むかしむかし、のはなし。
設定ガバガバです。読んでやるかって人は薄目で読んでください。
むかしむかしあるところに、美しいお姫様がいました。お姫様は王様の元でとても大切に育てられましたが、そのせいで外の世界を知りませんでした。
お屋敷から出られないお姫様は御伽話を聞くのが大好きでした。一度でいいから御伽話に出てくる場所に行ってみたい。外に行きたい。そう思い始めるのに時間はかかりませんでした。
ある新月の夜、お姫様はこっそりお屋敷を抜け出して海岸を目指しました。
大好きな御伽話に出てきた場所を、一度でいいから見てみたかったのです。
しかし、その海岸まではとてつもなく遠く、お姫様は何度も諦めそうになりました。
やっと辿り着いたと思った時、怪我を負っていることに気づきました。
ここまで来ることはお屋敷育ちのお姫様には過酷なことだったのです。
泣きそうになったその時、お姫様は大きな手に助けられました。
優しい手に、心配げに覗き込む黄金色の瞳。
お姫様はすぐに恋に落ちました。
しかし助けてくれたのも束の間、その人は急いでいるように去っていってしまいました。
まだ名前も聞いていません。
その上、新月だったものですから、お顔がよくわからなかったのです。
住む世界が違い、名前も知らない人。しかし、外の世界を夢見ていたお姫様にとって、外の世界と自分とを繋ぐたった一つの架け橋のような存在に思えてなりませんでした。どうにか会いたい。会って、お礼を言いたい。しかし、無理なことはわかっていました。
勝手に出て行ったことを王様がカンカンに怒ったからです。
その人を探しにも行けず、お姫様は大冒険から帰ってからずっと落ち込んだまま。
時は進まず、その人はずっとお姫様の心に居続けました。長い間塞ぎ込んだままのお姫様をかわいそうに思った王様は、お姫様にあることを許すことにしました。
むかしむかしあるところに。
ようやく許可が降り、その地に降り立った時、訪問への期待は泡の如く弾けた。私がこの地を離れて数年経っただけなのに、すでに知りうる景色は全くと言っていいほどなくなっていたからだ。
美しい山並みや見渡す限りの田園。
それがまるで初めからなかったかのように別のものになっていた。灰色の巨大な四角、四角、四角。一体あれはなんなのだ。
そこで母の言葉を思い出す。
カエルの鳴き声、風の囁き、あなたが見向きもしなかった小石の一粒に至るまで、あなたを何一つ覚えていませんよ。それでも行くの?
母はこのことを言っていたのか。
ここに来て、それからどうしようだなんて考えてなかった。
だって、何もかも変わらないと思っていたから。
‥あの人は私を待っていてくれる思っていたから。
夕日が水平線に沈む頃、私は1人海を眺めていた。
1人賑やかな街中を歩くのは怖かったし、なによりここには誰も私のことを知っている人がいないのだと思うと辛かったから。
時間の流れとは残酷なものだ。
あそことここは、時の流れが違っただけ。ただ、それだけなのに、私はあの時代に忘れ物をしすぎたみたいだ。
先ほどから波が寄せる音と一緒に子供たちの声が聞こえてきてほんの少しだけ私の心を和ませる。
どうやら数人の子供が遊んでいるらしい。
ふと目を凝らして子供達が何をしているのか見ると、なんと亀をいじめていた。
石を投げたり、木の棒でつついたり、全く遠慮がない。
こんなことをしていたなんて。
はぁ、とため息をつく。
まったく。子供も考えようだな。
「君たち、何をしているの?」
私が呼びかけると子供たちは一目散に逃げ出した。
自分たちがしていることは後ろめたいことだとわかってやっていたらしい。
本当に仕方ない子供だ。
私は亀に近寄って亀を抱き抱えると、海に離してやることにした。
「ほら、もう子供に見つかっちゃダメだよ」
「あの」
いきなり声がして、私は振り返った。
しかし、誰もいない。
「あのぉ」
再び声がして、私は辺りを見回す。
「違う違う。ここですよぉ」
「‥え、亀?」
「はい、亀です」
「‥は」
私は驚いて亀を落としそうになってしまった。
「僕、亀山っていいます」
「‥あ、はい」
私は曖昧に頷く。
「ありがとうございます。帰ろうとしたら子供が近寄ってきて、捕まってしまったんですよ」
「‥はい」
どうすればいいのかわからず、砂浜に亀を抱き抱えながら私は1人、亀とおしゃべりをしていた。
「ここいらは初めて来たものですから道に迷ってしまって」
「‥そうなんですね」
「だから、本当に感謝しかありません。ぜひうちに来てくださいな。お礼をしたいんです」
「はい‥はい?」
思わず聞き返してしまった。
「僕、旦那様から言われてるんですよ。恩はきっちり返せって」
「‥ええと、そんな‥大丈夫ですよ」
亀の家ってことは、海でしょ?いや‥陸なのかな?
