一人目を探せ4
「なんだこいつ……」
しっかりと殴られたけれどマサキは殴られても倒れなかった。
一瞬マサキの目が鋭く光ったように男性には思えた。
マサキが体をねじって反撃の動作をとった。
しかし男性の体はなぜか動かなかった。
防御も回避もできず男性のアゴはマサキに真横に殴られた。
そんなに痛くもない。
殴られても全く問題がないと思った瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
急に体に力が入らなくなり瞬く間に意識がブラックアウトした。
「ふん、ケンカする相手間違えたな」
「大丈夫ですか!」
そこに警官が駆けつけた。
マサキはあえて男性に殴られたのだ。
なぜなら男性の後ろには警官の姿が見えたから。
実際のところ圧倒して制圧することなど容易かった。
けれどそうしてしまうと後々面倒な問題になるかもしれないと考えた。
一発殴られて必死に抵抗したら上手いこと拳が当たって相手が気を失った。
多少怪しくても納得はできる説明となる。
後ろにいた警官からマサキが殴られたところは見えても、マサキが鋭く狙い澄まてアゴへの一撃を放ったことはほとんど見えていない。
覚醒者でも体の構造が人である以上は脳が揺さぶられて無事なはずがない。
たまたま結果的にそうなったのだと主張されれば確かめるすべなどないのだ。
警官が倒れた男性を取り押さえる。
続々とパトカーが公園に到着して大きな騒ぎとなる。
もしかしたら他にも通報していた人がいたのかもしれない。
子供の誘拐事件となればかなり大きな事件であるし、それをしようとしたのが覚醒者ならより重たく見られる。
「だ、大丈夫ですか!」
「つめた……!」
「ご、ごめんなさい!」
後で事情を聞くから待っていてくださいと言われてベンチに座っていると横から何かを頬に押し当てれた。
見てみるとそれはハンカチだった。
ハンカチを持っていたのはレイである。
同じく事情を聞かれるのに公園で待たされていたのだ。
「殴られてしまったので冷やそうと……」
ハンカチを公園の水で冷やして圭の頬に当ててくれたのだ。
「俺よりも……」
マサキはレイのハンカチを持つ手を取ってレイの頬に当てさせる。
「必要なのは君だろ」
マサキの頬もジンジンと痛むがそれよりひどいのはレイだった。
完全に腫れてしまっている。
魔力を使っていないので本気の殴打でもなかったが、体格の良い男性の力で殴られればこうなることは目に見えている。
「あっ……私は」
「ダメだ。まずは君が冷やすんだ」
マサキは逆の手でレイの腫れていない方の頬に手を添えると無理矢理ハンカチを腫れているところに押し当て続ける。
マサキは覚醒者であるし多少の怪我などすぐに治る。
その点レイはまだ覚醒していないただの女の子である。
残るような傷でもないが早く治療するに限る。
「わ、わかりましたから……その、恥ずかしいです」
マサキの力が強くて振り払えない。
頬を挟まれるような形になったレイは殴られたのとはまた別に頬を赤くした。
「全く……俺の心配よりも自分を心配しろ」
昔からそんなところがあった。
という言葉はギリギリで飲み込んだ。
今はマサキとレイになんの接点もない。
少し寂しげに笑うような視線にレイは思わず胸がドキリとするのを感じた。
警察に事情を聞かれていると救急車も到着した。
マサキもレイも命には別状はないが、覚醒者にやられたということで病院で手当を受けることになった。
簡単に検査を受けてもちろんマサキは健康体。
殴られたところは冷やしておくように言われただけで解放された。
「あれ……まだお帰りじゃなかったんですか?」
わざとダメージの少ないように殴られたマサキと違ってまともに頬を殴打されたレイは心配なら入院もできるくらいだった。
しかしレイ自身が入院まではと断りを入れて帰ることにしていた。
「俺も今終わったんだ」
本当はもっと早く終わっていたのだけどマサキはレイを待っていた。
とんでもない事件であったが、これはレイとお近づきになる良い機会だと思った。
「送ってくよ」
「そんな……」
「正義感溢れるケガした女の子を1人で帰せるもんか。もう夜になるしな」
気がつけば外は日が落ち始めていた。
ストーカー男もいるのだから弱ったレイをそのまま帰すのも心配だった。
「あ、ありがとうございます」
消え入りそうな声でレイはマサキが送っていくことを受け入れた。
「私、菅田麗と言います」
「俺は宇佐美将暉だ」
「ありがとうございます。宇佐美さんが来てくださらなかったら危なかったです」
「そうだな。れ……菅田さんも大人しそうなのに無茶をするもんだね」
思わずレイと呼びそうになった。
この段階では知り合ったばかりなのにいきなり下の名前で呼び捨てでは馴れ馴れしすぎる。
「どうしても放っておけなくて。自分でも無茶なことしたなっていうのは分かってます」
レイは照れ臭そうに笑った。
でも回帰前もそんな風に正義感を発揮することがあった。
よく考えてみれば意外なことでもないなとマサキは思った。
「宇佐美さんこそ……すごかったです! こう……ヒュンヒュンってパンチかわして男の人投げ飛ばしたりして!」
あれぐらいどうってことはないとマサキは微笑む。
一度、いや何度でも死の淵を経験して戦えば出来るようになる。
「すごく……カッコよかったです」
「俺がか?」
レイは顔を赤くしてうなずいた。
カッコよかったなど回帰前のレイにも言われたことがない。
いつも逃げ回ってばかりの情けない覚醒者だったのにこんなところでかっこいいだなんて言われるとは驚きだった。




