52.九階 〜ドラゴンとの恋愛談議にて心配事の独白と励ましの声〜
■地下迷宮 九階 ナイラ 治癒術師Lv8 商人Lv3
「ラスボ……もといマスターさんって
地上にそんなに焦がれているんですか?
いつでも来たい時に来たら良いですのに」
「やれ
滅多なことを言う
考えてもみろ
この迷宮にいるモンスターは
一匹残らずマスターが連れてきて
住まわせたものたちだ
いや住まわせたと言えば聞こえはいいが
実質には封じ込めたと言ったほうが早い」
ナイラはそこまで聞いて眉をひそめた
ドラゴンの言葉を継ぐ形で
考えたことを述べてみる
「連れてきた当の本人が
悠々と地上へ行き来しているのに
自分たちは与えられた狭苦しい棲家から
出られないでは暴動が起こる?」
「そうだ
しかし深階層にいる神獣たちは
気が向けば転送陣を使って
地上へ繰り出すことも可能」
「そうしたら迷宮の入口を守っている森は
神獣様がたのことも同じく守っているわけですか」
ドラゴンがまた瞬きした
面白そうに笑った口元からは
鋭く大きな牙がのぞいている
「十階まで到達して地上へ戻ったら
今度は森でも探索してみるといい
色々な転送陣が見つかって面白いぞ」
ナイラはわずかに眉間にしわを寄せた
「いやですよ
またラミア様と鉢合わせしたら
今度こそ殺されるじゃありませんか
それに──」
「それに?」
「それに
もし十階に到達したらどうするか
私まだ決めかねてます」
好きになった人から
部屋をくれると言われたのだ
もらってしまいたい
それで
残された時間を
ともに過ごすのだ
彼とともに
けれど
自分には地上の空気が
どうしても必要だとも感じる
一緒にこの迷宮にこもることはできない
ドラゴンたちが言う
助けてやってほしいというのは
彼を地上へ連れて行って
やってほしいということだろう
しかし当の本人がそれを望まなければ
実現はかなり難しいことだ
でも
生きたいとは思う
彼とともに
地上の街で
しかし
それは
この迷宮を終わらせるという
意味なのだ
ナイラが生まれるより
もっとずっと前から
この迷宮はここにあった
果たしてトヤは
長い年月を費やして増築してきた
この迷宮よりも
ナイラのほうを優先してくれるだろうか
自信などあろうはずもなかった
「部屋も欲しい
地上にも行きたい
うんと欲張ったらいい
いつものお前の行い通りだ
迷う要素など何一つあるまいに?」
「トヤさんの階に部屋をもらえるのうれしいです
ずっと一緒にいられます
でも私は地上の日の光も浴びないと
病気になってしまいます
地上に行くその時
トヤさんも一緒に連れて行く
ってことですよね
私にそんな力があるとは思えません
『一人で行け』って言われそうで」
「──ふうむ」
モンスターとは思えない
澄んだ金色の瞳が
ナイラを見つめる
心配そうに眉根を寄せた彼女の姿が
至近距離から映り込む大きな瞳
それに魅入られたように
ナイラはずっとドラゴンと見つめ合っていた
ドラゴンがまた微笑んで
ゆったりと告げた
「自信をもって事に当たれ
それ以外のことは私からは
何とも言えないのでな
お前が自分の裁量で
乗り越えていくべきものだ」
「ドラゴン様……」
年嵩の竜にそう言われて
ナイラは少し気持ちが軽く
前向きになったのを感じた
けれど
それでも
もう少しだけ甘えたくて
彼女はこんなことを問いかけてみた
「私
自信を持っても良いでしょうか」
「ふふ
その答えはもう
お前自身が得ているように思うがな
まあ良い
いいことを教えてやろう──」
「いいこと?」
面白そうに牙を見せて笑うドラゴン
ナイラはその輝きに少しくらんだ目を伏せた
「あの方は外に『出られない』わけではない
『出ようとしない』だけだ
外出するのに理由がいるなら
逢引にでも誘うがいい」
「えっ
断られたらどうしよう
立ち直れませんよ
だって──」
「できない理由を数えるものではない
お前は既にあの方の言動を変えているのだ
ナイラよ」
「言動を──変える?
それって良い方向にってことですよね
変わってもあれなんですか
人のこと謎解きに失敗させて笑い飛ばしたり
他にも色々」
「まあまあ些細な恨み言を連ねるな
お前もそこはあの方のことを
嫌いになるほどの欠点ではあるまい?」
いつしか恋愛談議に発展してきた
ドラゴンとの会話は楽しくて
ナイラはテントの前に膝を抱えて座り込んだ
えへへ
と思い出し笑いをして首を傾げる
「まあそうですけどね
いじわるされるよりもっとたくさん
助けてもらったから」
「あの方はお前と会うまでは
我々に気遣いの言葉をかけたことなど
ただの一度もなかったのだよ
ナイラ」
「ん?
それほんとですかドラゴン様?」
「私がここで噓をついてなんとする?」
「んー
なんか意外で」
今思い返してみても
トヤは他のモンスターに対して
きついよりは優しかった印象がある
始まりはあのコインだ
無理やり仲間を呼ばされて
その仲間を片端から殺されて
音にならない苦鳴を上げていた
あのコインを助けてくれた
スフィンクスだってそうだ
もしもナイラがスフィンクスの死を願ったら
逆にナイラのほうを殺すつもりだったと
彼は言っていた
「それだけお前に会ってからのあの方は
変わったということだ
自信がついたろう?」
「ははあ
じゃあたまに出てくる
思いやりのカケラもない言動のほうが
以前からのトヤさんなんですね」
「気付いていないかもしれないが」
「ぅ?」
不意に真剣な面持ちになったドラゴンが
ナイラをひたと見据えて言う
「──あの方の真の名前を呼ぶことを
許されているのはお前だけだナイラ」
「え!?」
そう言えば皆トヤのことを
『あの方』とか『マスター』とか
呼んでいたということを思い出す
しかしナイラは内心で
それ以外の可能性も捨て切れない
いやいやと否定の形に首を振った
「うわさ話の時だけじゃなくてですか?
本人が目の前にいても?」




