30話
めずらしくドタバタとした足音が聞こえる。
カシモラルが様子を見ようと部屋のドアを開けた瞬間、ケレブスが飛び込んできた。
「ハーゲンティ様!」
ケレブスはものすごい笑顔だ。
こらこら、カシモラルが般若の形相で見てるよ気付いて。
私の目配せは意味をなさず、興奮し切ったケレブスは私に向かって一直線に駆けてくる。
「やりました!バティン様から許可をもぎ取って参りました!!」
「ど、どうも?」
一体何のことだろう?私は首を傾げる。
「魔法の訓練、今すぐ行いましょう」
ケレブスの言葉にビックリし過ぎて反応が一瞬遅れ、そこから叫んだ。
「やったーーーーー!!」
カシモラルに簡易鎧をつけてもらい、訓練場までチャクスと走る。
嬉しさのあまり指導役のラウムより先に着いてしまった。
「ついに!魔法が使える」
そのまま私は踊り出す。最近はチャクスも私を真似て一緒に踊ってくれる。
2人でクルクルと回っている間にラウムが到着した。
「お早いおつきで」
「はい!この日をとても楽しみにしていましたから!!」
ラウムの顔色が悪いような気がした。
しかし私が声をかけるより先にラウムがケレブスに蹴りを入れているのが見えたので、体調が悪いわけでは無さそうだ。
「本当に許可を取ったのか?」
「当たり前だ。それに」
それに、と続くのはやはり先日の襲撃事件の話。
「無傷でお戻りになったが、そんな幸運が何度も続くとは思えない。側近も今すぐに倍以上の人数になんて増やせない」
ケレブスは私に少しでも多く身を守る手段を手に入れてほしいようだ。3日後には王子との個人的なお茶会がある。警戒するのは当然だ。
私はチャクスに小声で質問する。
「ラウム中尉をわたくしの側近に勧誘することはできないのでしょうか?」
ケレブスと仲が良いし、私とチャクスは指導してもらっていて人柄もなんとなくだが知っている。王子のお茶会なら必要なのは成人した側近ではないかと、思い付きの質問だ。
「ど、どうでしょうか。中尉は見習いの指導役ですから、側近にしてしまうと別の指導役を探す必要がでてくるのではございませんか?それから、成人した護衛官の場合は側近入りする時点で大尉以上が望ましいときいたことがあります」
新しい指導役を探すのはたぶん私じゃないけれど、騎士団の仕事を増やしてしまうのならやめておいた方が良さそうだ。
それにラウムは中尉だ。規則破りは後がうるさい。
あーあ、良い案だと思ったのにな。
ケレブスとラウムの話がひと段落し、ケレブスがニコニコの笑顔で、ラウムが引き釣り気味な笑顔でこちらへやってくる。
「ハーゲンティ様」
「はい、ラウム中尉」
「……魔法の基礎を教えましょう」
私は大きく息を吸ってから、
「はい!お願いします!!」
腹から声を出した。
訓練場に来たのだから、とまずは場内を3周走らされた。
最初の頃より体力がついてきたので3周程度では息が上がらなくなった。
「ではこちらをどうぞ。基礎呪文の一覧でございます」
ラウムが羊皮紙の巻物をこちらに差し出す。
私は直接、物を受け取ってはいけないと言われているので代わりにカシモラルが受け取る。
「ハーゲンティ様、声に出して読み上げてはなりませんよ?それだけで魔法が発動してしまいますからね」
カシモラルからの注意が飛美、私は大きく首を縦に振った。
開いて中を見せてもらうと呪文が4つ書かれていた。
ゲブラー 水を出す
ティファレト 空気を動かす
ネツァク 火を出す
イェソド 土を動かす
「これらはエルダに記載されており、ワイナモイネン王が聖獣アルラディ様から許可を得て、貴族にのみ使うことが許されました」
ほうほうと文字を目で追っていく。
あの日チャクスが使った『ビナー』が記載されていないではないか。
「ビ……探索の魔法は載っていないのですか?」
ラウムが片眉を上げる。
「探索の魔法をご存じなのですか」
「はい、あの日、犯人を追いかけるためにチャクスが使いました」
ちらりとチャクスへ視線を向けると、誇らしげに胸を張って立っている。
「とても便利だなと思いましたので、ぜひ習得したいです」
というより、ファルファレルロに教えてもらってすでに使用済みなので、ウッカリ使う前に教育実績が欲しい。
だが、ラウムから返ってきた答えは残念なものだった。
「あの呪文は護衛官になった者にだけ教えられる呪文です」
なーんですとーーー!?