亀についてよく知らないからわからない。
でも、なんだか気にするのはそこじゃない気がしてきた。
「じゃあ、早速行きましょう」
亀山は有無を言わせずにキッパリと言い切った。
しかし所詮は水盆サイズの亀である。
私の腕からは抜け出せまい、と思ったが、みるみるうちに大きくなって、重たくなった。
流石に持てないと浜辺に下ろしてやると亀山は言った。
「ほら、乗って乗って」
「え、のる?!どこに?」
「背中でしょ!乗ると言ったら」
「え?!」
こうして亀を助けた私は何故か亀山の実家にお邪魔することになったのである。
目を覚ますとなにやら大きなふかふかしたものに寝かせられていた。
これは知っている。西洋のベットだ。
そこで我に帰る。
‥あれ?ここってどこだっけ?
部屋を見渡していると、窓の外に目がいった。
「‥え?」
窓の外は一面深い青。そして近くに珊瑚が生えているのが見えた。
つまり、ここは。
「‥海?」
その時、扉を叩く音が聞こえた。
あ、ノックってやつか。たしか返事をするんだったか。
私は声を上げる。
「はい」
「あ、亀山です」
一体亀山はどうやってノックをしたのだろうと思いながらも頭を下げる。
「目がさめてよかったです。うっかり潮に入ってしまってまた迷っちゃって」
「はあ‥」
生返事を返す。
なにより私の目は亀山の後ろにいる女性に釘付けだった。
こんな美人さん見たことない。
陶器のような白い肌にほんのり染まった頬。
なんといっても艶めく黒髪が彼女の美しさを際立たせていた。
「あのー‥」
亀山が私に呼びかける。
「どうかなさいました?」
私は我に帰って亀山に向き直った。
「‥なんだかこんなところ連れてきてもらってすみません」
「いえいえ。本当に嬉しかったんですよ」
亀山の表情は読み取れないが、声色は嬉しそうだった。
「ところで‥」
チラリと私は亀山の後ろにいる女性に視線を向けた。
「ああ、こちらは」
亀山が紹介しようとしたところで女性が亀山を制し、自ら口を開いた。
「初めまして。キノトと呼んでください」
微笑みかけられてうっかり赤面してしまう。
「‥初めまして、私は‥」
少し考えてから言う。
「サクと呼んでください」
亀山はこの屋敷の奉公人らしい。私が気絶したとき慌てて医者を探していると、奉公先の主人が快くお抱えの医者と場所を提供してくれたそうだ。
ここの主人はだいぶ親切なようで、亀山もその方を慕っているようだった。
「とってもいい旦那様なんですよ。僕の家族もお世話になってまして。あっ、オト様のお父様なんです」
「オト様?」
「ええ。ほら、そこにいる」
亀山の視線の先にはキノトがいた。
「‥えと?」
首を傾げると、キノトは言った。
「ここの皆にはオトと呼ばれています」
「ああ、‥そうなのですね」
あだ名のようなものなのだうろか?
それにしても、なぜキノトまでここにきたのだろう?
