表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

第八話:選ばれし者、拒まれし者

森を抜けた先、朝焼けの中に静かに佇む城壁が見えた。


 ナーガにとってはこの世界に来て初めての街、キアリカ。

 石造りの重厚な外壁は見上げるほどに高く、内側の様子は一切うかがえない。

 門は開いていたが、鋭利な鉄柵の扉が脇に控えており、必要があればすぐに閉じられる構造になっていた。


「……なんか、ゲームで見たようなファンタジーの街って感じだな」


 思わず漏れたナーガの言葉に、リオラは首をかしげる。

 その足はまだ本調子ではないが、痛みをこらえて門へと向かっていた。


「あなた時々、よくわからない単語を使うわよね」


「まあちょっと、故郷を偲んでな」

 

 軽口を交わしながらも、ナーガの表情はどこか真剣だった。


「・・・リオラはこの先、どうするつもりなんだ?」


「私は・・・マクシム家の名誉を取り戻す。それが、私の使命」


「・・・そっか。俺は、この世界での目的を探したい。何のために呼ばれたのか・・・自分にどんな価値があるのか」


 リオラは立ち止まり、少しの間だけ考え込むような沈黙の後で、静かに口を開いた。


「なら・・・しばらくは、同行してもいいかしら?」


「え?マクシム家の再興を目指すんじゃなかったのか?」


「ええ。でも・・・一人で全部できるほど、私は器用じゃないわ」


 リオラは下を見て、ぎゅっとこぶしを握り込む。


「マクシム家は、あらぬ汚名を着せられた。

 それを晴らすには、情報も、資金も、人脈も要る。今の私には、どれも足りないの」

 

 その横顔は、家族への想いを背負った決意に満ちていて。

 見ているだけで、ナーガは胸が詰まりそうだった。


「そ・れ・に。この世界。あなた、知らないことばかりでしょ?案内役が一人くらい、いてもいいと思うわ」


 わざとらしく軽く言ったその一言が、かえって眩しくて。


 こみ上げる気持ちをごまかすように、ナーガは照れくさそうに笑った。


「ひとりより、ふたりの方が楽しい・・・かもな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 城門の前には槍を構えた門番がふたり立っていたが、朝の早さゆえか警戒はゆるい。

 ナーガたちは無言で通行人に紛れ、そのまま問題なく門をくぐった。


 一歩、街に足を踏み入れた瞬間――景色が一変する。


 石畳の道が中央へとまっすぐに伸び、両脇には屋台や商店が軒を連ねていた。

 朝霧がうっすらと残るなか、湯気の立つパン、果物を並べる音、荷車を引く牛獣のような亜人の姿が入り混じる。


 細い路地から猫耳の子どもが飛び出してきて、犬耳の老女に叱られながら駆けていく。

 人間と亜人がごく自然に混じり合って暮らす街の様子は、初めて見るはずなのに、どこか懐かしくすらあった。


 ナーガはその場に立ち尽くし、呟く。


「……俺、ほんとに別世界に来たんだな」


 呆けたように立ち尽くしていたナーガだったが、何かを思い出したように顔を上げる。


「・・・あ! なあリオラ、俺たちって奴隷商から逃げてきたんだよな?街に指名手配されたりしないのか!?」


慌てて顔を近づけてくるナーガの頭をリオラはぐいと押し戻す。


「心配ないわ。あの奴隷商団、違法な取引ばかりしてたから。劣悪な管理環境に、非人道的な仕入れ……。

 この国に奴隷制度はあるけど、法に抵触する点はいくつもある」


「……じゃあ、今後派手に追われたりはしないってことか」


「表向きにはね」


最後の言葉に引っかかりはしたが、とりあえずの安全にナーガは胸をなでおろした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