「わ、わたくし今すぐにでも誰かの側近に」
「できかねます」
ピシャリと切り捨てられた。
ぐああああ。
「公爵家の御息女ですよ。王子の婚約者にはなれますが側近は無理です」
「こぉんやぁくしゃぁぁああ?なんでそんな恐ろしいことを言うのですか」
「私は側近になりたいなんて考えるハーゲンティ様が恐ろしいです」
ラウムとコントのようなやり取りをしていたらカシモラルが咳払いをした。
「失礼いたしました」
ラウムが背筋を伸ばし、硬い口調に戻る。
仕方ない、けどこれくらい軽口を叩ける人が身近に欲しい。
あ、バイェモン以外でね。
気を取り直して魔法の説明の続きを受ける。
「本日覚えていただくこの4つが基礎です。学校の教育課程に入っているので、将来騎士や護衛官になるならないに関わらず覚えることになります」
軍務は貴族の義務なので、側仕官や式部官を目指していても必ず戦闘訓練を受ける。もうこれは体育の授業だと思って受け入れるしかない。
そしてビナーの他にも、騎士の中で特殊な役職に就いたり昇級しないと教えてもらえない呪文があるとのこと。
「ハーゲンティ様は公爵家ですので、学校に通っている間に騎士の昇級試験を受けることになります」
「え!?あ、はい」
なに?なんて?もう選択授業が確定してるの?
文系・理系のようにコースが分かれているのか、選択授業を取っていくのか細かいところはまだ知らないけれど、ダンサーとして式部官を目指していた私はモヤっとしてしまった。
「さぁでは、火を出す呪文からやってみましょう」
そうだ、今日ここには魔法を教えてもらうために来たんだ。
学校に通うのはまだ5〜6年先の話だ。もっと時間のある時にゆっくり考えよう。
私はラウムが指差す方へ体ごと向ける。
少し離れたところに的が5つ並んでいる。
「あの的を燃やせたら合格です。それではまず……」
私はスっと手のひらを的の1つに向ける。
ここから的まで、そこそこ距離がある。
あそこまで炎を届かせるには蝋燭の火じゃ足りない。
何か強い、火の柱のようなものを。
ここまで考えてガスバーナーを思いつく。
「ネツァク」
私の手から青白い炎が一直線に伸び、的を燃やすと言うより一瞬でチリにした。
「はぁ、思ったより魔力を使いますね」
合格の言葉を期待してラウムを見上げる。
その表情はとても怖かった。
側近たちを見渡すと、全員的をじっと見つめて動かない。
「なにか、あ」
ここで誘拐犯がネツァクを使っていた事を思い出す。
その時は火の玉で、燃えるテニスボールや燃えるサッカーボールみたいなものが飛んでいた。
対して、私は自分の手から的までの道中全てを焼き払い、しかもガスバーナーを想像していたため炎の温度が青くなるほど高かった。
魔力の消費が激しいわけだ。
さらに、蝋燭・油・薪で火を起こすこの国で青い炎なんて見たことある人は一体どれくらいいるだろう。1人もいないかもしれない。
よーし、これはやったな。
お手本を頼んでおけばよかったと後悔。
それと同時に、同じ呪文でも何をどのように想像するかでこんなにも変わるのかという発見をした。そして、自分にはその想像を実現できるだけの魔力量があることも自分にとっては大発見だった。
なら、言い訳はこれしかない。
「見たか!これが紫の瞳を持つわたくしの実力!!!」
お調子者というレッテルが追加された。




