57.地上のレストラン 〜想いは募り 今あなたへ〜
■地上 宿屋→レストラン
「それにしても久しぶりにシャンプーとか
ソープとか使いましたよ
気持ち良かった!
八階で温泉には入れましたけどそれでも
ずっと身体を洗いたかったんです
必要が出て良かったぁ
トヤさんは
いつも水回りどうしてるんですか?
あの毒の泉は浸からないでしょう」
「毒を入れる前は使っていたが──
実はトイレもあるの分かったか」
「そうだトイレ!
えええ
気付きませんでした
──あ
着きましたよ
ここです」
* * *
既に日は暮れて
オレンジ色の明かりが
四角い窓から
いくつも夜道に落ちている
迷宮にあるものに比べると
華美だけれども
すごく軽いドアが入口にひとつ
それを開けるとベルが鳴った
人数を聞かれて二名と答えると
すぐに空いている席へ通される
店内はそこそこ広いが
客の姿はまばらだ
聖騎士や司祭など
駆け出しの探索者が憧れてやまない
上級職に就いている者が客層で
この上品さが
かもし出されている
ナイラは迷宮のモンスター相手に稼いだ
治癒魔法のお駄賃が相当な額あるので
こんなグレードの高い店に入って
ふたり分払うことになっても困らないのだ
「今日は何が良い」
「青のリキュールで上物が入っております
こちらで作った『青天の霹靂』というカクテルが
本日のおすすめとなっております」
「ある意味
今宵に相応しいな
それをもらおう」
「私はそのリキュールで何か
すごく軽いカクテルを作っていただければ」
「かしこまりました」
他にも二人分のフライドポテトとか
ホワイトソースとミートソースを
交互にかけたパングラタンとか
ウィンナーとチキンステーキのグリルなどを
注文してメニューを閉じると
ウエイターは足音も控えめに去っていった
すぐにやってくる二つのグラス
トヤのグラスは円柱型で
透き通ったブルーのグラデーションが美しい
別添えで黄色い粉砂糖がついており
それをマドラーで加えると
グラスの中で雷が光るような視覚効果が得られる
ナイラが何度も砂糖を入れたがって
トヤに止められていた
いわく「俺が飲むんだぞ」とのこと
ナイラのほうは丸っこいグラスだった
カクテルの色は白っぽい淡いブルー
白い砂浜に遠浅の海を思い出させる
ふたりは互いのグラスを持ち上げて
笑みを見かわした
「「乾杯」」
トヤは一口飲むとグラスを置き
手の甲にあごを乗せる形で頬杖をついた
「お前の迷宮完全攻略祝いだな」
「やあ
それ祝ってくださるなんて~
うれしいです!」
グラスを両手で持って傾けるナイラは
ちびちびとカクテルを口に含むと
ほんのりと頬を染めた
ナイラは普段は酒を飲まない
だが
今日ばかりは別だ
頼んだカクテルは
十階踏破の祝いを兼ねている
それをトヤにくんでもらえて
彼女は素直にうれしかった
「ありがとうございます
でもここだけの話ですけどね」
毒を洗い流すために急いでいたこともあるが
着替えを取りに戻った宿屋でも
周りに迷宮制覇を言いふらすことはしなかった
「お前
真っ先に言いそうだけどな」
「信じてもらえないですもん
それにズルしたも同然で」
「あー……証拠の品もないしな
ズルって?」
「私モンスターからは
逃げてばかりだったから」
「それはまあ
なんだ
気にしてたのか」
「いえ
私の選択は
間違ってないと
そう思ってます
けど……」
「『けど
他の探索者に
それを認めてもらう
必要はないとも思う』
──か?」
「……っ
はい」
二人は代わる代わる
細いフライドポテトを
つまんで口に運ぶ
トヤはため息混じりに笑い
油や塩が付いてない方の手で
ナイラの頭を撫でた
「──よくやり遂げたな」
「……!
も、ちょっ
恥ずかしいですよっ」
「良いじゃないか
ここではお前の頑張りを
知っているのは俺だけだ
讃えてもバチは当たらん」
「──あーぅ
んと……
ありがとう、ございます」
酒のせいばかりでもなく
真っ赤になって
やや俯きがちになると
ナイラはぼそぼそと礼を言った
それを見届けたトヤは
満足そうに
口角を上げた
そこでナイラが
がばっと顔を上げたのは
照れ隠しだけが理由ではなかった
「そうだ!
私のことばかりじゃないですよ
トヤさんだって」
「俺がなんだって?」
「トヤさん地上にきたの初めてじゃないですか?」
「あー……まあな
特に街はこれが最初だ
たまに所用で森はあったが」
「お祝いです
トヤさんの街デビュー」
「そんな良いもんじゃない」
良いものであってほしかったナイラは
少し寂しくなって
微笑みに微かなかげりをまぜて
小首を傾げた
「これからも時には一緒に来てくれないんですか?」
「…………」
トヤはウインナーを一口かじって
残りを自分の前の取り皿に置いた
ナイラを真っ直ぐに見つめる
彼の金色の瞳からは
肯定も否定も読み取れない
彼は口を開いて淡々と聞いた
「お前は本当に良いのか?」
「何がですか?」
「俺とともにあの迷宮で生きていくことだ
お前はどちらかと言えば
地上が似合う女だ
迷宮では生きづらかろう」
彼の心が読み取れないのは
あえて感情を抑えているせいだろう
ナイラにはそう思えた
彼女の表情からかげりが消えて
代わりに困ったような
少し苦いものが加わる
「……私のこと
一緒にいなくても良いやって
そう思うんですか?」
「思わない」
周囲に配慮してトヤの声量は控えめだった
けれども確固たる声音で即答されたことが
何よりも彼の心を物語っていた
ナイラは自分の両手のひらを重ねて
口元にあてがい安堵の笑みを浮かべた
「よかった
じゃあ一緒にいましょう
私も確かに地上が好きです
迷宮のナンバーツーなんてガラじゃないです
でも
それでも
それよりももっと強い気持ちで
あなたと一緒にいたいですトヤさん」




