42.八階 〜ディフォルメスフィンクスとの武者修行〜
■地下迷宮 八階 ナイラ 治癒術師Lv6→7 商人Lv3
戦闘であれば離脱の羽根が使えるはずだ
胸ポケットに手をやろうと構えていた
ナイラはしかし彼の言い分に
その手を下ろした
「私やっぱり鍛錬が必要ですか」
「己でも気付いておったろう
そのままではこの階を突破できん」
「誰とも戦うつもりはありません」
「まあ聞け
熟練の猛者と認められれば
それ相応の敬意を払われる
そうなれば戦闘を回避することも叶う
そのためには──
レベルは九を目指せ」
「九!?
つい最近六になったばかりなのに!?」
あまりの発言にナイラの声がひっくり返った
それにひきかえてスフィンクスは冷静だ
落ち着いた声音で淡々と語る
「だから我が相手してやろうと言うのだ
こら逃げるでない
有り難く思わんか無礼者」
「うぅ……時間かかりますよね」
げんなりして肩を落とすナイラ
それは汝次第だと答えるスフィンクス
ナイラは気がかりなことを聞いてみた
「八階ってトヤさんの階なんですか?」
「この階には今は
主がおらぬ
探索者が持ち込んだ病のために
命を落としたのだ
よって汝らが言うところの
『モンスター』は巡回型ばかり」
「待ってくださいもしかして」
ナイラは恐ろしい可能性に思い至り
顔を硬直させて問うた
「この階にいる徘徊──巡回型って
まさか全部……」
「我と同じ神獣クラスだ」
──来るんじゃなかったぁぁぁぁぁぁ
口を縦に四角く開けて
内心でそう叫ぶナイラ
早くも全身を後悔に苛まれて
がくりと四つん這いになるのだった
だがしかし
そこは探索者
それで終わる人間ではない
ぐっとこぶしを握りながら立ち上がり
スフィンクスに向き直った
「スフィンクス様!
よろしくお願いします!」
「よし! 始めるぞ!
全力で避けよ!」
「ってうわあぁぁぁっ!?」
避けろと言った直後に
スフィンクスの口が大きく開き
その中からナイラの顔ぐらいの大きさの
火球が撃ち出された
前触れがなかった上に
正確な直撃コースで
まさしく全力でなければ
避けきれない攻撃だ
ナイラは必死になって移動しつつ
身もめいっぱいひねって
ぎりぎりで火球を避けた
が
ぎりぎりすぎて
上衣に炎が燃え移ってしまう
「きゃあぁぁぁ
きゃあ
やぁぁぁぁ」
叫びながら床の上をごろごろ転がって
何とか火を消し止める
ふらふらになりながら
ようよう立ち上がるナイラへ向けて
しかしスフィンクスの反応は冷たい
「避けてみせぬかあの程度」
「なんですって? 今
私ちゃんと避けてましたよね?」
「いや燃えておった」
「うっ」
反論につまるナイラ
左右に下ろした握りこぶしを
悔しそうにふるふると震わせて
言い返す
「も──もう一度お願いします!
今度はもっと大きく避けます!」
「よし! よう言った!」
「うぉわぁぁぁぁ!?」
また火球が飛んでくるものと思っていたのに
今度はスフィンクスは火炎放射器のように
口から一本の棒状の炎を長く伸ばして
明らかにナイラを燃やそうとしてきた
彼女が避けるべく走り出したら
追尾してきたのだ
ナイラは怒りたいのと泣きたいのとが相まって
むしろちょっとだけ笑ってしまった
「ちょっとスフィンクス様!?
避けさせてくださいよ
何追ってきてるんですか!」
「敵がそんなに優しいわけなかろう!
どうすべきか考えよ!」
するとスフィンクスが話してる間は
炎がほとんど出ていないことに
気付いたナイラである
(──なるほど
火を出すのは
大口開けてる時だけなのね
……ということは?)
思い付いた作戦を一か八か
実行に移すつもりだ
ナイラは背に壁を感じながら
追ってきたスフィンクスとの距離を
念入りに測った
浮遊の羽根で
ひとっ飛びできる間合い
そこでスフィンクスが冷ややかに笑う
「ほう
何か思いついたようだ
よかろう見せてみよ」
そう言って大きく口を開いた
舌の上に熱が集まり
集った熱が光を生んだ
ナイラのこぶし程度の熱の塊
それが光線を生み出し
その光の筋が床を溶かす
溶かされるのは
始めはスフィンクスの眼前の爪先だったが
徐々にナイラの立つ方へと
その位置を進めていった
ナイラが空気の階段を蹴る
ぽーんと空間を一足飛びに詰め
落下地点に定めたのは
スフィンクスの口元だった
「えぇいっ!!」
気合いだけは一人前で
彼女は勢いよく
スフィンクスの口の上に降り立った
すると閉じられたスフィンクスの口内で
小爆発が起こる
ぼこん
という騒音とともに
スフィンクスの目や鼻からは
光や煙が放たれた
後に床の上にぐったりと横たわる
スフィンクスのそばに降り立ったナイラは
慌てて全回復の魔法を唱えるのだった
* * *
スフィンクスのダメージはそれなりに深く
ナイラは瀕死の神獣を治療することで
ほとんどの魔力を使い果たしてしまった
かなりの眠気が襲ってくるが
安眠テントを呼ぶほどではない
回復薬を使って魔力を補給した
そのかたわらでスフィンクスが呟く
「我からすれば意外なことだが
やはり戦闘している間よりも
その後の治療フェイズの経験の方が
生きるのだな」
「? そうでしたか?
死の危険と隣り合わせで
充分良い経験になったと思いましたけど」
「それなら我も骨折ったかいが
あったというものだな
だが見るがいい
汝の計測管を」
「?」
ナイラは改めて
腰に下げている計測管を確認した
それで気付いた
レベルを表す計測管に表示されている
数字が六ではなく七になっている
レベルアップまでの所要時間としては
最短記録だ
彼女の目は真ん丸になった
「スフィンクス様に
鍛えていただいてたからじゃ
ないんですか?」
「レベル上げに勤しもうという時に
計測管をこまめに確認せぬとは
なんという愚か者か!
我を癒す直前まで管は
一割にも満たなんだわ」
「え〜ん
レベル上げなんて今まで意識して
取り組んだことないですもん〜」
ナイラは正直に嘆いてみせた




