49.九階 〜お宝の譲渡と竜語の練習〜
■地下迷宮 九階 ナイラ 治癒術師Lv8 商人Lv3
開いた手から落ちた布巾が
ひらりと金貨に被さると
その周辺の金貨が
つやつやと光り出した
ドラゴンが愉快げに笑って言う
「ふむ降参か
それでも大したものだ
千枚はいったのではないか?
エリクサを十個はやれるぞ」
「!?」
がばっと飛び起きるナイラ
それまでのグロッキーな様子はどこへやら
ぐいぐいドラゴンに詰め寄って聞き返す
「ほんとに?
十個ですよ
私覚えましたからね?
『やっぱやめた』って
なしですからね?」
「やれ現金な女子だ
先ほどまでくたばっていたとは
思えんな」
「だって〜
エリクサなんて買ったら
一個で一万金貨百枚はくだらないんですよ?」
それを十個!
考えたナイラは
めまいがしてふらふらと
その場に座り込んだ
先ほどから目まぐるしく
その様子を変えるナイラを見て
ドラゴンは苦笑するしかなかった
「こらこら
何をへたり込んでいる
うれしくないのか?
ならばやらぬが」
「くださいっ!
でも防犯を考えていたんです
いや
持ち運ぶのは二つくらいにして
残りはテントに入れておこうかなぁ」
テント?
とドラゴンが長い首を傾げる
そうテント
とナイラがうなずいて返した
彼女は金貨の山を少し崩して平らにし
テントを張れる場所を確保しようとした
すると黒ずむ金貨の中から
淡い水色に光る中サイズの宝箱が現れる
「あ」
「お
見つけたな」
「やっぱり?
これがそうなんですねドラゴン様!
十個ですよ~」
ナイラはいそいそと周りの金貨をかき分けて
その箱の全貌を明らかにした
とはいえ他の宝箱と比べて変わっているところと言えば
発光していて表面に霜が張っていることくらいだ
その霜は手指の熱で溶けるが
手を離すとまたすぐに生えてきた
保冷の宝箱とはこんなに厳重に冷やすのかと
ナイラは驚いていた
これでは保冷を通り越して凍結だ
宝箱から手を離したナイラは
両手のひらを口元に当てて吐息で温めた
「私に貸すと良い
その箱には罠が仕掛けてある
解除する前に開けると
お前も凍るぞ」
「わあ
お願いします」
よしよし
とうなずいたドラゴンは
極限まで前屈みになると
宝箱に頬を寄せて
また「ぐるる」と鳴いた
どうやら罠のトリガーも魔法であるらしい
ナイラは罠とだけ聞いていたから
てっきりトリガーは物理的なものかと思っていたのだ
さすがに凍らせる作用自体は
魔法の業であろうが
罠を発動させる仕組みは
例えば宝箱のふたを開けるとか
鍵穴に何か差し込むとか
そんなものだろうと
るる るる ぐるる
ドラゴンの喉の奥を鳴らす声は
少し微笑ましくて
とても心地よいものだった
何だか真似できそうな気がして
ナイラも復唱してみた
「るる るる ぐるる」
それまで瞳を閉じていたドラゴンは
ナイラの真似声を聞くと
両目をゆっくりと開けてから
それを細めた
「……るるぐー」
「るるぐー」
二人
もとい一人と一匹で笑みを交わす
やがて宝箱から澄んだ音がひとつ鳴ると
ドラゴンは元の体勢に戻った
きしきしと何かの物音が
ドラゴンの口元から響いてくる
何だろうと思ってナイラがよくよく観察すると
ドラゴンの口元が笑っているのが見て取れた
するとあのきしきしした音は
ドラゴンの笑い声かと思い至り
彼女は目を丸くするのだった
そんなナイラの思惑は知らず
ドラゴンが聞いてくる
「なんだ
竜語を学ぶか?」
「ドラゴン語!
それって学べるものなんですか?」
「およそすべての技術の体得は
模倣より始まるのだ
今さっきお前は私の言葉を真似たではないか
誰にでもということではないが
お前にならば素養はあるぞ」
元々そう暗くもなかったナイラの表情が
ぱあぁとみるみるうちに明るくなっていく
彼女は重ねた両手の指先を
うれしそうに笑んだ形の下唇に当てて
ほっこりと顔を緩ませた
「ドラゴン様っ
竜語! しゃべってみてください
初歩から
うーん
やっぱり『こんにちは』かな?」
「こらこら
一朝一夕で話せるものではないのだぞ
まあ話す必要はないか
ちなみにこんにちはは『ごーりぎが』だ」
「ごーりぃが」
「違う
『ごーりぎが』」
「ごーりぃが」
「違う」
ドラゴンが首を横に振ると
ナイラが「はうー」とうめいて両手で顔を覆い
その顔を仰向けた
そうしてそのままの体勢でぼやく
「難しいっ」
「また挑戦したくなったら
いつでも言うと良い」
「はぁい……
ありがとうございます
ちなみに『ありがとう』は何て?」
「ありがとうは『らりがろる』だ」
「らりがるう」
「違う」
「竜語むずかしい!
呪文は簡単そうだったのに!」
ナイラが不機嫌そうに言うと
ドラゴンは息を呑んだ
そうして首を曲げ
おそるおそるといった体で
ナイラと目線の高さを合わせてくる
急に控えめになったドラゴンを見て
ナイラは慌てて手を振った
「あ
別にドラゴン様のせいじゃないし
気にしないでください
全然大丈夫ですよ?」
「いや
そういうことではないが
──お前もしや
会話よりも呪文を身につけたいのか」
「あーどうでしょう
会話できないと意味ない気もしますが
呪文を知ってたら便利な気がしますね
ドラゴン族の魔法が
使えるようになるってことでしょう?」
すごいすごい
と言って自分でよろこんでいるナイラ
ふむ
とドラゴンはしばし思案した
ナイラは「それは無理な話だ」と
一蹴されて終わると思っていたのだ
そのため
どうやら前向きに検討してくれているらしい
ドラゴンの様子に恐縮もしたが
それ以上に期待感が止まらなかった
わくわくと頬を紅潮させながら
半月の形に口元を笑ませて
ドラゴンの続きの言葉を待ちわびる




