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地下迷宮ひとり歩き  作者: 夜朝


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56/60

55.十階 〜猛毒からの脱出〜

■地下迷宮 九階→十階 ナイラ 治癒術師Lv8 商人Lv3


 ──お前は今まで出会った中で

 一番現金な娘だったからな

 食いつくかと思ったが……

 精霊の誓いの方が強かったか


「ぅぐっ……そうですよ

 トヤさん無事に引き戻したら

 記念品は二つもらっちゃうつもりです」


 ──はは

 早く……帰れ


ナイラは

緑に発光している泉を

よくよく観察した


中には黒い短髪を

水に漂わせる頭が見える


毒にやられて

ぼろぼろになった

自身の手のひらを

治療するかたわら

彼女は

毒に対抗する手段を

模索していた


たとえば

石化に対抗するためには

解除する薬草水を

事前に吹き付けておく


帯毒に対しての

対処方法はといえば

同じ毒を薄めて

事前に服毒しておくのだ


軽度の帯毒状態に陥ることで

重度の毒を予防する


ナイラは

試験管の中に

三分の二ほど

水を入れた


そして細いガラス棒を

手に取ると

先端にちょっとだけ

目の前の泉の

毒液を付着させる


そのガラス棒を

試験管に差し込むと

水がぼんやりと緑に

淡く光り出した


ここからだ


ナイラは荷物の中から

毒消しを取り出すと

緑の光が消え切らないように

けれど少しずつ弱くなるように

量を調整しながら

試験管の中に入れていく


そうして

ギリギリで毒の気配を残した

予防薬が出来上がると

上衣を脱いだ


いつでも泉に沈めるように

準備してから

試験管の中身を

口元へ運ぶ


「……」


そこで一瞬ためらった

もしもうまくいかなかったら?


けれども

ためらいは消せる


これまで迷宮で

やってきたことを思い出す


高難度の魔法も

使えたんだ


だからきっと大丈夫


このままトヤの言葉通りに

ひとりで迷宮を抜けて

帰ることも

もちろんできるけれども


けれども──


(あなたのことを

 まだ

 終わらせたくないから)


そうして毒液を

一息にあおる


「……!!

 ぅっ、げほっ」


毒はだいぶ薄めた


そのはずだった


けれども

それでも

この迷宮の主を

捕えるほどの毒だ


一筋縄ではいかない


ナイラは

込み上げてきた血を

飲み込み直して

涙目になりながら

腹部の焼けるような熱さに耐え

吐き気を堪えた


「て……天に住まう……」


思わず治癒魔法をかけそうになる


だがそれでは

服毒した意味がなくなる


彼女は寝転がって

歯を食いしばると

祈りを捧げて

毒が馴染むのを待った


 ──天よ

 我に加護を……!


彼女の身体全体から

汗が吹き出し

そこから淡い緑の光が立ち上る


(身体が重たい)


この震えは恐怖か


(でも動ける)


この衝動は勇気か


「慣れた──!」


彼女はどぼんと

大きく水音を立てて

毒の泉へと

上半身を投じた


 ──ナイラ!?


トヤが驚愕に見開いた目を

ナイラに向ける


 ──何をしている!

 俺は帰れと言ったぞ!


 ──できません!!

 あなた自殺でもしたいんですか?


二人で入っても

広さには余裕がある泉の中で

上下逆さまに向き合って

心話を交わす二人は

もう少しで

鼻と鼻がくっつきそうなほどの

至近距離で睨み合った


その視線を逸らしたのは

トヤが先だった


彼は右手で口元を覆うと

顔を横に向けて

ぼそりと呟く


 ──そのつもりだった


 ──え?


 ──気にするな。過去形だ


 ──ちょっと、ねえ……

 今は違うってことですよね?


 ──何度も言わないぞ


 ──よし

 それなら早く

 ここから出ましょう


ナイラがあまりにも

自信たっぷりに言うので

彼は背けていた顔を

彼女へ向け直した


 ──毒消しか


 ──はい

 五倍にしてトヤさんにかけます

 私たぶん疲労困憊で

 気絶するだろうから

 後のことはお願いしていいですか?


 ──お前は相変わらず

 危機感が足りないな

 だが良い

 任された


 ──ふふ

 ありがとうございます


屈託なく笑うとナイラは

胸元に持ち上げた両手を

組み合わせた


まずは増幅魔法から


 ──我が手に集え

 祈りを捧げよ……


言葉に徐々に抑揚がつき

呪文が歌になるころ

彼女は両手を解いて

トヤの手を包んだ


冷たい手だ

けれど

優しい手だと

思った


放って帰るなど

できはしない


この迷宮のすべての魔物が

彼を助けてほしいと望んでいる


けれど

それがなかったとしても

この状況ではナイラは

彼を守りたいと願っただろう


彼女は

しっかりと

彼の手を握ると

毒消しの呪文を

心の中で唱え始めた


 ──天に住まう

 光の導き手に

 お願い申し上げます

 夜に眠る闇の導き手に

 お願い申し上げます

 ()の者の身を蝕む毒を

 ひとつ残らず消し去りください


彼女は握っている手から

毒の気配が消えるのを

確認した後

ゆっくりと

全身の力を抜いて

毒の泉に

身を委ねた


青年は自らの身を

縛り付けていた毒から

自由になったことを

確認すると

力尽きて

沈みそうになっている

娘を床に押し上げてから

自らも泉を脱出した


彼は娘を横抱きにして

自分のベッドに寝かせると

発光しているタンスをあさって

毒消しを取り出し

そのありったけを

ナイラに振りかけた


唱える呪文は短い


「毒よ

 終われ」


ナイラの肌は

今は緑地に

紫のぶち模様


上半身を満遍なく

毒に侵されていた彼女は

薄い煙を立ててゆっくりと

通常の肌の色に戻っていく


やがて

すっかり元通りになると

彼女の目が開いた


にこ


彼女がわずかに微笑む


そのナイラの頭を

片腕で抱え込んだトヤは

小さく言った


「あまり心配させるな」


「……こっちの、セリフ……ですよ」


まだ腹に力が入らないナイラは

彼が聞いたこともないほど

か細い声で答えた


それが更に

彼の胸を締めつける


彼にとって

『終わらせたくない相手』が

生まれて初めて

できたから


いつしか彼女の頭を抱く

彼の腕に込めた力が増していた


「馬鹿」


「はい

 それは……自覚

 ありますから」


「はは

 一番

 たち悪いな」


彼は少し笑って

腕の力を緩める


そうすると彼女の頭に唇を寄せ

そのまだ湿っぽい黒髪に

キスを落とすのだった


「トヤさん……?」


「安心しろ

 これ以上のことはしない

 ──今は、な」


「なんか用心しないと

 いけなくなりました

 心配なんてしてなかったのに」


「おや

 それは悪かったな?」


「全然悪びれてない……っ」


もう一度

声を上げて笑ったトヤは

それを境に寝台から離れた


「少し

 眠らせてもらって

 いいですか?

 も、へとへとで……」


「地上まで俺が連れて行こう

 残念だが早く

 湯浴みしないと

 はげるぞ」


「やだー……

 地上までですか?

 宿までは?」


「仕方ないな

 助けられた礼だ

 宿まで連れて行ってやる」


「ありがとう……

 ございます」

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― 新着の感想 ―
緑色の毒に囚われたトヤと、それを懸命に救おうとするナイラ、毒にやられつつも、トヤを助ける方法を冷静に考えようとするところが、さすがです。トヤも、そうしたナイラに、改めて心を委ねたようですね。 そして…
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