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14話

 


 昼食は訓練所に併設されている休憩施設で済ませ、午後も引き続き騎士団との訓練だった。

 午前中のような面倒ごとは起こらず無事、騎士の訓練初回が終わった。


「……まぶたが」


 この身体にとって初めてのちゃんとした運動。私は自室で夕食前の小休憩中なのだが、疲れで今にも眠ってしまいそうになっている。


「寝ろ」


 短く、呆れたような声を出すファルファレルロをにらみ、つけたいが目がしっかり開かないので白目を向ける。


「まだ晩御飯食べてません」


 1日中動いたのだ。筋肉のためにも絶対夕食を食べたい。頭をグラグラさせながら睡魔と戦う。


「それはそうと」

「なんでよ、ご飯は重要だってば」

「食い意地張っている話はいらぬ」


 ファルファレルロが(かど)を私の頭頂部に突き刺す。


ギャァっ


 ちょっとだけ目が覚めた。


「騎士の訓練前のあの行動はなんだ」

「あの行動?」


 ファルファレルロが少し怒ったような口調で言うが、私にはどの行動かわからなかった。


「ハーゲンティ、其方は吾と契約しグリニアを所有しているのだぞ。逆らう者はその場で処刑してしまえ」

「なんて事を~言うんですか~」


 物騒。しかし平和な世界で育った前世があるからだろう、ファルファレルロの言葉に現実味を感じない。こんなことを言われても眠気が吹き飛びそうにない。


「あ~それより思い出した~カシモラルから、清華のことを……」


 眠気の限界が来てしまった私は床に倒れ込む。頭を打たないようにファルファレルロがクッションになり、そっと頭を下ろしてくれる。


「おやすみハーゲンティ」


 意識が遠のいていく。目が完全に閉じる直前、ファルファレルロが開いたのが見えた。


 本のハリボテじゃなかったんだ。今度、中身読ませてもらおっと。


 そのまま私は翌朝まで目を覚まさなかった。






 週に2度、バティンと祈りの間へ入ると決まっている。初騎士訓練の翌日はタイミングが良いのか悪いのか、祈りの間に入る日だ。訓練後にカシモラルから清華の話を聞けなかったので、今日バティンから教えてもらうことになるだろう。つまり、魔石を使った魔力を動かす訓練は削られる。


「むぅ」


 バティンの部屋の扉の前でつい口から出た。部屋の取り次ぎ役が戻ってくるまでの少しの時間に気が緩んでしまった。


「ハーゲンティ様、お加減が悪いのですか?」


 ムルムルが心配そうに顔を覗き込んで来たので、私はかぶりを振る。


「人生、予定通りに進まないなと思っただけです」

「ハーゲンティ様、そのような発言はもっと歳を重ねてからするものですよ」


 ムルムルではなくケレブスが笑いを堪えながら返事をした。私はケレブスの目を見ながら片眉を上げておく。

 取り次ぎ役のバティンの側仕えが戻ってきたので部屋に通される。


「ごきげんようハーゲンティ」

「ごきげんようお母様、本日もご指導よろしくお願いいたします」


 挨拶を済ませて席に着く。お茶の用意がされ、一口ずつ飲んでバティンが喋り出すのを待った。

 バティンは「何から話そうかしら」と小さく呟きながら私を見つめる。私はカシモラルからの説明を聞かずに寝落ちしてしまったので、ぜひ清華から話してほしいと思いながらお茶をもう一口飲む。


「カシモラルから報告は受けましたが、あなたの口からもう一度聞かせて欲しいわ。なぜ、男爵家の騎士と清華の騎士に割って入ったのですか?」


 おっと、そうきたか。


 私はゆっくりとカップをソーサーに戻す。清華の説明を受けて正しい仲裁のやり方と注意をされるくらいに考えていた。こうして質問されている今の状況、周りの視線、そしてあの時カシモラルは一度私を止めた事を総合すると、いじめらしき現場に首を突っ込んだ私の行動そのものが間違いだったようだ。


「わたくしの側近たちに話した通り、自分の視界から嫌なものを排除しただけです」


 本当にこれが1番の理由だ。見ていて不愉快だからやめさせた。

 2番目の理由は前世の後悔。「大丈夫、みんなやってるよ!」の言葉に流されて犯罪と言うほどではないけれど、嫌だなと思いながら赤信号を渡って帰宅後に自分の不甲斐なさ、情けなさに泣いた。そういうちょっとした「嫌だな」を3度ほど経験してからようやく、断る・止める、を覚えたのだ。同じ後悔はもうしたくない。

 3番目は日本人なら7~8割の人は共感してくれるだろう。困っている人を助けるのに理由なんていらない。


 私の常識はここでどれくらい通用するかな?