お嬢様がわざわざ奉公人の恩人に会いに来ることってあるのだろうか?
「さて、先ほどお医者様から異常はないと言われましたので、もしよろしければこのお屋敷を案内いたしましょう」
亀山がなぜか自信ありげに言った。
亀山が奉公している先は立派なお屋敷で、回廊にはさまざまな魚が泳いでいた。
海底に人が来ることなんて滅多にないことらしく、魚たちはみんな私と話したそうにしたが、キノトがいるせいか話しかけては来なかった。
やはりお嬢様の手間、自分の仕事を放棄して私に話しかけるわけにはいかないのだろう。
回廊を2人と一匹で歩いていると、大きな塔が見えた。
「‥あの塔はなんですか?」
「ああ、星読みの塔です。オト様は星を眺めるのが大好きでしてね。オト様が幼い頃に旦那様が作ってくださったのです」
「へえ‥月‥が、ここからでも見えるのですか?」
「いいえ。だから、塔に登って海面から見るのです」
「なるほど。どの星が好きなのですか?」
私はオトを振り返り、少し笑いかけながら言った。
オトは私をじっと見つめると少しだけ逸らした。
「織姫星です」
「ああ、夏に見られる一番明るい星ですよね」
たおやかな容姿で星好き。そしてその中でも織姫星と呼ばれるベガが好きとは。
とても可愛らしい。
「今日も天気がよろしいので見られるのでは?新月でもありますし、きっと美しく観測できますよ」
亀山が意気揚々にいう。
「‥そうだね」
ぽつりとキノトがつぶやいた。
なんだか変な空気になってしまった。
私は何か言おうと口を開いたが、先にキノトが口を開いた。
「サクさんは?」
「‥私?私は‥」
私も星が好きだ。
キノトのように塔を作ってなんてもらってはいないけれど、よく星を眺めていた。
「‥美しい、青い星」
「青って水?水好きなんですか?」
亀山がなんだか嬉しそうに言う。
「そうですね、水というより、海が好きです」
「そうですよね、この海、綺麗ですよね」
ウキウキと亀山が話す。
キノトは黙っていた。
庭園にやってくると、亀山は今日一番誇らしげな顔になった。
「ここは旦那様が大事になさっている庭園です。なんと四季折々の景色を見ることができるのですよ」
四季折々…?
海の底なのに?
首を傾げていると、上から何かが降ってきた。
はっとして上を見上げると、確かに海面が見える。
しかし、舞っているのは雪である。
「‥なんで‥」
「まだまだ終わりじゃないですよ!」
ほら、と後ろを向くように促されて後ろを向くと、目の前には桜の木が咲いていた。
先ほどまでは元気な緑色の葉だったのに、今では桜が咲いている。
「みるたびに変わるんです。それがこの庭園の秘密でして」
「‥綺麗ですね」
心からそう思った。
あそこにいた時も、こうやって四季と共にあの人と歳をとって行くのだと確信していたのに。
思わず泣きそうになって口元を抑える。
「ほら、あちらでは美しい紅葉が見られますよ」
亀山の声がして慌てて笑顔を作った。
その時キノトと目が合う。
キノトは悲しそうに私を見ていた。
日が落ちてくるのを海底からみると、部屋に戻って夕食となった。
何故か亀山とオトもやってきて、一緒にご飯を食べた。
「お酒は飲まれますか?」
キノトが直々に釈をしてくれるらしい。
