34話
わ、絵になるなぁ。
ポロポロと涙を流すディリエルを見てまたまた現実逃避に走った。私はハプニングに弱いようだ。
どんな処罰が待っているのかなど考えるだけで身震いしてしまうので、目の前の景色の感想で頭をいっぱいにする。
もともと儚げな雰囲気を纏う人が静かに涙を流す姿は、写真に収めたくなるほど美しい。そういえばカメラってあるのかな?江戸末期には日本にあったんだよね。魂が吸い取られるとかなんとか歴史の授業でやった気がする。初期のカメラの作り方は、見覚えがあるので理科の教科書とかに載ってたはずだ。ほしいな。
思考がどんどんズレていく。
SNS世代の私はもう、ディリエルの映える写真の取り方を何通りも考えている。
ちなみに頬杖はついたままだ。
「す、すみません。すぐ収まりますから」
ディリエルは取り繕おうとする。
王侯貴族は人前で泣くことを許されない、まだ10歳だというのに。
また自分もその仲間であることを思い出して、意識がまだまだ平民だなと苦い気持ちになる。
バレエの作品を調べる過程で得た程度の貴族知識でも、知った時はしんどかったのに、それが自分の身に降りかかっているのだ。私も泣きたいよ。
季節一つ、投げ出さずによくやったと心の中で自分をほめる。
なかなか涙が収まらないのか、ディリエルは目元を手でこすり始めた。
「いけませんディリエル王子」
私はハンカチを手に席を立った。
「こすると後で目元の腫れがひどくなってしまいますよ」
ハンカチをディリエルの目に当てて涙を吸わせる。
あ、この距離って無礼だったりするのかな。
失態を重ねすぎて、さすがに金髪で公爵家の子といえど首が胴体と別れるのを覚悟した方がいいかもしれない。さよなら第二の人生。
きっとこのまま手を振り払われて、大声で叫ばれて護衛が入ってきて捕まるんだ。こういう時って側近たちはどうなるんだろう。
悪い方へ悪い方へと考えるのは得意だ。
しかしいつまで経ってもディリエルは動かない。
私はハンカチから少し視線をずらす。
ディリエルの耳が真っ赤になっていた。
「あ、あの、ハーゲンティ……」
「は、い」
「もう大丈夫です」
ディリエルは私の手を振り払うのではなく、そっと自分の顔から離した。
ハンカチが外れたディリエルは耳だけでなく顔も、なんなら首まで赤くなっていた。
わーごめん年下の女の子にこんなんされたらそりゃ恥ずかしいよね気が利かなかった。
首と胴体の泣きわかれカウントダウンを自らの手で進めてしまった。
貴族に向いて無さすぎる。
「みっともない姿を見せてしまいました。どうぞ、席に戻ってください」
ディリエルが視線を斜め下にしたまま私に席に戻るよう指示する。
反抗する理由はないので私は言われた通り椅子に腰掛ける。
一度死んだ身だ、私はどうなってもいい。とか考えるとファルファレルロが何をするかわからないのでできれば1分1秒でも長く生きたい。
そして私への教育不足や連帯責任みたいなこと言われて側近たちも処罰を受けるのは不本意なのでなんとしても回避したい。
「ハーゲンティ」
「はい」
私は歯を食いしばる。
「私は王子として、どうしても質問をし、確認しなければならないことがいくつかあります。その過程で貴女に不快な思いをさせたでしょう。ですが、どうか理解いただきたい」
「……今日の質問を、今一度よく考えたいです。少しお時間をいただきたいです」
「ええ、ゆっくりで大丈夫です」
時間を稼げただろうか。
ディリエルに納得してもらえる答えを出さなければならないが、彼も言わされている部分があるようだ。ディリエルというよりその後ろ、主にヴァサーゴだろう、彼が欲しい答えはなんだ。
できれば持ち帰って考えたいけれど、祈りの間など外では口にできない内容のためここで答えを出す必要がある。
私は深呼吸を何度か繰り返し、それから口を開いた。