活気づきはじめたキアリカの通りを抜け、ふたりは街の中心部へと歩を進めていた。


目的地は、異世界ならあるだろうなと踏んでいた、冒険者ギルド――の向かいにそびえる白亜の神殿。

「元素」と「探求」の神、レンダの祭壇がある場所だ。

塔の先端に刻まれた七つの光輪が、朝日を浴びて静かに輝いていた。


「……ここが、レンダの神殿」


 リオラが一歩足を止め、見上げながら呟く。

 その顔には、わずかな緊張と決意が混ざっていた。


「で、ここで魔法を使えるようになる・・・のか?」


「祈りを捧げて、レンダ様に見初められた者だけがね。才能がなければ、何も得られないこともあるけれど」


「そっか・・・まあ、やってみるしかないな」


 神殿の入口には、銀白の装束を纏った神官がふたり、静かに立っていた。

 ふたりが近づくと、神官の一人が穏やかな声で尋ねてきた。


「ようこそ、レンダの神殿へ。洗礼を希望されますか?」


 リオラが一歩前に出て、うなずいた。


「はい。私はまだ洗礼を受けていません。祈りの儀に臨みたいと思います」


 神官はリオラの瞳をじっと見つめ、ゆるく頷いた。


「わかりました。案内いたしましょう。お連れの方も一緒に?」


「・・・はい。俺も興味があるんです。見学だけでもお願いできませんか?」


「もちろん。レンダの目は、すべての探求者に開かれています」


 大理石の床を歩き、奥へと通された先には、天井の高い円形の空間が広がっていた。

 中央に浮かぶ水鏡のような聖杯のまわりには、七色の宝石が静かに輝いている。


 祭壇の背後に、ひときわ巨大な石像が鎮座していた。

 その姿は石でできているはずなのに、どこか流動的で、有機的な印象すら漂わせていた。

 まるで今にも、ゆっくりと動き出しそうな錯覚さえ覚える。


 顔立ちは中性的で、どこか慈悲と威厳が同居している。

 片目は静かに閉じ、もう片方の目には、虹のように七色が揺らめく宝石が嵌められていた。

 その瞳が、まっすぐこちらを見つめているようで、ナーガは思わず息をのんだ。


 腰に巻かれた長い布には、七元素の紋様が織り込まれており、

 衣のひだは風に吹かれるような自然な波打ち方で彫られていた。

 静止した石像であるにもかかわらず、そこには確かに“動き”が宿っていた。


 右手は前方へと差し伸べられ、まるで何かを授けようとするように。

 左手は胸に添えられ、内面へと深く沈潜するような祈りの姿勢をとっている。


 ただの偶像ではない。

 そこには確かに、“神の気配”があった。


 リオラはしばらくその場に立ち尽くしたあと、ひとつ息を吸い、ゆっくりと膝をついた。


「レンダ様。私はマクシム家の娘、リオラ。すべてを失いながら、それでも歩く意味を探しています。

 どうか、私の願いを、探求を、見つめてください・・・」


 次の瞬間、水鏡が音もなく震えた。七色の光がふわりと揺らぎ、やがて一つの色へと絞られていく。


 聖杯の上に浮かび上がったのは――大地のように深く、力強い、土の輝きだった。


 重たくも穏やかな黄土色の光が、リオラの頭上に降り注ぐ。

 足元の石畳がほんのわずかに震えた気がして、ナーガが思わず息を飲んだ。


「・・・大地の加護」


 神官が、敬意と共に告げる。


「あなたには、土元素の適性があります。堅牢、不動、そして揺るがぬ意志の象徴――大地の力です」


 リオラは光の中で静かに目を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。


「・・・私に、この力を」


 その瞳には、かつての貴族の娘らしい誇りと、奴隷にまで堕ちた者の覚悟が同居していた。

 どれほど踏みにじられようとも、土のように踏みとどまり、支える強さ。


 それが、リオラに宿った力だった。


「・・・ありがとう、レンダ様」


 それを見ていたナーガは、自分の胸に手を当てる。


(俺にも、何か・・・あるのか?)


 神官が彼の方を向いた。


「あなたも、試してみますか?」


 ナーガは少し迷った末、うなずいた。


「・・・お願いします」


 白い大理石の床に、朝の光が柔らかく差し込む。

 祭壇の奥にはレンダの石像が佇み、その右手はまるで「選ばれし者」に加護を授けんと差し伸べている。


 神官が静かに告げた。


「さあ、両膝をつき、心を澄ませ、手を差し出しなさい。神があなたの内面を見定めます」


 ナーガは緊張した面持ちでひざまずいた。

 リオラが受けた時と同じように──深く、静かに、心の中で祈る。


 ――どうか、この世界の力に触れさせてほしい。

 ――俺に、ここで生きていく力をください。


 ……その瞬間だった。


 空気が、変わった。


 まるで神殿の温度が一瞬で数度下がったかのような、肌を刺すような冷気が辺りを包む。

祭壇周囲の七元素の宝石が、音もなく微かに震えた。


「……っ?」


 祭壇の前にいた神官が息を呑む。


「まさか……拒絶の兆候?」


 ナーガの頭上に、光が集まるはずだった。

 だが、代わりに現れたのは、鈍く濁った影のような揺らめきだった。


 レンダ像の片目──虹色の宝石がはめられたその目が、ふいにきらめく。

 直後、石像全体から「拒む」ような気配が押し寄せ、ナーガの体を突き放した。


 バチン、と音を立てて弾かれたように、彼の体がのけぞり、尻餅をつく。


「ッ、ぐっ・・・!」


 神官が慌てて駆け寄った。


「・・・これは、“加護を拒まれた者”の徴。

 あるいは・・・外なる存在の力が、あなたの内にあるのかもしれません」


 その場の空気が凍るような沈黙に包まれる。


 リオラがすぐに駆け寄り、ナーガの肩を支えた。


「大丈夫?しっかりして」


「・・・ああ、大丈夫。痛くは・・・ない。けど・・・何だったんだ、今の」


 リオラは唇を噛む。

 彼女もまた、あの拒絶の気配が“ただの無才能”とは違うことに気づいていた。


 ――これは、異端に対する反応。


 祭壇の神が、何かを見抜いたのだ。


 リオラは心の中で、思考を転がす。

 ナーガ。落とし子。

 ーーーフェイン。「混沌」と「運命」の神。


 あの神の加護を受けし者に、他の神々は決して安易には手を差し伸べない。

★おまけ★

●「元素」と「探求」の神、レンダ

火、水、雷、土、風、光、闇の7つの元素を司る。

レンダを信仰し見初められたものは、その人に適合した元素を預かり、その属性を操ることが可能となる。

いわゆる魔法であるため、時には「魔術」の神と歌われることもある。授かった元素の力の強度はその人によりけりであり、

ものすごく強力な力を授かる者もいれば2つの元素の力を授かる者もいる。

また、センスなしと授かれないこともある。


「神は試すものにあらず。ただ、見る。お前のすべてを、曇りなく」

 ーーウェールズ魔法大学院長 コルセア・フィンブライト

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