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13話

 

 ラウム中尉に訓練場の説明をサラッと受ける。木刀などを使用するときは側仕えが用意するからと、カシモラルが備品置き場の確認に行った。

 私は周りを見て側仕えがいるのが自分だけだと気づき、ちょっと申し訳ない気持ちになる。


「わたくしも自分で武具の用意をします」

「ハーゲンティ様にそんなことはさせられません」


 間髪いれずラウムに止められる。


 ぐあああああ!訓練の方がイヤだ!裏方をやらせてくれえええええ!


 心の中で叫ぶ。


「では、ハーゲンティ様の訓練の流れをご説明します」


 ゆっくり歩きながらラウムが教えてくれる。


「訓練内容は見習いと同じものをご用意しております。しかしハーゲンティ様は週一の参加であること、座学は教師を招いていらっしゃることをふまえ、騎士団で座学は行わない予定です」


 これがバレエの練習なら喜んだのに。前世で朝から晩まで踊っていた時を思い出して、自分で自分に嫉妬する。


「本日を含め最初の4回は体力作り中心の訓練を行います。その後状況を見て武器や魔法の訓練を追加していきます」

「基礎は大事ですからね。訓練内容を承知いたしました」


 また魔法の習得が遠のいた。しかし基礎を疎かにするなんて言語道断、変なところでプロ意識が出てくるので内心どうあれ、ラウムの提示した訓練内容を受け入れる。するとラウムが意外そうな顔をする。


「どうかなさいました?」

「いえ、ハーゲンティ様は魔法に興味がおありだと伺っておりました」

「とっても興味を持っています」


 私はキリッと答える。なにが言いたいんだろうと考え、自分はあまりいい噂が流れていないことに思い至った。きっと私が「今すぐ魔法の練習をさせろ」と言い出さないか、その場合はどう対処するべきか事前に対策を練っていたのだろう。外れちゃったね、ラウム。

 私はクスリと笑う。


「少しでも早く魔法の訓練の許可が降りるよう基礎訓練を頑張ります。先ほどの説明通りなら、早くて来月には魔法を教えていただけるのでしょう?」


 楽しみですね、と言いながら歩みを進める。

 噂と現実の違いに軽く混乱しているラウムの肩をケレブスがポンと叩く。仲がいいのかな?それで私の指導役に選ばれたのかもしれない。

 カシモラルと合流し、訓練場内の目的地に到着した。同年代の見習いだろう子供たちが十数人、跪いて待っている。一緒に訓練するのかなと呑気に構えていたらカシモラルが耳打ちしてくる。


「側近にしたい者がいた場合は必ずわたくしどもに一度ご相談ください。派閥、親族関係、そして本人の意思を確認した上で打診をいたします。また、ハーゲンティ様が直接声をかけると命令になってしまいます」


 お茶会だけでなく騎士の訓練も側近選びの場だったのかと意識を切り替える。


「わかりました、必ず相談します」


 私だけでなく側近同士の相性もあるだろう。カシモラルの言葉にうなずく。


「世間話くらいなら、しても問題ないですよね?」

「もちろんでございます。人となりを知るにも交流は必要ですから」


 カシモラルに背中を押され前に出る。一緒に訓練をする貴族の子供達が一斉にこちらを向く。


「みなさま初めまして、ハーゲンティ・ウハイタリと申します。騎士団は領地、国土を守る重要なお仕事だと伺っております。貴族として、そして領地を守る領主の子としてわたくしも恥じぬ働きができるよう努力いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 真剣に私の話を聞いている子供と、白けた顔をしている子供にパックリ分かれる。派閥の違いがすぐわかり誰を警戒すれば良いのか判断が容易で私としてはありがたいが、貴族としては顔に出過ぎじゃないかと大きなお世話だが心配になる。いや、6~8歳と考えるとここでジッと座っていられるだけでかなり優秀なのかもしれない。


「では準備運動から始めます」


 ラウムの言葉にさっと子供達が動いてペアを組む。私はチャクスとペアになって子供達に混ざる。ラウムはケレブスと組んでお手本を見せてくれるようだ。

 こうしてストレッチに人手を借りられるのは正直嬉しい。チャクスに引っ張ってもらい身体の色々なところを伸ばしていくのは気持ちいい。交代して今度は私がチャクスの手足を引っ張る。


「ハーゲンティ様、体重のかけ方が上手いですね」

「ありがとうチャクス」


 まぁそうだろう。前世の学校で体育の授業もあるが、それよりもバレエ教室の先生をやっていた経験が大きい。日本はダンサーに限らず芸術関係はお教室を開いて生徒を集めないと食べていくのが厳しい。私も例にもれず舞台の出演料だけでは食べていけず先生をやっていた。ちょっぴり悔しいがその経験が今に活きているのでよしとしよう。

 準備運動が終わり一列に並ぶ。初回なので今日の私は最後尾でケレブスとチャクスに挟まれる。


「魔獣退治は場合によって日を跨ぐこともあります。そのため、持久力をつけることが最優先となっております」


 ふんふん、つまり、今から持久走をするのか。うぐ。


 私は苦笑いで応える。訓練場内には体育館のように幾つもの線が床に引かれていて、1番外側の大きな線に沿って走ると説明を受ける。


「始め」


 ラウムの掛け声で子供達が一斉に走り出す。短距離走ではないのでゆっくり目ではあるが、最後の周回まで遅れずについていこうと思うと初参加の私にはなかなか苦しい速度だった。負けず嫌いな私は絶対に食らいついてやると意気込んで走る。