「あ‥ではいただきます」
なんだか悪いな。
「キノトさんも‥その、私に気にせず飲んでくださいね」
「‥ではお言葉に甘えて」
ほんの少し笑うとキノとはお酒を口に運んだ。
「庭園、綺麗だったでしょう?」
しばらくして亀山が言った。
「とても」
私はおおきく頷く。
「まあ、おとぎ話の場所にもなってますからね!」
「‥御伽話?」
「あれ、知りませんか?」
「‥ごめんなさい」
私が謝ると、亀山は話し出した。
「海のお姫様と陸の人間との恋物語ですよ」
「‥へえ‥」
海のお姫様といったら目の前にいるキノトだが、陸の人間でこの美しい姫に釣り合う人なんて居なそうだ。
「ある時人間がカメを助けるんです。それで海底に招待され、そこにいる姫と恋に落ちるんです」
「‥亀を助ける」
私が呟く。まるで私じゃないか。
「はい。実は僕のご先祖さまなんですよ」
「‥え、助けられた亀がですか?」
「はい!御伽噺だなんて言われてますが、本当の話なんです」
「じゃあ、その頃から亀山さんのご先祖様はここに奉公してらっしゃったんですね」
「そうなんですよ」
そこまで歴史がある家だったのか。
でも、確かにあの庭をみたら説明がつくし、星を見るための塔をぽんとつくるのにも納得する。
そこで扉から声が聞こえた。
「失礼します、亀山はいますか?」
「あ、僕ですね、ちょっと失礼します」
そう言って亀山が退席すると、キノトと2人きりになった。
「‥きっと、その2人で幸せに暮らしたんでしょうね」
いいなぁ、ぽろっと呟いてしまった。
「いえ、それから人間は陸に帰ってしまいました」
キノトが亀山の代わりに言った。
「え‥どうして?」
「さあ…。ここの暮らしに飽きたのか、それとも姫のことが嫌いになったのか」
「‥そんな‥じゃあどうなるのですか?」
「‥姫は人間にある箱を渡すのです。絶対に開けてはならないと言って」
「‥開けてはならない?なのに渡すのですか?」
「はい」
キッパリとキノトは言った。
「そして、人間は愚かにもその箱を開けてしまいました」
「‥え」
その箱には何が入っていたのか。それはすぐにわかった。キノトが答えを言ったからだ。
「その箱には、乙姫の思いが込められていました」
「‥思い‥?」
手紙だろうか?
「‥サクさんは、思っている相手にどうやってそれを伝えますか?」
言葉、とすぐに言えなかった。
かくいう私も長い間文通をしていたにも関わらず想いを伝えられなかった1人だ。
でも、どんな言葉を選ぼうか、どんな内容にしようかと毎回頭を悩ませて、何度も書き直した。
きっと、それが思うということだろう。
答えない私を気にせずキノトは言った。
「思っていれば思っているほど、言葉なんて軽いものにのせるのはいけないのではないかと思うようになる。少なくとも、私は」
言葉じゃないと伝えられないことももちろんありますが、とキノトは続ける。
「でも、姫は開けてはならないという箱を送ることで思いを人間に渡したのです。
‥人間は、箱を開けたことで何年も歳をとった姿になってしまいました。‥海底と陸の時間の流れは違うから‥」
「それが姫の思いだったと?」
歳をとって欲しかったということだろうか?
それとも、自分を置いて帰るといった人間への報復?
