毒王転職3
「サラはどうしてる?」
「……元気にしてるさ。でも変わらない。もしなんともなかったら……お前に会いに着いてきたかもな」
マサキが口にした名前にケンゴはほんの少し眉をひそめた。
「お前のところでは研究を続けてるのか?」
「ああ、あまり進歩はないけどな」
ケンゴはため息をついた。
この話題になってから明らかに一つテンションが下がった。
「そんなことを話しにきたのか」
「そうだ」
「えっ?」
否定されると思って聞いたのに肯定されてケンゴは驚く。
「魔力硬化症……治療法発見の可能性があるんだ」
「本当か! 教えてくれ! 金が必要なら払う! なんでも……」
「待て待て。必要なのはちゃんと話を聞くことだ」
立ち上がったケンゴを手で制する。
「なんでも……そう言ったな?」
「ああ、サラのためなら」
「研究者を一人雇ってくれないか?」
「研究者?」
「その人の妹も魔力硬化症なんだ。そしてその人なら治療法開発できるかもしれない」
「……本当なのか?」
今一度座ったケンゴだが落ち着かなくてソワソワとしている。
「まだ理論の段階だ。医療関係の研究所に勤めているわけじゃなくて理論を実験する環境がないんだ」
「だから俺のところに?」
「そうだ。俺が知ってる中で魔力症を研究してるのはお前のところぐらいだ。それに人をねじ込めるのもお前ぐらい」
「なるほどな……うちの研究員と面談してもらう。それで可能性がありそうならうちに入ってもらおう」
「判断が早いな」
ほとんど悩むことなくケンゴは頷いた。
「もしダメなら俺が個人的に資金を出す」
「さすがお金持ちは違うな」
「からかうなよ。本気なんだ。それには……お前が持ってきた話で俺が失敗したことないんだ。お前は俺の成功の女神だからな」
「男に対して女神ってのはやめろ」
マサキは呆れ顔をする。
呆れ顔を浮かべるマサキに、ケンゴは思わず笑ってしまう。
「それに……俺と同じ境遇なんだろ? 研究してるのだって……治したいからのはずだ。仮にすぐ見つからなくてもそんな人なら見つけられるかもしれない」
「急にこんな話、持ってきて悪いな」
「いいって。いつも大体急だったろ?」
「まあ、そうだな。それとこれ……」
「いらん」
マサキが封筒を取り出してケンゴの前に置いた。
ケンゴはツンとした顔をして受け取りを拒否する。
「借りたもん返さなきゃ……」
封筒の中身はお金だ。
回帰したばかりの時にスマホを買うのにお金が必要でケンゴのことを頼った。
もちろん借りたお金は返す。
生活に多少の余裕もできたし、今日会うなら返してしまおうと思ったのだ。
「なんならその子たちになんかおごってやれよ。その金は……今日俺に希望を見せてお礼ってことにしとくからさ」
「ケンゴ、こういうのはちゃんとするもんだ」
「…………はぁ、頭固いな」
真面目な顔をされてケンゴは渋々封筒を受け取った。
「じゃあここは俺が奢るよ。それぐらいはいいだろ?」
「分かったよ」
中の金額を確かめることもしない。
仮に少なかろうとケンゴは何も言わないだろう。
「相手の都合のいい日を聞いといてくれ。できるだけ早く会おう」
「ああ、頼むぜ」
ーーーーー
「すいません……手伝ってもらって」
「いいんですよ、これぐらい」
面談するなんて言っていたけれど、カズキの転職話はトントン拍子に進んだ。
おそらく話を聞いた時点で、ケンゴの中でカズキを引き入れることは確定に近かったのだろう。
前の研究所よりも好条件で魔力症研究チームに加えてもらえることになった。
さらにカスミも研究チームに近い病院に転院することになった。
研究所も病院も山神グループの所有である。
転院するにあたってカスミも移動する必要があったのだけど、カズキが持っているのは古い軽自動車で車椅子での移動が必要なカスミを運べなかった。
そこでマサキが手伝うことになった。
覚醒者として荷物や装備を載せることがあるので、大きめのバンを利用していたからちょうどよかった。
「山神病院……」
イリーシャが車椅子を押して病院の前までやってきた。
綺麗な病院は大きく、診療科も多いので多くの人が出入りしている。
「マサキ!」
「えっ? ……サラ?」
転院の手続きをしなければならない。
どこに行ったらいいのかと病院に入った見回していると、マサキは声をかけられて振り向いた。
そこには車椅子に乗っている女性がいた。
車椅子はケンゴが押している。
女性を見てマサキは驚いた顔をした。
「久しぶり」
「……久しぶりだな」
気まずそうに、そして絞り出すようにマサキは答えた。
対してサラと呼ばれた女性は嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「ごめんね、もうほとんど体動かないんだ。もうちょっとこっちに来てくれる?」
「……それが望みなら」
マサキがサラの車椅子の横に膝をつく。
「元気そうだね。……ちょっとだけ痩せた? ちゃんとご飯食べてる?」
サラは弱々しく右手を上げてマサキの頬に触れる。
「少し前は食えてなかったけど……最近は食べられるようになったよ」
「そうなんだ。困ったらいくらでもケンゴから搾り取ってね」
「そんなことしないよ」
マサキがサラの手に触れるととても冷たかった。
その冷たさに悲しさのようなものが込み上げてしまう。




