28話
目を覚ました。
寝台に運ばれたようで掛け布団が暖かい。
天蓋は降ろされており、今が夜なのか昼なのかわからない。
私は体を起こして呼び鈴を鳴らす。
「目が覚めたようですね。ご無事で何よりでございます」
寝台のすぐ横で待機していてくれたらしいカシモラルが、すぐにカーテンを束ねてくれる。
星の明かりが窓から入ってくる以外の光はない。私は夜中に目を覚ましたようだ。
「こんな時間にごめんなさい」
まだ頭がぼんやりしている。
「ハーゲンティ様、ここは『心配をかけましたね、わたくしは無事です』と答えるのがよろしいかと存じます」
カシモラルがそう言いながら、ハンカチで私の目元を拭ってくれる。
「お茶をお持ちいたしましょうか?」
私が「はい」と答える前にお腹がグゥと鳴る。
今日ぐらいは血糖値のことなんて忘れよう。
「お茶と何か甘い物をお願いいたします」
「かしこまりました」
クス、と笑いながらカシモラルが部屋を出ていく。
さっきの腹の虫で私の目は完全に覚めた。
寝台から降り、部屋に自分1人なことを確認して呼び出す。
「ファルファレルロ様」
手のひらからいつものように赤い本がニュルリと出てくる。
表紙についた魔石が、星の明かりを反射してキラキラと輝く。
「どうした?」
いつもは偉そうに聞こえるファルファレルロの声が、今日はなんだか優しく聞こえる。
「ありがとうございました、ファルファレルロ様」
魔石をひとなでし、本をギュッと抱きしめる。
「ありがとう」
悪魔にお礼を言うなんて可笑しいけれど、それでも続ける。
「ありがとうファルファレルロ様。おかげでマルティムが助かった。私はまだ、ハーゲンティとして生きていける」
世界の在り方、法則、常識、何もかもが違うこの国への転生。数少ない心の支えになりつつあった友人。その友人を守れたのだ。それは、私の心を守ったのと同じこと。
「この世界でがんばれるよ」
私の腕の中で本がモゾと動いて「そうか」と小さく一言だけつぶやいた。
私は本を抱きしめたままぼんやり窓から星空を見上げていた。
知ってる星座は何一つ見当たらない。
「ねぇファルファレルロ様」
「なんだ」
「やっぱさ、あんだけ私の教育が遅れてるだなんだあったのにさ、祈りの間で声を聞いたって話した時みんな疑わなかったのって、私が金髪だからかな」
「そうだろうな」
違和感はずっとあった。みな驚きはしたが、ありえないと切り捨てられたことは一度もない。あのザブナッケすら祈りの間の声を否定しなかった。
なら、みんなが聞きたがっている何を話したのかの「何か」の部分は、きっと王位継承についてだろう。
実際は王位継承じゃなくて全ての悪魔の封印を解くことだから、遂行した場合は継承争い参戦以上の大事になるわけだが。
「私さ、金髪だからファルファレルロ様と契約できた、ってことあったりする?」
念のために質問しておく。悪魔だから質問しないと何も教えてくれないのだ。
そして答えは予想通りだった。
「ある」
やっぱりか、と本を抱え直す。
とりあえず、今はそれだけ知れればいい。
王になる気なんてないのだから周りに何を聞かれても、今までと同じく「祈りの間で声を聞いた」「領地のために声に従う」「公爵を目指す」これを繰り返し述べるだけだ。
何も言わずにファルファレルロが私の手のひらの中に戻った。こういうときは部屋に誰かが近づいてきた時だ。きっとカシモラルがお茶を持って戻ってきたのだ。
「おかえりなさい」
と、私はドアを開ける。
「ハーゲンティ様、不用心ですよ。それに扉の開閉は側仕えの仕事です」
「はーい」
カシモラルはワゴンにお茶とパイを載せていた。
部屋に設置されている軽食をとるための机にそれらをセッティングしてくれる。
「いい匂い」
少し時間がかかっていると思っていたが、パイを温めてくれていたようで、甘い香りがふわりと立ち昇る。
「どうぞ、お召し上がりください」
「いただきます」
ゆっくり、ゆっくりいただく。
まずはお茶を一口、口に含んでのどを潤す。
それからフォークとナイフを使ってパイを一口大に切る。
明かりは窓から入る星の光と、テーブルの上のろうそくのみ。
色味がよくわからないが、香りからチェリーパイではないかと推測して口に運ぶ。
何度か咀嚼するとジワリと果汁が口の中に広がる。
予想通りのチェリー味にほほが緩む。
時折、ジジジ、とろうそくの炎が揺れる。
私もカシモラルも何もしゃべらない。
「ごちそうさまでした」
パイを食べきり、お茶も2杯飲んですっかりお腹は大満足だ。
口をゆすいで私はまた寝台に戻った。
「朝までまだ時間があります。ゆっくりお休みになってください」
「ありがとうカシモラル」
天蓋の幕が下ろされる。
「おやすみなさい」
「おはようございます、ハーゲンティ様」
ムルムルが起こしに来てくれた。
昨夜は相当疲れていたようで、あの後目を閉じた瞬間に夢の中だった。
とはいえ途中で1度起きているからか、今朝の目覚めはとても悪い。めっちゃ眠い。
「おはようムルムル。そうね、あとちょっと眠らせてください」
「起きてください。朝食の準備もできております。お召替えをいたしましょう」
「は、い」
掛け布団をはぎ取られる。
今日も素敵な一日が始まりそうだ。
身支度と朝食を終え、私の側近が全員部屋に集まった。
「おはようございます」
私はカシモラルの顔色をうかがいながら挨拶をする。
カシモラルとケレブスの大人組は難しい顔をしている。
私たち3人の子供組はヒソヒソと話す。
「昨日の何がいけなかったのかしら?」
「できることは全て行ったかと!」
「領地が不利益を被るような対応もなかったと記憶しております」
ならば何も問題はない。
「ではきっと別のお話ですね」
私ののんきなセリフを聞いたカシモラルが貼り付けたような笑顔になる。
「ハーゲンティ様」
カシモラルが巨大化しているような錯覚を起こす。
「今日からしばらく社交はお休みです。たっぷりと指導に時間が取れますね」
なぜだ。余計なことは何もしていないぞ。
ジリジリとその場から離れようとしたムルムルの腕をカシモラルがガッシリと捕まえる。
「3人ともですよ」
チャクスは目をパチパチさせながら自分で自分の顔を指さす。
私は少し離れて椅子に座らされ、チャクスとムルムルが並んで立たされる。
私が怒られることは、なんていうか、しょっちゅうある。
しかし側近が怒られる姿は初めて見る。見ていいのか?