「‥今も昔もここにくる人間には時間の箱を渡さねばならないという決まりがあります。
その決まりに沿って姫は箱を人間に渡しました。
でも、決して開けるな、と言ったのです。」
キノトはじっと私を見て言った。
「わかりませんか?」
その人間と共に歳を取りたかったという気持ちと、まだ若いまま陸に帰してあげたいという思い。
若いならまだなににでもなれるから。
「姫の思いは‥届かなかったけれど、私は姫が羨ましい」
「‥それは‥なぜ?」
キノトはそれには答えなかった。
黙ってお酒を口に運び始めたキノトを見ながら私は言った。
「私、久しぶりに戻ってきたんです。ここに」
「短い間だったので、すぐに会えると思っていました。‥でも、思った以上に時は早くって」
「あの時、私にも思いをつたえる勇気があればなと何度も後悔しました。でも、時間って戻らないんですね」
乾いたように笑う。
その時、キノトがぽつりと言った。
「過ぎて欲しいけれど、過ぎてなんて欲しくないんですよね」
思わず泣きそうになる。
「キノトさん‥だったら、忘れたいですか?」
「時間がたつのって、忘れるんじゃなくて、自分になっていくことだと思います、自分の中でその記憶が生き続けて、ある時ふっと思い出すんです。ああ、素敵な思い出だなって」
「‥そうなるのにどれくらいかかりますかね」
私の目に浮かんだ涙をキノトさんが拭ってくれた。
「長くかかりますよ。でも、その間全部が苦しいわけじゃないから」
そう言って私に何かを握らせた。
「‥これは?」
「その間の暇つぶしですよ」
「‥暇つぶし…」
なんの鱗だろうか?綺麗でピカピカと光っている。
「海では大切な人にこれを送るんです。‥あなたは私にとって、特別‥で、元気になってもらいたいから‥」
言い淀んでいるけれど、元気づけてくれているのだ。
「‥ありがとうございます」
キノトが優しくてついつい涙が溢れた。
光が差し込んできて、目を開けた。
どうやら誰かがベットに運んでくれたらしい。
海に来てこの体たらく。せっかく母が内緒で手引きしてくれたと言うのに、父に気づかれたら絶対連れ戻される。
起き上がると横のベットでキノトが寝ていた。
どうやら昨日泊まった部屋とは別の部屋らしい。
‥というか私、お姫様と同じ部屋でいいのかな‥?
長い艶やかな髪で顔があまり見えないが、キノトはまだ寝ているに違いない。
昨日は気を使わせてしまったと後悔しながらもサイドチェストに置いてある美しい鱗を見ると、少し元気が出た。
うん、ほんの少しだけ前に進めた気がする。
その時モゾモゾと後ろから音がした。
「あ、おはようございます」
私が後ろを振り返りながら挨拶をするとオトはまだ布団の中にいた。
「‥おはようございます‥」
そう言いながらも布団に潜っている。ほんとうに可愛らしい。
「‥ん?」
時間差で私は首を傾げる。
なんかこの美人な顔から低音が聞こえたような‥
「‥んんっ、」
オトは軽く咳払いをしながら私と同様に伸びをしている。
なんだろう、風邪とかかな?だったら申し訳ない。
私が着替えを済ませようと衝立の向こう側に行くと、向こうでも布が擦れる音がした。きっと着替えているのだ。
「キノトさん、私そろそろお暇しようかと‥」
そう言って衝立から顔を覗かせると私は固まってしまっあ。
彼女は半裸で、今から着物に腕を通そうと言う時だった。細い手足や美しい瞳はそのまま。しかし、女性が持っているものが、ない。
「‥え」
「‥ああ、これ‥」
彼は自らの胸をつるりと撫でた。
「そろそろだと思っていたんだ。まさか今日変わるとは思っていなかった」
心なしか昨日より身長が伸びて、骨格もシャープになっている。というか、本当にキノトさん?
「‥な、にが?」
「性転換。海には多くの魚がいる。その中に、性転換する魚がいる」
オトはなんてことのないように言うと着物に袖を通し、襟口に入り込んだ艶やかな黒髪をバサリと横に流した。
「‥え、さかな‥?」
「当たり前だろう。海に住んでいるんだから‥まあ、君は知らないか、かぐや姫」
私はぴしりと固まった。私の名前、知っていたの‥?
