第七話:元素
ナーガたちは、街道から少し外れた森の中──静かな池のほとりで休息を取っていた。
あの牢獄を抜け出してから、ふたりの身体は限界に近かった。
リオラは池の縁に腰を下ろし、泥にまみれた顔と髪を洗い流している。
捻った足首は冷たい水に浸し、熱を取るようにそっと撫でていた。
一方のナーガはといえば、血と砂埃でぐちゃぐちゃになった顔を、池の水で洗っていた。
瞬間、水をすくった右手の人差し指に、ジュクジュクと刺すような痛みが走る。
すっかり忘れていたが、あの場でバルミッチに噛まれた指は、包帯を取り替えてもおらず、無理に使ったせいで赤黒く滲んでしまっていた。
バイ菌が入ったらどうしようなどと、脳天気な事を考えながら、とりあえず水に手を浸からせてみた。
間の抜けた悲鳴を上げるナーガを見て、リオラは呆れながら声を掛ける。
「情けないわね。ちょっとこっちに来て」
リオラが指を曲げ、こちらへ来いと合図する。
ナーガが近づくと、彼女は迷いなく彼の右手を取り、傷を診ようとする。
「ずいぶんひどそうね」
「……正直、開けるのも怖かったんだけど」
血の滲んだ包帯を丁寧に解いていくリオラを、ナーガは顔を背けながら目を瞑る。
おそるおそる半目を開けると、ぐちゃりとつぶれた指があらわになる。
第二関節から先は、皮一枚でかろうじてつながっているような有様だった。
「これは・・・想像以上ね。でも、薬草が丁寧に塗り込まれてる。とりあえず腐ったりはしないと思うから、キアリカについたら治癒師を探しましょう」
この世界の薬草は殺菌効果でもあるのだろうか。商品に傷がつかないためのゼブの計らいだろうが、一抹の不安は払拭できた。
「リオラは、回復魔法みたいなのできないのか?」
「魔法は、祈りで得るものなの。レンダ様の祭壇へ行って、祈りを捧げて──“見初められた者”だけが力を授かる」
「そのレンダ様って?」
「この世界には七柱の神がいるの。その一柱が、”元素”と”探求”を司るレンダ様よ。
彼に認められた者だけが、自分に適した“元素”の力を操ることができるの」
リオラの口調は淡々としていたが、どこか悔しげな響きが混ざっていた。
「私も、本当は洗礼を受けるつもりだった。でも、その前に──色々あったのよ」
ナーガは静かに頷き、話を促す。
「火、水、風、雷、土、光、闇──全部で七つ。
回復魔法は主に光属性の力で扱われるけど、他の元素でも工夫次第で治癒に応用できることもあるわ。・・・かなりの希少例だけど」
この世界の魔法は、魔法と言うよりエレメントパワー的なものに近いのだろうか。使い手によって自由度はかなり高い様子が見受けられた。
語りながら、リオラは指の包帯を巻きなおしてくれた。見事な手際だった。
「キアリカに付いたら祭壇にも寄ってみましょうか。私もそろそろ洗礼を受けたかったし」
「わかった。手当どうも」
「お礼なら、光の回復魔法を覚えたときに言ってちょうだい」
軽口を叩きながらも、ナーガは静かに自分の右手を見つめる。
俺にも、“才能”ってやつ・・・あるのかな
この世界に来てから、何度目かわからない自問。
不安と期待が、胸の奥でぐるぐると渦巻いていた。
今回は大事な元素の解説のため、短めにまとめました!
明日以降、ナーガとリオラの波乱万丈な物語をどんどん書いていきますので、よろしくお願いします!