護をしてくれている朱色髪の騎士だ。カシモラルが先に私の前へ出る。


「ハーゲンティ様の側仕えを拝命いたしました。これからは筆頭側仕官としてハーゲンティ様の身の回りのお世話と、見習いムルムルの教育を引き受けます。どうぞよろしくお願いいたします」

「カシモラルがわたくしの元へ来てくれるのはとても心強いです」


 私の部屋へ訪れる頻度が一番高く顔馴染みのカシモラルが移動してくれるのは本当にありがたい。しかしここでハッとする。


「お母様の側仕えが減ってしまうのではございませんか?」


 バティンの側近はたくさんいる、側仕えだけで6人いるが、必要だからそれだけの人数を抱えているはずだ。大丈夫なのだろうか。


「心配には及びません。秋に1人か2人入れる予定です」

「左様でしたか、ではカシモラル、改めましてよろしくお願いいたします」


 カシモラルが下がるのを待って最後の1人、朱色髪の騎士が私の前へ出る。


「ウハイタリ騎士団団長の子、ケレブスと申します。領主の子ハーゲンティ様にお仕えすることができて光栄に思います」

「日頃から扉の警護をありがとうございますケレブス、これからもよろしくお願いいたします」


 なんと騎士団長の息子だった。騎士団長の子の中で唯一側近入りをしていなかったため声がかかったそうだ。第二夫人の第二子というのもあって自分が側近入りすることはまず無いと思っていたそうだ。きっととても驚いただろう、来てくれてありがとう。

 私の側近はカシモラル、ムルムル、ケレブス、チャクスの4人になった。ナベリウスは家庭教師なので側近とは別枠になる。


「わたくしはハーゲンティ様が学校へ通うようになる12歳までの教育係でございます」

「学校があるのですか」

「ええ」


 王立学校、王立研究所に付属する高等教育機関で、貴族の子息女はほぼ全員通うそうだ。12歳で入学し成人する16歳までの5年間で、公爵家の通学は義務、他家は強制ではないがほぼ全ての上流階級が集まるので顔つなぎなど、将来のために通う。金銭的に厳しい下級貴族は後継ぎ1人だけが通うこともあるらしい。


「ウハイタリは公爵位ですのでハーゲンティ様は学校へ通う義務がございます。本来、帰敬式までに終えなければならない教育に手すらつけていないと伺っております。」


 勉強開始は6歳からではなかった。バティンから扇を受け取った時、自分の名前が読めなかった事を思い出して青ざめる。


「巻きでお願いいたします」


 泣きそう。


「もちろんでございます。来月主催される子供たちのお茶会までに形にしてみせます」


 お茶会、いつだ。主催なのに知らされてない。それより6歳までに覚えることを約1ヶ月でって、スパルタだ。しかし集まった子供たちが全員できる、知っていることを私1人だけ知らないのはものすごく恥ずかしい。私のプライドはエベレストより高いのだ。

 こんな話を聞いてしまうとより勉強を頑張らなきゃなとプレッシャーを感じる。

 よしやるぞ!と腕まくりしそうなくらい意気込んでいると、ドンドンと荒いドアのノック音がした。


「バティン様、申し訳ございません」


 取次のためドアの前に立っていた側仕えが慌てて部屋に入ってくる。


「ザブナッケ様が……」

「ハーゲンティはここか?」


 ザブナッケ、ハーゲンティの実父でバティンの夫、ウハイタリ公爵ご本人がなんの前触れもなく入室してきた。


「ザブナッケ様、今は」


 ザブナッケは片手を挙げてバティンを制し、私を睨みつける。


「ハーゲンティ、今すぐ側近を解散させなさい」


 私にはとても受け入れられない発言だった。


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