 バティンはじっと私の言葉の続きを待っている。もう少し心の内を明かして欲しいのだとは思うが、2番目3番目は理解されないだろう。2番目なんてどうやって説明すれば良いんだ?

 私は目を泳がせる。


「あの、見て見ぬフリが嫌だったと言いますか。後からやっぱりとめておけば良かったってなりたくなかった、うーん。やらない善よりやる偽善、じゃなくて、えーと」

「そんな言葉どこで覚えたのですか?」


 バティンはひたいに手を当てながら小さくため息を吐く。


「ハーゲンティとしては良い行いをしたつもりなのですね、理解しました」


 よく聞いてください、とバティンが座り直して姿勢を正し、身体ごとまっすぐ私を向く。

 

「同派閥の下級貴族が理不尽な目に遭っていて、それを止めたのなら問題はありませんでした。しかし、あなたが手を差し伸べた相手が別派閥の清華なのが問題です」

「その、清華って何ですか?特別な一族だったりするのですか?」


 バティンが首を横に振る。


「清華は貴族の血を引き、魔力を持つ人々を指します」


 魔力を持っているし貴族の血を引いているのなら、それは貴族ではないだろうか。私はバティンが言っている事を理解できず首を傾げる。


「教育の遅れが、このような形で現れるのですね」


 少し申し訳なさそうな顔をしながらバティンが教えてくれる。


「まずこの国は、上流階級と労働階級に分けられます。労働階級は魔力を持たない平民たちで、基本的には平民区域で生活をしています。お城にも、下働きの平民が何人かいます。魔力を持たない彼らは黒い髪に黒い瞳なのですぐに判別できます。そして……」


 上流階級の中で貴族と清華に分かれていると教えられる。

 そもそも貴族は本来、爵位を持つ者だけを指すらしい。ウハイタリ家で言えばザブナッケ公爵だけが貴族で、その家族であるバティン、ハーゲンティ、レライエ、スコックスは貴族に準じた扱いになる。爵位を持つ本人以外は貴族でないと線引きをしてしうと貴族の配偶者や跡取りが貴族ではなくなってしまうので、準ずる者たちまでを含めて貴族とみなしているようだ。

 清華はそれ以外を指す。例えを出すと、家を継がない次男と次女が結婚をすると清華になる。結婚をすると別の家族になるので、夫婦どちらかが爵位を持っていなければ貴族ではなくなるのだ。清華になってしまえば、出身が侯爵家だろうと男爵家だろうと清華でしかない。


「城の使用人たち、制服を着て働いている者たちはみな清華です」


 魔法道具を使っているから貴族だと思っていた。魔力を持つ貴族ではない人がいるなんて想像もしておらず、私はびっくりして目を見開く。そしてびっくり顔のまま自分の側近たちを見回す。側仕えの2人はドレス姿。騎士の2人は騎士服と呼べば良いのだろうか、制服を着ている。


「騎士は別枠です。いつでも戦える状態でいる必要がありますから。ねぇ、カシモラル?」

「はい、バティン様」


 バティンに声をかけられて、カシモラルがクスクスと笑いながら話す。


「上級の……伯爵家以上の方の側近や、役人、宮廷勤めは貴族の子しか認められていません。わたくしは学校卒業の時期に従兄弟とバティン様の婚約が決まり、バティン様の側近になりたいと考え結婚をしませんでした」


 へぇ。と口を開こうとしたところで止まる。


 ん?誰が誰の従兄弟だ?あと卒業してから側近入り?ん?ん??


 私が眉も瞳も寄せて考えこむと、バティンが私の眉間に人差し指を当てる。


「わたくしとカシモラルは同級生で親友なのです。そしてカシモラルはザブナッケ様の従兄弟ですよ。わたくしと未来に生まれる子、あなたの心配をして側近入りしてくれたのです」


 親族だと言っていたのはコレか!そして帰敬式前の私を、見放す事なく接してくれていたことも少しだけ腑に落ちた。


「清華に降格したり、よその家の当主の配偶者になれば側近になれませんからね」


 そして笑っていたバティンが表情を引き締め、ここからが問題です、と続ける。


「清華は元を辿れば貴族の出自です。4代目以降の家はだいたい派閥や親族関係から離れていますが、3代目までは元の派閥関係を引きずっていることが多いのです。今回ハーゲンティ様が仲裁に入った4人は全員スコックス派でした」


