一つ、変わったこと1
「少しは落ち着いてください……」
病院のデイルームは普段静かな場所である。
サラやカスミなど限られた入院患者しかいないのために、あまりデイルームも使われないのだ。
ただ今は少しうるさい。
一定のリズムでカタカタと音が鳴り響いている。
「そ、そんなことを言ったって……勝手に……」
その音はカズキが鳴らしているものだ。
細かく足を揺らす、いわゆる貧乏ゆすりというやつである。
「今日で五回目……効果を確かめる日なのは分かってます。でもあなたがそんなんでどうするんですか?」
マサキは軽くため息をつく。
カズキは仕事中は優秀な男なのに、日常生活になると少しばかり頼りない人になってしまう。
実験中の不安要素にはものともしないのに、妹であるカスミのこととなると途端に弱々しくなる。
カズキが寝る間も惜しんで作った魔力硬化症の治療薬は完成した。
そして、サラとカスミにすでに投薬は始まっている。
流石に投薬してすぐに症状が改善するほどの劇的なものではない。
時間を空けながら薬を投与していき、今日が五回目だった。
ここまで薬の効果はあるかもしれないが、体を動かさないようにと言われていた。
しかし今日は薬の効果を確かめて、体を動かしてみる日であった。
これで症状に改善が見られなければ、薬は失敗だったと言わざるを得なくなってしまう。
カスミが動けるようになるかどうか、カズキは不安でたまらないのだ。
カズキの気持ちは分からなくもない。
けれども今不安なのは当人たちである。
薬を作ったカズキこそ、効果があるのだと堂々とするべきである。
「そろそろですね。いきますか」
五回目の薬を投与してから一時間が経った。
効果を確かめる時が来た。
バイトでいないダイチを除いて、イリーシャやレイも含めてマサキたちはカスミの病室に向かう。
「お兄ちゃん、手伝ってくれる?」
ベッドにいるカスミは上半身を起こして待っていた。
笑顔を浮かべるカスミの調子は悪くなさそうだとマサキは思った。
カズキがベッドに近づく。
「どうしたら……いいかな?」
「いつものように抱きかかえて」
カスミはパッと手を広げる。
ひ弱そうに見えるカズキも覚醒者である。
覚醒者としては弱いが、一般人と比較すると力の強い方には入ることができる。
カズキはベッドに片膝をついてカスミに身を寄せる。
カスミはカズキの首に手を回して抱きつき、カズキはカスミの体を手で支えてスッと抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこというやつである。
「このままゆっくり……降ろして」
「……大丈夫なのか?」
「うん。信じて」
カズキは心配そうな顔をするけれど、カスミは柔らかく笑う。
信じよう、とカズキは頷く。
足を支える手の力を少しずつ緩めて、足を下ろしていく。
慎重に、何があってもいいようにとマサキも少し身構える。
「…………どう?」
「…………それは……僕のセリフだよ」
体が固くなり、自分で立ち上がることもできなくなった。
立っていることもできなかったカスミは今、カズキの支えもなく立っている。
ニッコリと笑顔を浮かべるカスミに対して、カズキは目を真っ赤にしてウルウルとしている。
「イリーシャ……一緒にお出かけ、できそうだね」
「うん、どこに行く?」
「気が早いね」
イリーシャも珍しくしっかりと笑顔を浮かべている。
「よかった……よかったぁ…………」
「お兄ちゃん?」
堪えきれなくなったカズキが号泣し出す。
「カスミィ!」
「きゃっ! ……もう」
カズキは感極まってカスミのことを抱きしめる。
困った顔をしながらも、カスミはカズキのことを抱きしめ返す。
「とりあえず薬はちゃんと上手く機能してるようだな」
感動的な光景。
レイも目をウルウルとさせている。
「問題は……」
イリーシャとカズキをカスミの病室に残し、マサキは隣に向かう。
目を少し赤くしたレイもついていく。
「おっ、やっと来たか」
隣の病室はサラのものだ。
病室の入り口横でケンゴが待っていた。
カスミに硬化症が治る兆しが見えたことはとても良いことだ。
だが、サラはどうだろうかとマサキは思う。
カスミとサラを比べた時、カスミはサラよりも病気が進行していない。
カスミは軽度から中度程度で、下半身が動かせない。
対してサラはもう重度と言っていい。
首から下がほとんど動かせない。
カスミに薬が効いたからと、サラにも効く保証はどこにもない。
重度の症状が出ているから薬が効かないという可能性も否定はできないのだ。
「先に入ってればいいだろ」
「こういう時は一緒だろ?」
ケンゴの顔を見る限り、サラに効果があったのかどうかまだ確かめていないようだった。
マサキはケンゴに押されるようにしてサラの病室に入る。
「サラ……?」
サラはベッドに寝ていた。
カスミは明らかにニコニコとして待っていたが、サラはマサキたちの方を向いていなので顔も見えない。
ダメだったのか。
そんなチクリとした不安が胸を刺す。
「ねぇ、マサキ……」
「なんだ?」
隣の病室からカズキがワンワンと泣く声が聞こえてくる。
それに比べてサラの病室は静かだ。




