スカウト2
「すごくいい部屋!」
今時あまり見ないような畳の部屋にレイは感動している。
「おばあちゃんの家が畳だったんだ。でも古くなったから壊されちゃって……」
荷物を置いたレイは畳の上に座る。
懐かしさを覚える感触に目を細める。
単なる旅行ではないけれども、別に楽しむなというつもりもない。
旅行は旅行で楽しめばいいので、二人とも楽しそうならそれは良かったとマサキは思った。
「とりあえず……温泉でも入るか」
目的としているクロセダイチは名前の通り黒瀬旅館の関係者である。
黒瀬旅館を経営している老夫婦の孫がクロセダイチだった。
現在十九歳で両親とは死別し、母方の祖父母がダイチをここまで育ててくれている。
旅館で働いているらしいので、どこかで会えるだろうとは考えている。
ひとまず歩き回る理由として温泉に入るというのはいい口実だ。
「ふふ……」
温泉に入るということでいそいそと準備している二人を見ると、マサキは思わず笑みがこぼれてしまう。
なんだかんだと二人とも似たようなところがあるものだ。
「クロセダイチはどこにいるんだ……?」
旅館にある温泉に向かいながら人を探してみる。
今はオフシーズンなのでマサキたち以外のお客も少ない。
若い男性であるというひとまず分かっているので若い男性を探してみるけれど、いるのは宿泊客のお年寄りばかりである。
「あっ、入浴のお客様ですね。今出ます」
「あなたは?」
「旅館の従業員です」
若い男性すら見つけられないままに温泉の入り口についた。
当然ながら男女分かれているので、マサキはレイとイリーシャと別れて更衣室に入っていく。
更衣室に入ってモップを持った男性がいた。
短髪黒髪のがっしりとした体型の若い男であった。
黒瀬旅館と書かれた青い半纏を羽織っている。
マサキを見て営業スマイルを浮かべる男は、モップとバケツを持ってそそくさと更衣室を出ていってしまう。
「まあ……そうだよな」
常連客でもないお客といきなり自己紹介して長話する従業員などいない。
おそらくあれがダイチだなとマサキは察した。
見た目の印象は悪くない。
スポーツ系の好青年である。
「どう切り出すものかな……」
いることは分かった。
あとはどうにかタイミングを見つけてスカウトするだけである。
ただ、そのスカウトするというのが難しいのだ。
いきなり仲間にしたいと言って仲間になってくれる人の方が少ない。
むしろ一体どこから聞きつけてスカウトしに来たのかと疑われてしまう可能性の方が大きい。
温泉に浸かりながら考えてみる。
「そういえばレイの時も苦労したよな……」
マサキがいくら考えても安いナンパのようになってしまう。
疑いを持たせず、スルリと相手の懐に入るような上手いやり方が思いつかず、レイにどうやって声をかけるか悩んでいた時のことを思い出した。
大学近くの公園で事件があって、レイが関わっていったから上手く声をかける口実になった。
そんなことがなければマサキはストーカーが動き出すのを待つしかなかったのである。
結局そう考えるとレイの時も上手く話して説得したとは言い難かった。
今もなし崩し的に協力してもらっているような側面は否めない。
「はぁ……貸し切り状態の風呂でため息ばかりつくもんじゃないな」
今は他に入浴客もおらず、温泉は貸し切り状態になっていた。
誰もおらず、広くていいのだけど、ダイチを説得するいい方法が思いつかずため息しか出てこない。
それに説得も難しそう。
高校を卒業してそのまま旅館の手伝いをしていることになる。
頭の出来や運動神経は知らないが、覚醒者として登録している以上覚醒者として活動する道はあったはずだ。
それなのに大学進学も覚醒者の道も選ばず、祖父母の元で旅館経営を手伝っている。
きっと自分で選択した道なのだろうと思った。
「どうするかな……」
「イリーシャちゃん、肌真っ白だよね」
「ん? ああ、ここは隣の会話聞こえるのか」
古い旅館だからか天井と壁の間が少しあって女湯の会話がうっすらと聞こえる。
人が多ければ気にならないのだろうが、人がいないとどうしても声が聞こえてしまっていた。
「レイは胸が綺麗。羨ましい」
「そ、そう? 私としてはもうちょっと大きい方がいいんだけど……」
「これ聞いちゃいけないな」
盗み聞きするには少しパーソナルな内容の会話をしているとマサキは思った。
温泉にはいつでも入れる。
会話を聞かないようにマサキは先に温泉から撤退することにしたのだった。
「良い温泉だな……」
出ても体がポカポカとしている。
マサキは近くにあった古い自動販売機でビンのコーヒー牛乳を買って部屋に戻る。
「ダイチ……本当に良かったのか?」
「んん?」
声が聞こえてきてマサキは立ち止まる。
「おじいちゃん、何回も言ってるだろ? ここを守るのが俺の夢なんだ」
先ほど出会った男性従業員の声。
察するにダイチと、育ててくれたという祖父の会話のようである。
またしても盗み聞きする形になるが、今度は少し聞いてみようと気配を消して聞き耳を立てる。