「2人を叱らないでください。わたくしが命じたとおりに動いただけなのです。むしろ良くやってくれたと褒めたいくらいで」
「だからです、ハーゲンティ様」
カシモラルが私の前でしゃがみ、視線を合わせる。
「分かっておりますし、ひどく叱る気もございません」
今回の行動の全てが間違いだったわけではない、そう言いながらカシモラルが2人を振り返る。
「それでも、主を1人きりにしてはいけません」
「わたくしは無事です」
カシモラルは首を横に振る。
「運が良かっただけです。これで傷の一つでもつけて戻っていらしたら、護衛官のチャクスは騎士団の中で評価をかなり下げることになるでしょう」
カシモラルがケレブスに顔を向ける。
騎士団の中はケレブスの方が良く知っているからだろう。
ケレブスは私に教えてくれる。
「そうですね、護衛の1番の仕事は主を守ること。それができなかったと判断されるので、まず能力不足が疑われます。それから……」
チャクスの身の置き場がなくなる話、降格処分の話、主である私の人を見る目の無さを疑われる話、こんなに波紋が広がるぞとケレブスに言われる。泣いていいかな。
「ハーゲンティ様、ご自身の影響力を今一度お考え直しください」
まじかー。
「帰敬式以降、活発になり表情も明るくなって、とても喜ばしく思う反面。ハーゲンティ様の行動力に危うさも感じます」
ファルファレルロを使うためにも独りになりたかったので、別行動を取れた時はラッキーと思ってしまった。
お嬢様って、窮屈だ。
「ご自分のお心に素直でいらっしゃいます。それ自体は、とても良いことだと思います」
カシモラルが悲しそうに言う。
「あ、あはは。カッコ悪いところを見せてしまいました」
自分勝手だと言われ、私は笑ってしまう。
反省してないと思われるかもしれないが、それ以上にこの空気に耐えられずヘラヘラしてしまう。
「本来なら、これも帰敬式までに教えなければならなかったことです」
本来なら、か。
本来なら、あの場で犯人を追いかけたりしなかった。
本来なら、側近がもっと多いはずだった。
本来なら、私が独りになることはなかった。
本来なら、
本来なら、
本来なら、
自分の何がダメだったのか、やっぱりよくわからない。
今わかったことは、私の選択で側近に迷惑がかかるということ。
それは本意ではない。
「ですから」
カシモラルの顔に少し笑顔が戻る。
「ですから、次回はどうすれば良いか、一緒に考えましょう」
「え?」
カシモラルの言葉が予想外で、私は驚いた。
「清華の件と今回のマルティム様の件を踏まえて、よくよくお話し合いましょう」
「話し、合う」
オウム返しをしてしまう。
「ハーゲンティ様がお心のままに動けるよう、わたくしたちはお心に沿えるように、です」
「いいのですか?わたくしてっきり、わがままだとか、自分勝手すぎるから何もするなとか、とにかく叱られるとばかり考えていました」
チャクスが大きな一歩でこちらへ近づく。
「わたくしも話し合いに参加させてください」
チャクスの手はきつく握られている。
「わたくしはハーゲンティ様の護衛です。もう二度と、離れたりいたしません」
ムルムルが三歩使ってチャクスと同じ位置まで近づく。
「わたくしもです、ハーゲンティ様」
もうお側を離れません、とムルムルは固い笑顔で言う。
いいのか?本当か?
ケレブスに顔を向けると、私に視線を合わせて一つうなずく。
いいんだな?
「ありがとうございます。では、聞いてください。わたくしがどうしても譲れない一線を」
自分の心の一部を、側近たちと共有する。
心の内をさらけ出すのは怖いけれど、意思疎通ができずにすれ違い、守りたかったはずのものを自らの手で傷つけてしまうよりよっぽどいい。
行動を起こさなかった後悔をしたくない、自分の好きな自分でいたい、そういった想いを私は吐露していった。




