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1話

 

 身体中が痛い。寝汗もすごい。不快感で目を覚ます。目を開けたはずなのに真っ暗だ。


「なんで」


 あぁそうだったそうだった。トラックにはねられたんだ。

少しずつ思い出す。不快感の正体がわかったので次は視界不良の原因が知りたい。ジタバタと手を動かしてみる。ベッドの中のようだ。自分の手足に違和感があるが、きっと事故のせいだ。


「良かった、病院に運ばれたんだ」


 そのまま動き続けるとカーテンのような物を掴むことができた。グイと開くと光が差し込んでくる。


「まぶし・・・・・・」


 手足が動く、目も問題なし。カーテンを掴む手はなんだか小さい気がしたが見間違いだろう。舞台の本番までに復帰できるだろうか?それとも眠っている間に終わってしまったのだろうか。今回は久しぶりにピンクの衣装で、いつもより張り切っていた分ショックが大きい。

 色々と考え事をしていたので気がつくのに時間がかかった。なにか掛け布団の中からモニョモニョ聞こえる。気づいてしまうと途端と怖くなった。このままもう一度目を閉じようか、思い切って布団をめくってみようか。

 耳を澄ます。モニョモニョは何か話し声のようにも聞こえてくる。それがハッキリ言語だと認識した瞬間、頭の中を走馬灯のように一気に記憶が流る。

 日本人のサラリーマン家庭に生まれ、バレエダンサーになり、舞台が控えていた時期にトラックに撥ねられ23歳で死んだ。その後、今の体に生まれ変わった。


 私はハーゲンティ。ハーゲンティ・ウハイタリ。6歳だ。


 ハッハッと息が乱れる。心のキャパオーバーで涙が勝手に流れる。カーテンを握る手は小さい気がするのではなく本当に小さいのだ。頭の中は「なんで」でいっぱいになる。

 しかしゆっくり考えさせてはくれない。布団の中からまだ声が聞こえるのだから。


「起きろ、いい加減目を覚ませ」


 布団の中から起床を促すこの国の言葉が繰り返される。


「目覚まし時計、だといいな」


 意を決して布団を勢い良くめくる。時計ではなかった。本だ。一冊の真っ赤で重厚感がある、歴史物の映画や博物館でしか見たことないような革の装丁にベルトで止められた大きくて重そうな本。またなんでが増えてしまった。


「やっと起きたかハーゲンティ」

「ほ、本が喋ってる」


 くらくらと目眩を感じる。気を失うほどではない。気は失いたかった。本から目を離すのが怖くてじっと見続ける。


「 吾はファルファレルロ」

「え、何?」

「魔力を流して吾を起こし、願ったではないか」


 ファルファレルロと名乗った赤い本がふわりと浮かび、私の顔の前に寄ってくる。思わずはたき落とす。


「無礼者!何をするのだ」

「何をするはこっちのセリフ」


 心臓がバクバクいう。


「思い出せ。魔力供給の間で何をしていたのか」


 魔力?私は、ハーゲンティはこの本に何をしたんだろう。


 深呼吸をし、呼吸も心臓も落ち着ける。


「魔力枯渇で死にそうになりながら吾に手を伸ばしたではないか」


 ハーゲンティの最後の記憶をがんばって思い出す。6歳になる季節に行われる帰敬式。夏生まれのハーゲンティは夏至である6月に行った。パーティ会場のようにも思える。あまり説明を受けていないようで、ずっとオロオロしている映像ととにかく不安という感情が湧いてくる。


 うう、かわいそうに。なんかあんまり家族仲良くなさそう。


 これからこの人たちと生活を一緒にするのかとちょっと重い気分になりながら続きを思い出す。

 長めのヴェールを被せられ、式の間は髪が絶対に見えないようにと注意を受け、視線もできれば下を向けているように言われる。自分の帰敬式だというのに本当にこれで良いのだろうかと不安が増すが、聞ける相手がいないので黙って従う。

 帰敬式は最初こそハーゲンティの御披露目パーティだったが、少しずつ隅に追いやられ、気づけば自分は壁の花。実母である第一夫人もそっちのけで第二夫人が主役になっていた。その第二夫人の側仕えに式を中座させられ、初めて本館の一番警備が厳重な部屋に入れられる。


「ハーゲンティ様は帰敬式を終えられ、貴族の子として周知されました。本日よりウハイタリ家の勤めを果たしていただきます」


 厳重な部屋の奥に衝立が置いてあり、更にその奥の部屋に入れと言われる。


「勤めとは、何をすればよいのでしょうか」

「そんなことも分からないのですか。聖獣への祈りに決まっているでしょう」


 し、しらね~~~!


