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少し楽になった

「でな、さっき『甘え』って言ったのはな、『自分が苦しいのを自分以外の何かの責任にしてる』ってことが言いたいんだ」

「どういうことですか?」

「それは『働いている』じゃなくて、『働かされてる』と思ってるからじゃないかってことだ」

「…」


 理は図星だった。なぜ図星なのかは上手く説明できないが、感覚的に図星なことだけはわかった。


「『働かされてる』と感じてるヤツはどこまで行っても『働かされてる』という状況から抜け出せない」

「それはなぜかって言うと、得体のしれない《《何か》》に『自分の仕事』ってところを握られているから」

「自分の仕事を握っているその《《何か》》は君から自分の仕事を奪ったわけじゃない、君が自分から差し出しているんだ」

「『働きたくない』ってな」

「で、そういう思いを自分の会社や社会全体に対してぶつけてる」

「自分の外側にな」

「それが甘えだよ」

「自分の外側に自分の仕事の責任を擦り付けてるんだ」

「自分の仕事は自分のことなのに」


 そう言うおじさんは、まっすぐ理の目を見つめてきた。彼はその言葉に腹も立ったが、どうやっても反論することができず、下を向いてしまう。自分が色んなものに甘えていたことに気付いてしまったからだ。


「働きたくないのはよくわかる」

「俺もそういう時期があったから」

「でも、働かないとお金に困るだろ?」

「だから、俺は自分から『働く』って決めたんだよ」

「甘えるのを辞めた」

「自分で自分の人生を生きるためにな」


 理はおじさんの言葉に顔を上げる。


「意外とな、『働く』って決めるだけでも働けるもんだよ」

「そういう…ものですか…」

「あぁ、どんな働き方をしてもいいし、どんな仕事をしてもいい」

「全部自分で選べばいいし、決めればいい」


 おじさんは一生懸命に話している自分に気付くと、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ごめん、熱くなっちゃった」

「いえいえ、そんな…」

「今のは全部忘れてくれ、押しつけがましいにもほどがある」

「いや、もっと聞きたいです」


 理はおじさんをまっすぐ見つめる。そんな彼を見て、何かを感じたのか、おじさんは突然笑い出した。


「ワハハ!そうか、聞きたいか!」

「自分で気付けないことを色々気付かせてくれたので…」


 今まで自分の中にあったモヤモヤしていた部分が少し晴れ、理は心と体が軽くなった。それは目の前のおじさんが話してくれた内容が、あまりにも自分に当てはまっていたからだ。


「たしかに話してあげられることは他にもいろいろあるけど、それを自分で見つけられる方法を教えてあげるよ」

「なんですか?」


 理はおじさんの言葉に前のめりになる。


「それはな、自分がどうしたいのか『自分で考える』ってことだ」

「ん???」


 理は「よくわからない」と言った表情を浮かべ、首をかしげた。


「わからないか、君はあんまり普段から自分のことを考えてないな」

「はぁ…?」


 理はおじさんが言っていることがまったく理解できない。


「ごめんごめん、自分で考えるって言うのは『自分に質問』して・・・」

「~♪」

「?」


 おじさんの言葉を遮るように突然理のスマホが鳴り響く。


「すいません!会社です」

「もしもし…」


 理が電話に出ると、相手は店長だった。「まだ帰ってこないのか?」と聞かれた彼は、「もうすぐ戻ります」とだけ答えて電話を切る。気が付けばそれなりに時間が経っていたようだ。


「すいません、そろそろ戻ります」

「『遅い』って怒られたか?」

「まぁそんなところです」

「気をつけてな」

「今日はありがとうございました」


 理はそう言うと、料金表と一緒に置いた自分の名刺を手に取り、改めておじさんに手渡した。


「遅くなってすいません、コンフォートレンタカーの髙平です」

「あぁ、ちょっと待ってよ」


 おじさんは理の名刺を受け取ると椅子にかけてあった自分の上着から名刺を取り出す。


「山岡モータースの山岡です」

「改めてよろしくお願いします」

「また、いつでもおいでよ」

「ありがとうございます」


 そういうと、理は山岡モータースをあとにした。


 帰りの車の中は心と体が軽かった。理にとってそんな自分でいられるのは、とても久しぶりのこと。普段の自分がどれだけ重苦しかったのかにも気付かされた。


 ――いい人だったな


 そして、おじさん改め、山岡との出会いにも喜んでいた。人間関係が苦手な理が人との出会いに喜ぶのだ。彼にとっては、それだけ嬉しい出来事だったと言える。


 会社に戻ると、すでに夕方5時を回っていた。理の様子がいつもと違うのに気付いた眞鍋が声をかけてくる。


「何かいいことあったの?」

「あっ?あぁ、まぁ…そうだね」

「何なに?」

「少し楽になった」

「何が?」

「僕自身が」


 眞鍋は理の話に顔が「?」となる。彼は今日、営業で回ったところを店長に報告すると、明日の営業先を帰る前に決めることにした。普段の彼ならすぐにでも帰るところだが、自分の中にあった「働きたくない」という考え方が「働く」に変わったからだ。決して仕事に気合いを入れているわけではない。


 それを見た店長は少し目を丸くしたあと、嬉しそうな表情を浮かべる。そんなことを知らない理は黙々と自分のやるべきを済ませた。


 ――明日も頑張ろう


 一通り明日の準備を整えた理は退社。帰りには普段と同じようにスーパーへ立ち寄り、お惣菜を買って帰る。帰宅後はお風呂に入って食事を済ませ、昨日一話目の途中でやめた海外ドラマを見ることにした。今日はwebライターの仕事はお休みだ。


 ノンフィクションにフィクションを織り交ぜた内容は見ごたえがあり、一話一話と見るうちにドンドン惹きこまれていった。女詐欺師のやり方はメチャクチャで、それを見た理は「この人も甘えてんだろうな」と感じた。


 二話ほど続けてドラマを見たあと、彼はノートPCの電源を入れた。


「かわいい」


 昨日手に入れたブタのフィギュアを手に取り、自然と笑みがこぼれる理。彼にとってこれは癒しのひとつだ。見ているだけで心と体の力が抜ける。


 ――子ブタの動画でも見てみるか


 理はネットでかわいい子ブタの動画を検索。どれもサムネから愛くるしいのが伝わってくる。その日は子ブタの動画をいくつか見て寝ることにした。


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