「隠しているところ悪いけれど、流石に月帝から2日も隠せない」
「‥え」
「父君である月帝に君が海底にいることが知られたらまずいんじゃないか?」
確かに陸に行くとは言ったけれど、海にいくとは言っていない。
いや、いいのか?わからないな。
それよりも、だ。
「海の国には王女しかいないはずでは?」
昨日の庭を見て確信したが、ここは海を治める竜宮城だ。そして、この人は。
「生まれた時の性別は決まっているが、そこから性転換ができる。そういう魚だ」
竜宮城がある海の国は我が月の国と次元が似ている。
月の国と海の国は仲が良く、言葉を話せる魚もいるのを知っていたので亀山が話をしてもさして驚かなかった。しかし、王族がそういった魚なのは全く知らなかった。
キノトが立ち上がって私に近寄ってきた。
あんなにしどけなくて可愛らしかったオトの身長は、すでに私の背をゆうゆうとこえている。
キノトは月から見た地球のような、深い海の底から見た水面のような形容し難い青色の瞳で、私をじっと見る。男になってもキノトは相変わらず美しく、綺麗だった。
その時バタバタと廊下から音が聞こえてきた。
「ちょっとオト様!探しましたよ‥って、もしかして今日変わったんですか?!」
そこには深い緑色の髪を短く切った青年が立っていた。
「おはようございます、よく寝れましたか?というか、大丈夫でしたか?」
私の方に近づいてきて耳元による。
「この魚、変なことしませんでした?女性に手荒な真似はしないと信じているのですが…」
そこでじろりとオトがこちらを睨む。
「するわけがないだろう。そもそもつい先ほど変わったんだ。というか、お前が先に眠ったから‥」
「ちょっと待って、あなた‥」
私が会話を制して青年に言った。
「‥亀山さん?」
「あ、亀山です」
亀山はにっこりと笑って言った。
「‥え、人間…」
「ああ、違いますよ、でもすこーし人間の血が入ってるんです。昨日はとにかく、オト様が自分が変身するまで待てって聞かなくて…」
そこで亀山は口を継ぐんだ。
じろりとキノトが睨んでいる。そこで亀山は私の手のひらにある鱗をめざとく見つけた。
「あっ、殿下鱗受け取ってもらったんですね、良かったですねぇ!‥じゃあ、僕はそろそろ報告に行って参りますよ」
「ああ」
「‥なんの話ですか?」
「サクさん、王族は滅多に魚の姿には戻らない」
「‥はい」
真剣な表情で瞳を覗き込まれる。
「‥だから、鱗はとても大切なものだ。自分にとっても、‥相手にとっても」
そんな大切なものを私が貰ってもいいのですかと言おうとすると、遮られた。
「君を特別だと言った昨日の気持ちは変わらない。今までも、これからも」
「‥それってどういう」
「朔の夜は好きか?」
いきなり聞かれて眉を顰める。
「‥好きです」
昔は朔の夜にいろんなところに遊びに行った。
月に一回、父の目が届かない夜だったから。
「僕も。‥でも、暗闇のせいで君が見えないのはこまるから、たまにでいいかな」
キノトが寂しそうに微笑んで言った。
「‥今度は君の顔が見えるように、僕が満月の夜に会いにいくから」
その笑顔になんだか心が少しだけ震えた気がした。
むかしむかし、あるところにお姫様がいました。
お姫様は幼い頃から大切に育てられましたが、そのせいで外の世界を知りませんでした。王の目が届かない新月の夜、お姫様はお屋敷を抜け出して、海岸に行きました。
海が見てみたかったのです。
初めての外はお姫様にとって大冒険でした。長い時間をかけてようやく海に辿りつくと、岩陰に何かがいるのに気がつきました。
近づくと、それはそれは綺麗な黒髪をした人魚でした。怪我をしているのに気づくと、お姫様は自分の洋服を破り、手当てをしてあげました。
しかし、日の出は迫っていました。
いつまで経ってもぐずぐずしているわけにはいきません。
お姫様は手当が終わると急いで家に帰りました。
しかしその大冒険が父親である王様に気付かれ、姫は罰を受けることになりました。
記憶を失った姫は陸で過ごすこととなります。
あんなに憧れていたのに、その憧れの心は一切奪われてしまったのです。
その後、姫は陸で恋をしましたが、住む世界が違いすぎて叶わぬ恋となってしまいました。
傷ついていましたお姫様は、ある時王子様と出会います。王子様は献身的な愛で塞ぎ込んでいたお姫様の心をゆっくり溶かすと、お姫様はいつの間にか王子様のことが好きになってしまいました。
ある新月の夜、添い遂げて欲しいと王子様から言われたお姫様は、心から嬉しく思いました。
そうしてお姫様は王子様と末長く幸せになりましたとさ。
百合じゃなくてすみませんでした。