氷の女帝3
「イリーシャ・ヴァイマン……どこかで聞いたことが……いや、イリーシャだけかもしれない……うーん」
家に帰ったマサキは頭を悩ませていた。
イリーシャという名前に聞き覚えがあるような気がするのだけど、どこで聞いたのか思い出せない。
非常にモヤモヤした気持ちを抱えてため息をつく。
「リスト……だったかな?」
もしかしたら神様のリストだったかもしれないとマサキは本棚の本の後ろに隠してある神様のリストを引っ張り出す。
日本語で書かれた名前だったら記憶に残っている。
だからあるなら日本語以外の言葉で書かれたものだろうと圭は思った。
神様のリストで意外と厄介なところは全部が全部日本語で書かれていないというところである。
おそらく覚醒者の国の言語で名前も書かれているのだ。
日本人は日本語で書かれているのだが、英語圏の人は英語で名前が書かれている。
今時翻訳することも難しくはないが、人の名前を翻訳したところで結局探しようもないし海外の人を引き込むのはマサキにとってハードルが高い。
だから外国語の名前はほとんど見ていないと同然である。
しかしマサキだって多少英語ぐらいは分かる。
流し見した時に似たような名前があった可能性もある。
「あった……イリーシャ・ヴァイマン……神様のお気に入りだったのか」
書いてあるプロフィールはきっとイリーシャのものだろうとマサキは思った。
女性で生年月日から導き出される年齢的にもイリーシャの年齢と近そうだ。
リストに名前があるということはイリーシャは何かしらの神様のお気に入りであるということになる。
「だけど……やっぱり違うよな」
イリーシャの名前はリストに見つけられた。
しかしイリーシャの名前があったのはずらっと外国語の名前が並ぶ中にであった。
そうなると流し読みも流し読みで名前を見たはずだ。
どこかで見たかもしれないという既視感を覚えるはずがない。
「どこかで見た……というよりはどこかで聞いた、という感じなんだよな」
答えの出ないモヤモヤに苛立ちすら覚え始める。
「チッ!」
マサキはテーブルにリストを投げつけると布団に寝転がった。
ちょっと埃っぽい気はするがどうでもいい。
「少し寝よう……病院じゃ落ち着かなかったしな」
寝て頭をスッキリさせれば何か思い出せるかもしれない。
マサキは布団の上に大の字になって目を閉じたのだった。
ーーーーー
「また氷の女帝がやったらしいぞ」
「本当か? この間のブレイクも解決したのも彼女だろう」
近くで男たちが話している。
マサキは小さな丸テーブルを前にして座っていてぼんやりとしていた。
「S級ゲートを単独でクリアできる人材は貴重だからな」
「彼女がうちの国に入れてくれて助かったよ。それにしても何人なんだろうな?」
「名前からロシアとか言われてる……ただ実際の生まれはイギリスらしいな。だけど話すのは日本語で国籍も日本らしい」
「まあ経緯なんざどうでもいいか。強い覚醒者が近くにいる、このことが大切だもんな」
会話に聞き耳を立てている間にマサキの前に料理が運ばれてきた。
金属のトレーに乗せられた料理はあまり美味しそうには見えない。
「そうだな。まだヨーロッパの国が一つブレイクに耐えきれず滅んだ。アメリカだって国土の半分以上を失っている……もう終わりが近いなんていう奴もいるからな」
「まだこうして飯食えてるだけありがたいな」
「氷の女帝も近々こっちに来てあのゲートを攻略するらしい」
「あれをか? 攻略できたらだいぶこの辺りは楽になるな」
マサキは無言で料理を口に運ぶ。
見た目ほど不味くはない。
ただそんなに美味くもない。
「氷の女帝イリーシャに期待するしかないな」
「どうせ俺たちには参加するような力もないもんな」
男たちは席を立ってトレーを返却して店を出て行った。
「イリーシャ……」
マサキは小さく呟く。
男たちが話していたゲート攻略にはマサキも関わる予定だった。
ただマサキは外でモンスターの討伐を行う予定だった。
会うことはないだろうなとため息をつく。
「チッ……せめてちゃんと温めるか冷たいかにしろよ」
ーーーーー
「思い出した」
目が覚めると平和な部屋の中だった。
終末手前の面白くもない夢を見た。
ただそのおかげでどこでイリーシャの名前を聞いたのか思い出したのだ。
イリーシャは終末近くまで活躍していた覚醒者であった。
氷の女帝などと呼ばれて色々なゲートを攻略してくれた英雄の一人だったが、ゲート攻略に失敗して帰らぬ人となった。
マサキは直接イリーシャを見たことがない。
だからなかなか思い出せなかったのだ。
「……つまり超強力な覚醒者で、神様のお気に入り、ということか」




