毒王転職4
「そんな顔しないで? あなたが連れてきてくれた人が私を治してくれるかもしれないんでしょ?」
サラは優しく微笑む。
「その人は?」
「ああ……この人は山神サラ。ケンゴの妹だ。サラ、こちらが俺の仲間のレイとイリーシャ。治療法を研究してくれるキサキカズキさんとその妹さんのカスミさんだ。カスミさんはお前と同じ魔力硬化症だ」
レイに声をかけられ、マサキはハッとしたようにそれぞれを紹介する。
「あなたも硬化症なのね」
「あっ、はい」
「その様子ならステージは一か二ってところね」
「ステージ一です」
「そうなの。私はステージ四……もう右手をちょっと動かせるぐらいよ」
サラは笑顔を浮かべているが、内容は非常に重たい。
魔力硬化症も段階によってステージに分けられていて、カスミはまだ体の一部が動かない軽度の症状に分類される。
一方でサラは魔力硬化症がだいぶ進んでいる。
全身がほとんど自分の意思で動かせない。
もはやベッドの上でただ死を待つだけのような重篤な状態であった。
今も車椅子に乗ってきたものの、かなり無理をして来ていた。
「病室を案内するわ」
カズキは転院の手続きに向かい、マサキたちはカスミの荷物を持ってケンゴが押すサラの車椅子についていく。
「ここがあなたの部屋」
広めの個室がカスミに割り当てられていた。
「エアコン、Wi-Fi完備。病院の中には品揃えがいいコンビニもあるし、注文すれば個室まで届けてくれるんだよ」
「いい部屋だな」
マサキが回帰した直後にいたボロアパートの部屋よりはるかにいい部屋である。
「それになんと隣は私の部屋なの」
サラはニコニコとした笑顔を浮かべている。
「よかったら遊びに来て。私は動けなくて暇だから」
「こんな部屋……いいんですか?」
「もちろん。お金のことは気にしなくていいよ」
あまりに部屋が良すぎてカスミは困惑している。
ケンゴも柔らかく笑顔を浮かべるけれど、ケンゴとサラが病院を所有する一族なことを分かっていないカスミは納得いっていないようだ。
「……女の子に囲まれてることは気になるけど、こうしてまた会えて嬉しいわ」
服をクローゼットにしまうからとマサキとケンゴはカスミの部屋を追い出された。
廊下で待っててもよかったのだけど、サラの部屋に移動してきた。
レイとイリーシャがカスミを手伝っていて、マサキとケンゴとサラは三人で気まずい雰囲気になっていた。
小さくため息をついたサラが話を切り出す。
「俺も……また会えて嬉しいよ」
「会いに来てくれなかったこと、寂しかったのよ?」
「それは……悪かった」
「いいの。私たちが悪いんだしね」
「それはそうじゃない……あの時は俺がガキだったんだ」
マサキはサラとも仲が良かった。
二人が山神一族で超お金持ちだと知って疎遠になってしまったが、それはマサキが事実を受け入れられなかったことが悪いのである。
「それに俺は君の病気も受け入れられなかった。元気で活発なサラが動けなくなって……泣いてる姿を見てどうしたらいいのかも分からなかったんだ」
疎遠になった理由は他にもあった。
お金持ちだと分かった時期にちょうどサラが魔力硬化症を発症してしまったのである。
体が動かなくなる病気にサラは困惑して、気分が完全に沈み込んでしまっていた。
友達なら支えてやるべきだった。
そんなことは分かっているのだけど、体が動かなくなりショックを受けているサラに対してなんと言葉をかけたらいいのか分からなかったのだ。
これからさらに病気が進めばサラの体はもっと動かなくなる。
日常生活の中で余裕がなく、ケンゴとサラの身分の違いを知り、サラの病気が発覚した。
マサキが全てを受け入れるにはまだ若すぎたのである。
それを言い訳にするつもりはない。
もっとどうにかできたのではないかと思うことはある。
「悪かった……」
マサキはサラに頭を下げる。
本当に辛かったのはサラの方だろうに、裏切られたと騒ぎ立てて二人と向き合うことを避けてしまった。
「本当だよ。サラは何回お前に会いたいと……」
「ケンゴ!」
サラは顔を赤くして叫ぶ。
体が動かないのが恨めしい。
「なんだよ? 病気治して会いに行くって言ってただろ? 恋人が出来ても奪い取る……」
「マサキ、こいつのこと殺して! いや、いっそ私のことを!」
サラは首筋まで赤くして涙目で訴える。
「ケンゴ、よしてやれよ」
昔から時々こんないじり方をする。
マサキがたしなめるとケンゴは妙な目をしてため息をつく。
「本気だと思ってないんだな」
「何か言ったか?」
「なんでもない」
ケンゴは深いため息をついた。
「それに……会いには来てほしかったけど、会いに来てくれなくてよかったとも思うし」
「なんでだ?」
「こんな姿……見られたくはなかったから……」
複雑な乙女心。
お見舞いに来てくれないことを寂しく思う反面、動かなくなっていく様子を見られなくてよかったともサラは思っていた。
「……ただ、きっと治るさ。カズキさんなら治療法を見つけてくれる」
「マサキが連れて来た人なら期待できるね」
「ダメでも恨むなよ?」
「恨まないよ。こうなったのは誰のせいでもないし。でも……ダメだったら責任取ってもらおうかな?」
「責任?」
「どうせ動けなくなるなら私のこと背負ってどこかに連れてって」
サラは昔のことを思い出していた。
転んで膝を擦りむいた。
歩けないとわがままを言うサラのことをマサキはおんぶしてしてくれた。
「それがお前の願いなら。ただ治る。俺はそう信じてる。だから……歩いて一緒にどこか行こう。罪滅ぼしになるかは分からないけど……な」
「……うん」
「チッ……人前でイチャつきやがって」
「嫉妬?」
「そうだな。俺もマサキとどっか行きたいよ」
そっちかよ。
マサキは心の中でツッコミながら苦笑いを浮かべる。
「じゃあ三人で行きましょ!」
「そうしようか。ケンゴの奢りでな」
「なんで……まあ、いいけどさ」
三人は笑う。
回帰前とは違う、小さな変化。
少し勇気を出してみれば変わることもあるのだとマサキは思った。




