病院を守れ3
「ええと覚醒者証は……」
「ヒッ!」
「……これでいい?」
覚醒者を装って入院患者の荷物を漁りにきた泥棒の可能性もある。
マサキは穏便に済ませようと覚醒者の証である覚醒者証を取り出そうとした。
その時イリーシャは小さな氷の塊を作り出して医者に向かって打ち出した。
氷の塊は医者に当たらず頭の横を通り過ぎて後ろの壁に当たって砕ける。
「がおー」
「……あ、はい、覚醒者……ですね」
「イ……トラ!」
「こっちの方が早い」
人に魔法を向けるなんて言語道断であるが、能力を見せるのは手っ取り早い。
「早く避難してください」
「え、ええ!」
覚醒者だからと泥棒でないとは限らないけれど一般人が覚醒者を止められるはずもない。
医者は慌てたように階段を降りて逃げていった。
「人に魔法を向けちゃダメだよ?」
「キンキュー事態だから」
「……まあ行こうか」
まあ早く済んだし変に名前を知られるリスクを避けられたのは確かである。
「おい、いいのかよ!」
「俺たちじゃ手に負えないから助けを呼んでくるんだよ!」
五階に着いたマサキたちの横を数人の男たちが通り過ぎていった。
仮面の二人組には目も向けず、入院患者にも見えない。
あれが病院を警護していた覚醒者かとマサキはすぐに気づいた。
カズキの妹は覚醒者に見捨てられて亡くなった。
聞いていた通りに事態が進んでいる。
「被害者は出させないぞ……!」
このままではカズキの妹は亡くなり、カズキは毒王としての悲しい道を歩み出す。
そうはさせないとマサキは五階の病棟に入る。
「あ、あなたたちは何者ですか?」
「ん? 俺たちは覚醒者です。残された人がいないか確認に来ました」
非常階段から出たのは一般病棟で少し先に進むと魔力症病棟と分かれているようだった。
一般病棟を駆け抜けて魔力症病棟に入ると不審者を取り押さえるサスマタを持った看護師がいた。
伊藤と名札をつけた看護師は不安と恐怖で泣きそうな顔をしているが、こんなところにいるということはまだ患者がいるのだなとマサキは察した。
同時に患者を守ろうとしているなんてすごい勇気を持っている。
「覚醒者……? 一般病棟の方に行った人たちは……?」
「……まだ戦っています」
不安げにしているイトウに逃げたなど言えなくてマサキは適当にごまかす。
「それよりも患者がいるのですか?」
「ここは比較的病状が重くて動けない人も多いんです……まだこちらまでモンスターは来ていませんが一般病棟の方に……あっ、後ろ!」
イトウの叫び声に反応して後ろを振り返ると二体のモンスターが立っていた。
[モンスターきたーーーー!]
[疑ってたけどマジみたいだな]
[病院にゲートが発生した速報流れてるからホンモノ]
四足歩行のモンスターでウルフに近いような姿をしている。
「うわっ、キモ……」
比較的戦いやすそうなモンスターかと思ったらモンスターの頭が四つに割れた。
頭部に見えていたところ全体が口だったようで四つに割れた口それぞれに鋭い牙が生えている。
配信のコメントもモンスターに対するもので盛り上がっている。
中には本当に戦いになりそうでマサキやイリーシャを心配する声も上がっていた。
「あなたは下がっててください!」
モンスターが走り出してマサキも前に出る。
大きく開かれた口は意外とリーチがある。
マサキは飛びかかってきたモンスターの口をしっかりとかわすと剣を振るう。
モンスターの胴体はそんなに硬くなく刃は簡単に相手を切り裂いた。
「えいっ」
残りの一体もマサキに飛びかかろうとしたが、口に入ってきたのはイリーシャが放った魔法であった。
「トラ、ここを魔法で塞いじゃってくれ!」
「分かった」
目的はモンスターを倒すことではなくカズキの妹を守ることである。
無用な戦いならする必要はなく、戦わずに守れるならその方がいい。
イリーシャが氷で通路を塞ぐ。
分厚い氷は簡単には突破できないだろう。
「きゃー!」
「悲鳴!?」
「向こうのほうにも一般病棟と繋がる……今の声……山本先輩……」
「……いくぞ!」
待ち合わないかもしれないが行くしかない。
マサキとイリーシャは声の方に走った。
「いたぞ!」
「た、助けて!」
ヤマモトという看護師は先の折れたサスマタを振り回してなんとか耐えていた。
「させるか!」
ヤマモトに迫るモンスターをマサキが切り裂く。
「大丈夫ですか?」
「私はなんとか……だけど……」
ヤマモトの視線の先には腕が落ちていた。
肘から先のもので床には流れ出る血が広がっている。
ヤマモトには両腕があるのでヤマモトのものではない。
血の感じを見るに一般病棟から持ってきたもののようだ。
回帰前に死体なんて散々見てきたマサキは平気だが、ヤマモトは顔を青くして震えている。
「気をしっかりしてください! 入院患者はどうなってますか!」
「そ、そうね……」
今は恐怖に飲まれている暇もない。
マサキに肩を掴まれてヤマモトもなんとか動き出す。
「動ける人を集めてください。バラバラじゃ守りにくい。きっとすぐに助けが来るのでもう少し耐えましょう!」
「は、はい」
[結構ピンチ?]
[でもモンスターは簡単に倒してた感じがある]
[誰か通報した?]
[五階にいるっていうのは通報しました]
[ていうか、さっきのやつら覚醒者だろ? 逃げたのかよ]
[ゲートは六階らしい? 情報届くかな?]
コメントの勢いはだいぶ弱くなった。
嘘でもない本当の緊迫した状況だと伝わり配信に集中している人も多くなっていた。