 記憶に思わず悪態を吐く。

 第二夫人の側仕えは部屋の入り口から一歩も動かない。鍵を渡され自分一人で行くように指示され怖々歩き出す。衝立に隠された先には豪華な装飾を施された扉が一枚ある。鍵穴などは見当たらない。そのままそっと右手をドアノブに手をかけると、一瞬ズルリと何かが引き出される感覚が起こった。


 カチッ


 鍵を使っていないのに鍵が開く音がした。ドキリとしながら鍵を握っていた左手を見る。鍵が跡形もなく消え去っている。ドキッというよりズキッに近い、鼓動が強く、速く、心臓が痛い。部屋に入れと言われたので入るしかないのだ。ハーゲンティは震える手でドアを開けて入る。

 あまり広くない真っ白な部屋、その中央に真っ白な像が置かれている。人のようにも獣のようにも見える。きっとこれが聖獣を模しているのだろう。聖獣の像は赤い本を抱えていて、この部屋で唯一の色だった。

 祈りの手順がわからない。唯一知っている祈りは、食事の前に『ギルティネ様』へ感謝を込めて手を合わせる事。きっとこの聖獣がギルティネ様なのだろう。祝詞も分からないので想像で祈るしかない。

 像の前に立ち、両手のひらを合わせて一生懸命に言葉を紡ぐ。


「お初にお目にかかります、ウハイタリ家のハーゲンティと申します。帰敬式を終えました。本日より、貴族の勤めを、えっと」


 言葉に詰まって視線が泳ぐ。祈りの手が一瞬緩む。


「ギルティネ様」


 表情がついていない像だが、一瞬微笑んでいるように見えた。ハーゲンティは祈りの手にグッと力を入れ直す。


「ギルティネ様へ気持ちを込めて精一杯お祈りいたします」


 ハッキリと言い切る。言い切ったと同時にドアノブに手をかけた時と同じ、何かを引き出される感覚が起こる。だがその感覚は一瞬で終わらず、ずっと引き出され続ける。だんだん体に力が入らなくなり、立っているのが辛くなる。視界が揺れる。祈りのやめ時がわからない。手を合わせたままなので頭から聖獣の像に突っ込む形で倒れる。


「助けて、誰か」


 目の前に赤い本。そのまま手を伸ばし、指先が本に触れる。


「いいぞ」


 声が聞こえた気がした。そして視界が真っ暗になった。

 ハーゲンティの最後の記憶。6歳の幼子の不安と恐怖でいっぱいの悲しい最後。今の私なら分かる、全身がダルいのは祈りで魔力を捧げすぎて死にかけたからだ。必死に生き残るために何か方法はと思考を巡らせたことで前世の記憶がよみがえったのだろう。

 ちらりと喋る赤い本を見る。最後の記憶で手を伸ばした、ギルティネ像が抱えていた本だ。


「思い出したか」

「思い出したかも」


 私は曖昧に答える。まだ自分でも自分が信じきれていない。前世では馴染みどころか空想でしかなかった魔法のある世界だ。異世界転生なのか、事故の死に際に見ている変な夢なのか。本当に魂が異世界に飛んできたとしてハーゲンティに生まれ変わったのか、体を乗っ取ったのか。


「あのーファルファ・・・・・・えー」

「ファルファレルロ」

「ファルファレルロ、さま?は聖獣の書物でしょ、持ち場を離れていいんですか?」

「違う、聖獣に封印されし悪魔の書の一つだ」


 乗っ取ったかも!ハーゲンティの体乗っ取りかも!!