「聖獣様のお話はひとつだけ言えるとしたら、約束をした、でしょうか」
「約束、ですか」
ファルファレルロとの契約に、悪魔の書のことを秘密にしろなんて項目はない。
私が秘密にしようと決めただけだ。どこまでの情報を出すかは私が決める。
今日、あまりにも情報を出さなければ、またこのように何度も個人的に呼び出されるかもしれない。それを回避するためにもう少しだけ開示する。
「ただその約束を果たすためには、わたくしはあまりに非力で知恵も足りない子供過ぎるので、実行するのはまだまだ先でしょう。まずは舞姫を目指し、次は公爵を目指します」
これで私が王位を目指していないこと、今すぐにでも公爵家が何か動くことはないと伝わるだろう。
金髪の王子は2人いるのだから跡継ぎはそっちでなんとかしてくれ。
「わたくしが自分の身よりも友人を優先した、この考えがわからないとのことですが」
ここで切って、私は一度カップを手に取りお茶を飲む。
「そんなに難しく考えるようなことではありません。ちょっとかっこつけた言い方をすると、借りを返しただけです」
「公爵は領主でしょう?上に立つ者が弱みを握られるなんて」
私はディリエルの言葉に首を横に振る。
ディリエルのことを可哀そうと受け取ればいいのか、王の子として教育がしっかりできていると受け取ればいいのか悩んでしまう。
「ヴァサーゴの耳にも届いていたのです。ディリエル王子も、わたくしの悪評はご存じでしょう」
「聞き齧った程度には」
ディリエルが少し申し訳なさそうな顔をする。
「わたくしはこの好き勝手に広められた噂がすでにあるので、これ以上の弱みはないと考えています。マルティムとボルフライの2人は、悪評にまみれたわたくしと実際に会い、話をし、味方をしてくれたのです」
「同派閥なら当然でしょう」
私は小さく笑う。
「それが、別派閥なのです」
ディリエルが信じられないという顔をした。
「敵対派閥の人たちが厄介なことは貴族ならば誰でも思うこと。同派閥が1人もいない孤立したお茶会で、敵対はしていない派閥でしたが、別派閥のマルティムとボルフライが何度も加勢してくれました」
私はあの日を思い出す。たったの2月ほど前だというのに、もう何年も前のことのように感じる。
「公爵家の長女ではなく、ハーゲンティを見てくれた」
口に出すと、少し恥ずかしい。
今は私の顔の方が赤い。
「ですから、今回マルティムを救出するために飛び出したのは借りを返すためなのです」
ディリエルの顔から赤みがだいぶ引いた。
「ハーゲンティは良き友人たちと巡り会えたのですね」
「はい、今後も2人と助け合えるこの関係を続けていきたいと考えております」
私は作り笑いじゃない、心からの笑顔を返す。
「私も、助け合える素敵な友人ができるでしょうか?」
「きっと」
きっとできるよ。
悪評だらけで教育は本当に遅れている、こんなハリボテお嬢様の私にできたんだ。
悪い噂がない王子様なら大丈夫でしょう。
「話しにくいことまで、たくさん教えてくれてありがとう、ハーゲンティ」
「どういたしまして」
ようやく探り合いではなく交流の雰囲気に変わった。
私がヴァサーゴの喋り方が怖いといえば、ディリエルは好物のタルトを目の前にしてもあの態度だと面白おかしく話してくれた。
ディリエルはマルティムとボルフライのことを教えてくれと言うので、お揃いのリボンの話をした。
今日リボンをつけてくれば良かったと後悔をした。
「私が1人で出歩いていたことは、内緒にしてください」
「もちろん内緒にいたします。わたくしが、王子のお顔を蹴ったことを黙っていてくださったのですから」
お互いに恥ずかしい行動を内緒にする約束をし、2人だけの話し合いは終了した。
子供の社交が再開する前に、こうして話ができて良かった。
ディリエルが側近たちを部屋に入れるためのベルを鳴らした。




