踏み出す一歩
ゲートの消滅を見届けたマサキたちは旅館まで戻ってきた。
大広間に宿泊客を集めて、外からバレにくいように懐中電灯の明かりで一晩を過ごした。
肩を負傷したダイチは無茶をしてと祖父母に怒られていたり、ご迷惑をおかけしてなんてマサキは謝られたりした。
雨や風は少しずつ弱まっていき、時間にして次の日の早朝ごろにようやく温泉街を守る覚醒者たちと連絡がついたのである。
助けに来た覚醒者たちに守られながら旅館から空いているホテルに移動した。
マサキたちは安全なホテルでゆっくり休みながら、覚醒者たちがフロッグマンを探して討伐してくれた。
「マサキさん!」
それでも雨の中全てのフロッグマンを見つけて倒し尽くすのは難しく、覚醒者たちに守られながら荷物を取りに行った。
雨がやんで、通行止めも解除された。
一足先にホテルから出て家に帰ろうと思ったので、ダイチに別れの挨拶でもしようかと部屋を出たところで、たまたまダイチと鉢合わせた。
ダイチは少し緊張した顔をしている。
「何かあった?」
「その……お話が」
マサキが笑顔で対応すると、ダイチも少しホッとしたような顔をする。
「分かった。廊下じゃなんだから部屋に入ろうか」
部屋から出たところだったので、そのままマサキの部屋に二人で入る。
向かい合うようにして二つのベッドにそれぞれ腰掛ける。
「話って何?」
ダイチは言いにくそうにもじもじとしているので、マサキから少し促してあげる。
「実はその……俺を…………仲間にしてくれませんか」
「……それはまた急にどうして?」
なんとなく予想はしていた。
しかしそれでもダイチの心変わりが急であることに変わりはない。
モンスターと戦ってみて突然正義感に目覚めたなんてこともないだろう。
「色々と……思うところはあったんですけど…………その…………」
ダイチはかなり言いにくそうに視線をさまよわせている。
「旅館、畳むことになったんです」
「えっ?」
ちょっと予想外の答えにマサキも驚いてしまう。
旅館はフロッグマンに襲われることもなかった。
無事に済んだのだから経営は続けられるはずである。
「ゲートから近くてしばらく営業はできないことになってしまったんです」
もしゲートがブレイクを起こしていなかったらなんともなかった可能性はある。
だが今回のゲートはブレイクを起こしてモンスターが外に出てしまった。
旅館はゲートから近くて、モンスターがいないと確認されるまで営業を中止せざるを得なかったのだ。
「それでも……」
長くは営業停止にもならないだろう。
そうマサキは思った。
「……旅行に行くんですって」
「へっ?」
「客商売じゃ休みもないから……この機会に旅館畳んで、二人で旅行でも行って、あとはのんびりするんだって」
ダイチはちょっと泣きそうな、しょんぼりした顔をしている。
なるほど、とマサキは思った。
どうしても客相手の商売をしていると休みなんか取れないこともある。
旅行なんて行く時間も取れないだろう。
もとより高齢で旅館をやめることを考えていた。
もしかしたら今回の騒動はダイチの祖父母にとっていい機会だったのかもしれない。
あるいは、ダイチの背中を押すためということもあるのかもしれないとマサキは思っていた。
「好きなことやれって言われて……何がいいかなって思った時、マサキさんのことが浮かんで。誰かのために戦う姿、カッコよかったです」
ストレートに褒められると少し照れる。
「俺も……ああなれるかなって思って。誰かのために戦えるような人になれるのかなって」
ダイチはギュッと拳を握りしめる。
「力は持ってるだけじゃダメなんですもんね」
マサキのことを見つめるダイチの目は強い熱を帯びていた。
「俺も覚醒者として活動します。俺を……マサキさんの仲間にしてください!」
立ち上がって、直角になるほどに深く頭を下げる。
「もちろん。元々はこっちが誘いに来たんだしね」
逆転してダイチが頭を下げているが、元を正せばマサキたちがダイチをスカウトに来たのである。
仲間になりたいというのなら望むところだ。
マサキはダイチの肩に手を乗せて笑顔を浮かべる。
「よろしくな、ダイチ」
「はい、マサキさん!」
紆余曲折はあったものの、スカウトは成功した。
大変だったけど、その甲斐はありそうだとマサキはダイチの目を見ながら思ったのだった。