「私は異世界から召喚されし悪魔の手先、か」

「何を言っているのだ」


 ファルファレルロをじっと睨む。


「助けを願ったから助けた。ハーゲンティ、願いには対価がつきものだ」


 ファルファレルロがスッと近づく。やっぱり怖いけれどもうはたき落としはしない。


「助けたと言ってますけど私いったい何から助けてもらったんですか」

「生き返らせた」


 本がどうやって心肺蘇生法を?あ、違うか。魔法か。


「魔法って凄いですね、ほぼ不死身」

「違うな、吾の魔力を流すことで無理やり心臓を動かしている」

「見えない糸で繋がっている、ような、言い方ですねイヤです。あ、それからハーゲンティはたぶん死んじゃっています。助けられていません」

「助けられていない、だと」


 ファルファレルロの口調が緊張を帯びる。


「だってこの体の中身、ハーゲンティじゃありません」


 ファルファレルロが小刻みに揺れる。驚きか、怒りか。


「私は虹村まゆり」


 う~ん、ハーゲンティは爪弾き者にされてたみたいだし、生きたいって感情は希薄だった可能性は十分ある。体からさっさと魂が出ていって空いてる体に私が入っちゃったってことかな。魔力がどんどん出ていくのはすごく苦しかったし、助けてはたぶん祈りをやめたいってことだったのだろう。色々と悲しすぎて考えたくないな。


「ファルファレルロ様に助けを願ったハーゲンティはもういません」

「吾を目覚めさせたのだ、願いには必ず対価を払ってもらう。願いは人と精霊との契約であり、この国の根幹である」

「私は願っていません」


 ファルファレルロが少し焦り出した。何か決まり事があるのだろうか。契約が成立しないのだからもう一度聖獣の像に封印されてほしい。悪魔に魂を売るほどの強い願いなんて持っていない。

 このまま拒否を続けたらどうなるんだろう、心臓を止められるのかな。


 ・・・・・・やだな。


「そうか、まだ死にたくないか」


 ドキっとした。口には出していないはず。心を読まれた?


「吾の魔力を共有しているのだ。魔力の流れに乗って感情がこちらへ伝わってくる」

「隠し事は、あまりできないのですね」


 じわじわと恐怖が増す。これもファルファレルロに伝わっているのだろうか。


「では吾を目覚めさせ祈りの間から連れ出したことへの褒美が、その肉体の心の臓を再び動かしたこととしよう。このまま心の臓を止められたくなくばそう願え。吾と新たに契約を成そう」


 とても愉快そうに言うファルファレロ。


 考えろ、考えろ、考えろ。


 生きるか死ぬかを突きつけられる。知らない人の体に押し込められて、知らない世界に放り出されて、だからって死にたいわけないじゃないか。このまま向こうにとって都合のいいように契約してたまるか。


「ファルファレロ様の言う対価とは、いったい何を差し出せばいいのですか?」

「それを知ることが願いか?」

「違います!ナシナシ!」


 くっ悪魔め!!


 しばらく睨み合う。ファルファレロは本なので顔はついていないが、たぶん睨み合っている。


「では、私がこれからハーゲンティとして生きていくのを助けてください」


 ファルファレロは先を促す。


「ただ心臓を動かし続けるのではありません、ファルファレルロ様の特別な力や知恵を貸してください。私、中身はまゆりですが、体はハーゲンティです。対価を支払うにも何をするにもこの先ハーゲンティとして生きていく必要があります。しかし私はあまりにこの世界を、魔法を知りません。」


 私はファルファレルロに微笑みかける。


「私を助けてください」

「それが願いか」

「はい」


 ピリ


 一瞬私とファルファレルロを繋ぐ鎖のような形の光が見えた。


「契約は成った」


 魔力が吸い出される感覚と、送り込まれる感覚両方がした。


「其方の願いは聞き入れた、火の悪魔ファルファレロが其方を助けよう。対価として」


 私はゴクリと息を呑む。


「吾を含む、7つの悪魔の書の封印を解くこと。これが吾の願いであり、其方の対価である」



 これ最終私が魔王になるやつじゃないか!?

