氷の女帝2
「そうなんだ。日本語が話せるのはイリーシャ・ヴァイマンという子なんだが君をご所望なんだ。他の子にも通訳をつけて話を聞こうとしたのだけどイリーシャが話さないのならと他の子も話さなくなってしまってね……」
「なんでそんなことに」
「分からない。助けてくれた君のことを信頼しているのかもしれない。もちろん俺も同席させてもらう。少し話を聞いてやってくれないか?」
「……俺でよければ」
シンイチも困っているようだ。
女の子たちがどうなったのか気になっていたし話を聞くぐらいならいいだろうとマサキも考えた。
「イリーシャ・ヴァイマン……」
「何か?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
なんだか聞いたことある名前だなとマサキは思った。
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「調子はどう?」
改めて正面から顔を見ると綺麗な子だなとマサキは思った。
目は透き通るようなブルーなのだが、髪は色素が薄くてほとんど真っ白である。
無機質な取調室に座っているだけなのに絵画のようだと思わせられる。
マサキは軽く微笑みながら声をかけた。
「……えーと」
しかしイリーシャは答えもせず青い瞳でただマサキのことを見つめる。
「俺となら話してくれるって聞いたんだけど……」
人違いだったかなと今更ながら思い始めてしまう。
「うん、あなたになら話してもいい」
「そっか、それならよかった」
ようやく返ってきたイリーシャの言葉にマサキは笑顔を浮かべる。
「こっちもお兄さんも一緒にいても大丈夫かな?」
マサキは後ろに立つシンイチのことをチラリと見る。
イリーシャも冷たい目をしてシンイチのことをわずかに確認してマサキに視線を戻す。
「ダメ」
「……分かった。私は出ていこう」
一瞬期待はしたけれどやはりダメだった。
なんとなくそんな予想はできていたのでシンイチは観念したように両手を上げて取調室を出ていった。
「これでいいかい?」
「……ギリギリ」
「ギリギリ……かい」
「ここはあまり落ち着かない」
「俺も同じ気持ちだよ」
監視カメラもある取調室はどことなく落ち着かない。
シンイチだって出ていったが、取調室にある大きな鏡はマジックミラーになっていてあまり変わらない距離にいる。
取り調べするでもされるでもないが、落ち着ける雰囲気でないことは確かだ。
「ええと、それで……いくつか聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
「うん」
「君の名前は?」
「イリーシャ・ヴァイマン」
「可愛い名前だよね」
「そ」
なんとなく褒めたのだけどイリーシャの耳が少し赤くなった。
感情薄めだけど女の子らしい反応もあるみたいだった。
「君は拉致された。その経緯は分かるかい?」
「ううん、急に変な人たちが来て、気づいたら箱の中だった」
「君はどこの国に住んでいたんだい?」
「言いたくない」
「言いたくない? でも教えてくれないと帰してあげられないよ?」
「……帰りたくない」
「……どうして」
イリーシャは伏目がちに答える。
なんとなく普通の子ではなさそうだと感じた。
シンイチは見た目の特徴からロシアではないかと言っていたけれど他の子と話す時にイリーシャは流暢な英語を話す。
逆にロシア語は分からないようでどこの国の子なのか覚醒者協会の中でも分かっていないようだ。
しかも日本語を話せるのだから謎も深まるばかりである。
その後もマサキは事前に言われていた質問をイリーシャに答えてもらう。
答えたくないものははっきりと答えたくないと答えるのでサクサクと質問自体は進んだ。
「国に……帰りたくない?」
「うん」
「じゃあどうしたい?」
「……あなたと一緒にいたい」
「俺と?」
予想外の返事に動揺してしまった。
イリーシャたちのことを助けた自覚はあるけれど一緒にいたいと懐かれるほどのものではないはずだと困ってしまう。
「私はきっと役に立つ。だから……」
「……俺と一緒にっていうのは難しいかもしれないけど君の意見はちゃんと伝えておくよ」
流石にマサキがイリーシャを引き取るのは難しいだろうと思う。
マサキがもっと強い覚醒者でお金でも稼げているのなら可能性もあるが、万年貧乏の低ランク覚醒者が割と大きな女の子を引き取ることなんて許されないだろう。
ただ国に帰りたくない何かがあるということは分かったのでそのことは配慮してもらえる可能性がある。
どこの国の子かも分からなければ日本で保護するしかない。
そうなれば覚醒者であるようだしちゃんとしたプログラムの下で過ごせるはずだ。
日本語も話せるなら生きていくことはできる。
「まあなんにしても話してくれてありがとね。俺は部外者だから……君がどうなるのかちょっと分からないけど良い結末に落ち着いてくれたらと願ってるよ。それじゃあ息が詰まるここを出ようか。……どうしたの?」
マサキが立ち上がって取調室を出ようとするとイリーシャがそっと裾を掴んできた。
「また……あなたに会いたい」
「じゃあ、また話そうか。今度はこんなところじゃなくて何かジュースでも飲みながらゆっくりしよう」
「うん」
イリーシャが初めて微笑みを浮かべた。
思わずドキッとさせられてしまうような笑顔である。
質問を終えたマサキはシンイチからお礼を受けてそのまま家に帰ることになった。
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