大雨のゲートブレイク1
「だいぶ降ってきたね」
「ああ、これじゃあ帰れないかもな」
窓の外を見ると大粒の雨が打ちつけてきている。
少し前に発生した台風が接近してきて、天候が荒れているのであった。
予定では明日帰るつもりだった。
ダイチと距離を近づけるような劇的な出来事もないので、仕方なくダイチのことは諦めようと思っていたのだ。
しかし台風は勢力が強くて進行速度が遅く、荒れた天候が続くようである。
洪水なんかも起きているところがあって、マサキたちも台風の状況には警戒していた。
帰り道も川に近い場所がある。
もしかしたら通行止めとなる可能性もあるかもしれない。
「……通行止めになりそうなところがあるか、それと宿泊延長できるかも聞いておこう」
対応は早めに。
慌てて帰るのも危ないし、だからといって楽観視もしない。
「あっと、すいません」
「あっ……はい」
仲間にならないかと誘って以来ダイチとは少し気まずくなってしまった。
断った後ろめたさみたいなものがあるのかもしれない。
警戒されたり冷たい態度を取られるよりはいいのかもとは思う。
「何かありましたか?」
「外、だいぶ荒れてきたろ?」
「そうですね」
「この辺り、天候が荒れると道が封鎖されたりすることある?」
「あー……ちょっと、分かんないですね。おじいちゃんに聞いてみます」
ダイチは口に手を当てて考える。
パッと思い出せなくて、申し訳なさそうな顔をする。
「もし通れなくなったら宿泊延長したいんだけど、大丈夫かな?」
「そちらは大丈夫です! いくらでも泊まってください。料金は変わらないですけど……」
「分かった。ありがとう」
「では失礼します」
後でダイチの祖父が訪ねてきて、もうすでに早めの封鎖が行われてしまっている話を聞いた。
台風の状況にもよるけれど、明日には通れるとはいかないようで宿泊の延長をお願いした。
「荒天の露天風呂はいかがですか?」
「露天風呂ですか?」
「もう少し荒れるとご利用を少し控えさせていただきますが、雨音の中で温泉に入るのも乙なものですよ」
「……確かにそれもいいかもしれませんね」
どうせ天気は荒れていてすることもない。
マサキたちはダイチの祖父の勧めに従って温泉に入ることにした。
露天風呂は野晒しではなく、壁と高めの屋根がある。
ただ完全に囲まれているわけではなくて、雨風が入ってくる。
「ははっ、これはこれで……あれ?」
普通は露天風呂に入るような天気ではない。
強い風が入ってきて温泉の湯気が流れていっている。
ただ荒れた天気の中、裸で外に出るのもなかなか面白いものだとマサキは思った。
荒れた昼間から露天風呂に入る客なんていないと思っていたら、先に温泉に入っている人がいた。
「あっ、お客さん」
「マサキでいいよ。珍しいね」
露天風呂に入っていたのはダイチだった。
服を着ていると分かりにくかったが、ダイチは割とガッチリとした体つきをしている。
何かスポーツのようなものをやっていたのかもしれない。
マサキはダイチから少し距離を取って温泉につかる。
「意外と悪くないね」
雨が激しく屋根を打ち付ける音がする。
温泉はやや熱めで、入ってくる風が心地良くも感じられるぐらいだった。
乙なものと言っていたが、確かにたまにはこんな露天風呂も悪くない。
「荒天の露天風呂が好きなの?」
「嫌いじゃないですけど……ちょっと転んじゃって。全身泥だらけになったから……」
ダイチは恥ずかしそうに答える。
昼間から温泉に入るつもりなかった。
しかし雨足の強さを見て、慌てて作業をしているとぬかるみで滑って転んでしまったのである。
客商売は見た目も大事だ。
泥を被ったままで客前には出られない。
「露天風呂を勧めたのもそういうことだったのかな……?」
思い返してみれば話の切り出し方は少し急だったかもしれない。
露天風呂を勧めたのもダイチがいたからだと考えれば納得もできる。
「あの……」
「ん?」
「覚醒者って……大変ですか?」
特に会話もなく、雨音だけが響く。
そんな中でダイチが会話を切り出した。
「大変だよ。命懸けだし、モンスターを倒すのは楽じゃない」
「楽って……言わないんですね」
ダイチは意外そうな顔をした。
マサキが自分を引き込もうとしていることは分かっている。
だからこうした質問をしても、良い面を強調してくるだろうと思っていた。
素直に大変だと答えるのは意外だった。
「大変だなんてこと少し考えれば分かる。嘘なんてつかないさ」
「じゃあ……どうして覚醒者として活動しているんですか?」
「どうして……か。世界を救うためだった言ったら笑うかい?」
「意外な答えだけど……笑いませんよ」
ダイチの目は真剣だった。
マサキの答えがそれなら、ちゃんとそれとして受け止めようとしてくれている。
「世界を救うため。それが一番の理由だけど、他にもたくさんの理由がある。お金のため、大事な人のため、名声のため、こんな俺でもできるからとか、あるいは力を持った者の責任を果たすためかもしれない」
「責任……」
「俺は大事なものを守れなかった。だから今度こそ守れるようになりたいんだ」
世界は一度滅びた。
マサキがもう少しでも強ければ助けられた命があったかもしれない。
何かが変わっていたかもしれない。
そんなことを考えても過去は変えようがないけれど、今は何かを変えられる。
世界を救う。
これは決して冗談で言ったわけではないのだ。




