毒王転職1
「わざわざこんなところまでご足労いただいて……」
「いあ、空いてる方が来る方が効率いいですからね」
「本来ならお礼する僕のほうが伺うべきなのに」
マサキはカズキと連絡を取り合った。
回帰前はぶっきらぼうにしか返事をしなかったカズキも、闇堕ちする前は普通に返事をくれる人だった。
改めて直接会ってお礼がしたいというので、カスミが入院する病院近くのカフェにやってきていた。
レイは大学があるので今回も付き添いはイリーシャである。
「美味い」
「……すいません」
「いいんですよ。好きに食べてください」
マサキとカズキはコーヒーのみだけど、イリーシャは大きなパフェを頼んでパクパク食べている。
「ええと……お礼にこれを」
「これは?」
カズキは紙袋から箱を取り出した。
「母方の実家は少し遠いのですが、その地域にある銘菓です。お土産として人気なので、ぜひ食べてください」
「ありがとうございます。あとで食べたいと思います」
「それで……メールに書いてあったお願いしたいことっていうのは……?」
マサキは事前に、お礼がしたいなら頼みを聞いてほしいとカズキに伝えていた。
「あなたのことを調べました。そして研究のことも」
「研究? ゲート内における農作物の育成……」
「そっちではなく、魔力硬化症のことです」
「どうしてそれを……」
マサキの言葉にカズキは驚いた顔をした。
「カスミさんも魔力硬化症ですよね」
魔力硬化症も魔力に関する病気の一つである。
体が硬くなっていき、最終的には全身硬化して死に至る。
原因不明で、現在のところ治療法はない。
「……どこで調べたんですか?」
「大学の論文が出てましたよ」
「…………今はもう研究と呼べるほどに関わっていない」
カズキは苦々しい顔をして拳を握りしめる。
「いったい何をお願いしたいのですか?」
訳がわからないというような目をカズキはしている。
カズキが研究者になった理由、それはカスミのためだった。
魔力硬化症の治療法を見つけ出そうとしたのである。
しかし現実はそう甘くない。
なぜなら魔力硬化症を含めた魔力症の研究はあまり進んでいないのだ。
有り体に言ってしまえば金にならないから研究が盛んではない。
魔力症患者は少しずつ増えてきているといってもまだまだ数は少ない。
大金持ちや権力者が病気にかかるならともかく、少数の一般人が魔力症にかかっても研究のリターンがないのである。
加えて魔力症にも色々な種類がある。
数少ない患者がさらに細分化され、それぞれの症状にそれぞれの治療法が必要となると治療法の研究も複雑になる。
一つの治療法あたりの利益も小さくなってしまう。
魔力やモンスターに関する研究をするならもっと他にリソースを割いた方が有意義で、儲かる可能性が高い。
今も魔力症について研究をしているのは一部機関のみである。
カズキが所属している研究所は魔力症について研究していない。
カズキとしては魔力症を研究しているところに行きたかったのだけど、魔力症を研究しているようなところは超一流の研究機関や企業なのだ。
頭が悪いとは言わないが、そんなところに行けるほどの能力もなかった。
魔力症を研究している研究所に関係している研究所に入るのが精一杯であった。
「魔力硬化症……あるいは魔力症を治す方法の糸口があると言ったら信じますか?」
「……なんですって? 魔力症を治す糸口?」
「本当かどうかは俺には分かりません。俺は研究者じゃないので。でももしかしたらの可能性があります」
カズキは予想もしていなかったマサキの言葉に目を丸くしている。
「お願いします! その糸口を教えてください!」
「ちょ……いきなりそんな……」
カズキはテーブルにぶつけるほど勢いよく頭を下げた。
静かなカフェの店内にガンッと大きな音が鳴って、他のお客の視線が集まる。
「頭を上げてください」
「どんな些細なことでもいい……研究に忙殺されていましたが、決して魔力硬化症の治療を諦めたわけじゃないんです。あの子の……カスミのためならなんだってするつもりです」
「……無条件で俺を信じろと言ってもですか?」
「そうおっしゃられるなら。命を差し出せというのなら……研究が終わった後に好きにしても構いません」
「別に命まで要求しないですよ。じゃあ俺の言うことに従ってください。何も聞かないでください」
「……分かりました」
なんだってするとは言うが、色々聞きたい疑問は多い。
けれどもカズキは少し悩ましげな表情を見せた後全てを飲み込んだ。
何も聞かないでくれるならマサキとしてもありがたい。
色々と考えてあった言い訳が無駄にはなるけれど、あれこれ頭を使わなくてよくなった。
「魔力の逆流現象を利用するんです。本来なら危険なものですが……上手くコントロールすることで解決できる魔力症があるかもしれません……とのことです」
「魔力の逆流現象………………そうか、確かに。いやでも……ちゃんと出力をコントロールすれば? 意図的に逆流を起こすことで人体に悪影響を与えている魔力を……」
「キサキさん?」
「あっ! す、すいません!」
「可能性はありそうですか?」
カズキは一瞬にして思考に耽ってしまった。
だが様子を見るに少しのヒントでもカズキの思考は前に進んでいるようだ。




