毒王転職2
「まだ分かりません……でも…………可能性はある」
カズキの目に強い希望の光が宿る。
「逆流現象を意図的に起こす……これまでに試しはない……でもどうやって」
色々と考え始めたカズキは突然悔しそうな顔をした。
「どうかしましたか?」
「……せっかく考えがまとまりそうなんですが今の僕にはそれを実験して確かめるような環境がないんです……」
たとえ理論を完璧にしたとしても、やってみなければ分からない側面はどうしてもある。
なんの実験も行わずに人に試してみることもできないし、実験のための機材や費用すらもカズキにはない。
今勤める研究所に報告をあげたところで、立場の弱いカズキのことを信じてくれるかも分からない。
だからといって研究しているところに連絡を取っても、きっと取り上げてもらえない。
研究のアイデアがあると連絡を取ろうとしてくる有象無象の輩は多く、よほどのことがない限り目に留めてもらえないのである。
実現できそうな考えがあっても、実現できる手立てがない。
自分の望みに手が届きそうなところにいるのに、あと一歩で届かない絶望感がカズキの胸に広がる。
「そこでなんですが……転職しません?」
「えっ?」
もちろんカズキに余裕がなさそうなことはマサキも分かっていた。
カズキが本来なら魔力症研究をしたかったと回帰前に漏らしたことを覚えていたのだ。
マサキが超お金持ちで、資金提供でもして自由に研究してもらえればいいのかもしれない。
でもそんなお金なんてない。
「まだ相手に話はつけてませんが、一ヶ所だけ心当たりがあります」
しかしカズキにはとあるアテがあった。
魔力症研究ができるお金のある場所を一つ知っているのだ。
「俺が連絡を取ってみます。キサキさんは魔力症の治療法研究のアイデアをまとめておいてください」
「……分かりました」
そんな都合のいい話あるわけない。
だが無条件で信じると決めたのだ。
カズキは頷いた。
「また後日連絡します」
ーーーーー
「急に悪いな」
「いきなりどうしたんだ? 会いたいだなんて珍しい。まあ俺としては嬉しいけど……」
マサキは庶民的でお手頃な価格の料理が売りのファミレスにある人を呼び出した。
「こんなところ久々だろ、ケンゴ?」
マサキが呼び出したのはヤマガミケンゴ。
学生時代に仲が良かった親友だが、とあるきっかけから疎遠になり、回帰した直後にお金を借りた相手である。
昔は受け入れられなかったけれど、今は受け入れられなかったことが嘘のように思えるほど拒否感はなかった。
拒絶したことがある手前少し恥ずかしさはあるものの、お金を借りる時に連絡して変わっていないのだなと安心した気持ちもあった。
以前のような親友に戻ることは難しいかもしれない。
それでもまた友達ぐらいには戻りたいとマサキは思っていた。
「久々……そうだな。ファミレスなんか来る機会無くなっちゃったもんな」
「嫌味な奴」
「お前がいったんだろ?」
マサキとケンゴは互い笑顔を浮かべる。
しばらく顔を合わせていなかったけれど、こんな風に軽い冗談を言い合えるなら思ったよりも関係は悪くない。
「……それにしても、その子たちは?」
今回レイとイリーシャも一緒に来ている。
ファミレスに行くなら行くとイリーシャもついてきて、イリーシャが行くなら私も行くとレイもついてきたのだ。
「私はマサキのお嫁さん」
「えっ!? マサキ……美人な子だけど何歳だい? 法律だと……」
「ケンゴ、そんなわけないだろ!」
ケンゴが本気の目で説教をし始めかけたのでマサキは慌てて否定する。
確かに関係性としては怪しさ満載だ。
レイはともかく、イリーシャとの関係について清く正しいものだと想像するのは少し難しいかもしれない。
「訳あって俺が引き取った子なんだ。別に嫁として引き取ったわけじゃない」
「……まあ分かってたよ」
ケンゴはニヤリと笑う。
仮に親友が本気で未成年に手を出すつもりならケンゴも本気で止めるが、マサキが本気で未成年に手を出すとは思っていない。
ケンゴなりの冗談である。
「それで……」
「私が本妻のスダレイです!」
「ぶっ、げほっ!?」
レイなら変な冗談は言わないだろう。
そう思っていたマサキはとんでもない自己紹介に思わず口にしていたジュースを吹き出してしまった。
「レ、レイ!?」
「えっと……冗談……ですよ?」
レイは耳を赤くしている。
珍しい冗談を言うものだとマサキは混乱してしまう。
「……楽しくやってるようだな」
ため息をつきながらケンゴはおしぼりでマサキが噴き出したジュースを拭く。
お金を貸してほしいなんて連絡があった時にはよほど生活が苦しいのかと心配したものだ。
困っているならもっと手を差し伸べるべきか、あるいはそれではマサキのためにならないとか考えた。
だが今の姿を見るとちゃんとやっているようで安心した。
「美人に囲まれて羨ましいよ」
「へへ」
「美人だって」
ケンゴに褒められて二人は嬉しそうにしている。
「お前が楽しそうにやってるならそれでいいよ」
ケンゴは笑顔を浮かべる。
心配していた親友が元気ならばそれでいい。
女の子と同棲しているなんて奇妙な変化を遂げていることは気になるが、ただれたような怪しい関係でもなさそうなので口は出さないことにした。