 身分の違いを説明されて、どんどんと嫌な気持ちになっていく。

 平民ではないから視界に入れても平気、同派閥だから敵対する上位者は関係ない、貴族ではないから尊重する必要もない、清華はイジメの格好の的だった。これは、イジメなんてぬるい言葉で片付けられないぐらい酷いと感じたが、周りの反応は私と全然違う。

 貴族が清華を使って憂さ晴らしをしていただけだ。子爵家や男爵家といった下級貴族の中ではよくあることだ、と。


「そんなことを続けて、清華に反撃されないのですか?」


 私は声を絞り出す。


「反撃をすれば、反撃をしてきた本人だけでなく、その家族、近しい親族の清華が全員処刑されます。身分差を理解している彼らは決して反撃しません」


 バティンの言葉に私は俯く。


「優しいハーゲンティ、だからこそしっかりと覚えておいてください。今回は大事おおごとになりませんでしたし、誰も命を落とさずに済みました。ですが、あなたの関わり方によっては助けたかったはずの清華の彼の命は、あの場で亡くなっていたかもしれません」


 私は顔を歪めながらバティンを睨むように顔を上げる。


 何だそれなんだそれなんだそれ。


 身分だ立場だと言われても納得できず、怒りが沸々と湧いてくる。寝落ち直前にファルファレルロが言い放った処刑の2文字も思い出してさらに憤慨する。


「そんな顔をしないでハーゲンティ。それに、怒りを表に出してしまえば、そこが弱点だと周囲に知られてしまいます。表情を抑えて」


 私はムっとしてしまうが、バティンは言葉を重ねる。


「彼を助けたかったのであって、迷惑をかけたかったわけではないのでしょう?あなたのその優しさにつけ込み、彼や別の清華を使って罠を仕掛けてくるかもしれません」


 そこまで言われてようやく私は少し冷静になる。


「一度カシモラルに止められたのでしょう?本当に助けたいのならば、次からはその場ですぐに行動を起こさず、どうしたら穏便に事を運べるかよくよく相談しなさい。そのために側近がいるのです」


 清華を助けたいなんて、と最後の最後に小声がしたので、私の考え方そのものが貴族としてズレているのが非常に痛い。だけどバティンは側近と相談しろとも言ってくれた。


「何か行動を起こしたいのなら、しっかりと貴族のやり方を学べということ、ですね」


 自信がないので確認するように口にした。バティンが頷いてくれたのでホッと息を吐く。


「身分や派閥の問題は非常に複雑です。良かれと思ったことがアダになるのを防ぐため、帰敬式までに身分、派閥、親戚関係を重点的に教育するのです。それができなかったために起きた失敗でしょう。わたくしにも責任があります」


 バティンが私の手を握る。


「ハーゲンティ、ごめんなさい」


 ずるいなぁ。私に教育を施そうとして何度もザブナッケに邪魔されてきた記憶はちゃんとある。こんなの許すしかないじゃん。


「大丈夫ですお母様」

「ありがとうハーゲンティ、今回の件はわたくしに任せてちょうだい。悪いようにはしません」


 きっと清華の彼は今、私から見えないところで酷い目にあっているのだろう。


「お母様にお任せいたします。わたくしは、やり方を間違えてしまいましたから」

「次、同じ間違いをしなければ良いのです。これを期に上下を覚えてくださいね」


 バティンは微笑んでくれるが、身分の感覚を掴む自信は微塵も湧いてこない。教育の遅れじゃないのだ、私は違う価値観と常識を基準にした教育をまあまあ長いこと受けてきた。そう簡単に考えを変えられない。


「あとひと月もすれば、王宮へ行く行事が始まりますからね。他領相手では内々での処理は不可能ですから」


 はい?私はそんな話聞いていないぞ、と顔を横に動かすとカシモラルがうんうんと頷いていた。


「ええバティン様。王宮へ行くまでにある程度形にするために教育を並行する必要があったのです。今回のことも王宮や他領で起こす前に経験ができて、むしろ良かったと考えましょう」


 3年かけて覚える内容と、帰敬式後に覚える内容を合わせて3ヶ月で教育しなければと急いでいたから起きてしまった今回の問題。先に清華を教えてもらっていたら、あの場で動かなかったかもしれ、ないことも、ないかも。わからん。けれど、もう少しカシモラルの言葉に耳を傾けていた可能性はある。ザブナッケは本当に余計な事をしてくれたなと、私はさらに嫌いになった。

 身分を学び、歴史を学び、それから茶会や騎士の訓練といった順番通りの教育の大切さを部屋の中にいる全員が噛み締めた。


「王宮、か」


 ファルファレルロが喜んでいる気がした。






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