 走りながら周囲に視線を向けると、他にも子供ばかりの集団がいくつかあった。年齢別に分けられているのかと最初は思ったが、よく見ていると6歳くらいから成人間際と思われる16歳くらいが一緒に訓練を行なっている集団もある。どういう基準でグループ分けしたんだろうと考えながら走る。

 ラスト周回ではもう何かを考える余裕はなくなり、表情も必死になりながら意地でついて走りきった。


「はー、はー、しんどい、ふー」


 少し歩いたほうが楽だと知識はあるが、身体は言うことを聞かず座り込んでしまう。


「ハーゲンティ様、初めてで最後まで走り切るなんてすごいです!」


 チャクスがキラキラの笑顔を向けてくる。カッコつけな私は「これくらいなんてことありません」と余裕ぶっこいて立ち上がる。ヒザがガクガクする。

 待機していたカシモラルとムルムルが水を持ってきてくれて、飲んでいる間にタオルで汗を拭ってくれる。至れり尽くせり、慣れたつもりだったけれどやっぱり申し訳なく感じてしまう。申し訳ないと言うより畏れ多いと言ったほうが近い気もする。


「それにしても、ふぅ」


 独り言がこぼれる。それにしても、やはり自室で筋トレをしているだけでは限界があるなと思い知る。バレエの舞台、色々な形式があるが物語全幕公演は2時間ほどある。途中引っ込んで着替えなどもあるが主役はほぼ舞台に立っているのだから、今の持久走程度で座り込んでしまっては主役なんて話にならない。

 持久力をつけるために訓練を増やすか、しかしつい先日バティンに舞踊の教師ができる式部官を探してくれと頼んだところだし、まだまだ勉強の遅れを取り戻せていない。時間が、いや、自分が足りない。3人くらい欲しい。

 私がうんうん唸っていると、近くで訓練をしていた別の集団がこちらへやってくる。その中には訓練場に入る前に見た3人の姿もある。それに気づいたケレブスが私の前に立つ。


「ケレブス大尉、どうか私どもにもハーゲンティ様へご挨拶をさせてください」


 めんどくさいなと思うが挨拶を拒否する理由はない。さっきの3人はお咎め無しと伝えたし、ここで新たな揉め事を作りたくない。一度カシモラルに視線を向けると険しい表情をしているが、うなずいて代表者の名前を教えてくれたので一歩進んでケレブスの横に並ぶ。


「帰敬式ぶりでございますね、ハーゲンティ様。帰敬式の日は体調がすぐれず、その後しばらく伏せっていたと耳にし心配をしておりましたが、今日は体調が良さそうで安心しました」

「ベレス、心配をかけましたね。この通り、わたくしは訓練に参加できるほど回復をいたしました」

「それは良かったです」


 ベレスは振り返り、くだんの3人を私の前へ呼び出す。3人はニヤニヤしながら出てきて跪く。せっかく無かったことにしたというのになぜわざわざ私の前に来たのだろうか。貴族の誇りにかけて罪をつぐなう、という理由で出てきて欲しいが、この表情から察するに絶対そんなことはない。ガッカリだ。私の中の『仏の顔は三度までスタンプカード』に2つ目のスタンプが押される。


「私の率いる中隊の隊員たちでございます。この3人はハーゲンティ様にお世話になったことがあるようで、改めてお礼を申し上げたいとのことです」


 お礼?見逃してくれてありがとう?いやでもブローチ返却させたし3人の内心は腹立ててるよね?昭和ヤンキーたちの言うお礼参り的なやつかな。うわぁ。


「お気になさらず」


 笑顔で3人の言葉を遮ぎる。


「紳士たれ、淑女たれ。貴族として当然のことをしたまでです。ねぇ?」


 私は3人の顔をまじまじと見る。貴族としての矜持が少しでもあるのなら、笑顔でのってくるだろう。それができないのなら、スタンプカードに3つ目のスタンプを押すだけだ。

 3人は察したのか、ニヤニヤをやめて顔を伏せる。


 まったく、そんなショック受けるなら最初からここに来るんじゃないよ。ってゆーかみっともない真似するなってちゃんと言ったでしょうが。


 怒っているのがちょっと顔に出てしまったのかもしれない。ベレスが私と3人を交互に見た後、とても嬉しそうな表情になる。


「ハーゲンティ様の寛大なお心に感謝いたします」


 ベレスが言った後3人も続けて感謝の言葉を口にし、引きずられるように戻っていく。スタンプカードは満タンにならなかった。

 ベレスの隊が十分に離れてからケレブスが口を開く。


「ベレス中尉はスコックス派です。あの3人から報告を受け、ハーゲンティ様の弱みの一つでも掴もうとしたのでしょう」

「弱み、ですか?」

「ハーゲンティ様がブローチを取り返した男ですが、彼は清華なのです」


 なんじゃそりゃ。


 私がよくわからないという顔をしているとカシモラルが訓練の後で教えると約束をしてくれた。


「みなが待っております。訓練に戻りましょう、ハーゲンティ様」

「そうですね」


 ラウムの元へ戻り、再びチャクスとペアを組んだ。






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