 とんでもない契約だ。もっと盛り込んだ願いにするべきだった。思いつかなかったけどさ。もっとあっただろ。バカバカバカ。


「今日はもう疲れた」

「あ、はい」

「必要になったら呼びなさい。それまで其方の中で待つ」

「えっちょっ、ああああああ!」


 私の手のひらに溶け込むように消えていった。いったん元の像に戻って欲しかったのに。なんてやつだ。どうしよう、どうしてこうなった、なんで私が、色々とマイナスな思いがぐるぐるする。


「はぁ」


 ため息ひとつ。

 さぁて、この世界でどうやって生きていこうか。悪魔の書に関しては全部で7つと言っていたし、ファルファレルロと同じく貴族の屋敷の簡単には入れない場所にあるだろう。どう考えても時間がかかるし簡単ではない。ファルファレルロとの契約解除方法がないか、いざとなったらこの身を、は、怖いね無理無理。今すぐどうこうはできないので考えるのは後回しにしよう。

 先に考えなければならないことがある。それは、ファルファレルロとの契約でも口にした。ハーゲンティとして生きると言うことだ。

 ハーゲンティに入ってしまったのだからハーゲンティとして生きていくしかない。頭では分かっているが心が頷かない。最後の記憶の通りなら、家族不仲どころか厄介者扱いされているし、魔力という命に関わってくる大切なことすら教えられていない。


 あれ、ハーゲンティが知っていることってなんだ?


 もしかすると教育もまともに受けていないのかもしれない。前途多難。この魔法と身分制度のある世界で生きていくための最低限の知識すらなさそうだ。うんうん唸って記憶を掘り返そうとするが前世ばかり思い出す。


「そういえば、舞台どうなったんだろ」


 私の代わりは誰が踊ったのかな。ライバルの顔が浮かぶ。あの子は文句なしに上手い、きっと舞台は成功しただろう。ちょっと卑屈になる。自分がオーディションで勝ち取った役なのだから負ける気はしないが、私と違った魅力を持っているのは事実で、キトリなど強い女性役はいつもあの子だった。


「金平糖、踊りたかったな」


 ららら、ら、らー


 ベッドから降りて踊りだす。思ったように体が動かない。くるりと回ろうとしたが筋力が足りず軸がブレて倒れる。絨毯がフカフカでよかった。


「よく、ないよ」


 大声で泣いた。誰も様子を観に来ない。夢半ばで終わった前世にもハーゲンティの現世にも絶望する。

 なんでなんでなんでなんで。もっと踊りたかった。立ってみたかった舞台もあった。愛も金もできる限り注いでくれた両親にやっとダンサーとして活躍している姿を見せられるようになったところだった。悔しい悔しい悔しい。

 ギリと音がしそうなほど歯を食いしばる。


 歯並び悪くなったらバランス感覚狂う、力抜かなきゃ。


「はぁ」


 こんな時でも思考がダンサーのままだった。自分でも呆れるぐらいバレエが大好きという役に立たない気づきを得た。

 よく分からない世界の貴族の子供になってしまった。食いっぱぐれる心配がないだけマシと思うしかない。疎まれて、すみっこでひたすら黙って生きるのだ。黙って。


「黙っていられる?私」


 かといって死にたくもない。こうして再び生きるチャンスを得るという奇跡は起きたが、決して前世に戻れるわけではない。せめて子供でなければもっと何かできただろうに。


「子供・・・・・・待てよ?むしろラッキーかも」


 6歳、欲を言うなら3か4歳がよかったが6歳ならギリギリいける、やれる。今からバレエの基礎を徹底すれば前世よりランクアップしたダンサーになれるのでは?前世ではもっと早くダンサーを目指していればと何度後悔したことか。それが今なら、23歳まで踊った知識を6歳から使える。これはもはやチート。


「ふふ、ふふふ、ふははははは!やるぞ、私は!」


 目標を見つけたら生きる気力が湧いてきた。


「私はこの世界でもダンサーになる!」



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