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地下迷宮ひとり歩き  作者: 夜朝


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41/42

地上のレストラン 〜永久の約束〜

「ナイラ……」


「あなたが好きです」


「俺も──俺も

 お前が好きだよ」


トヤはテーブルの上に置かれていたナイラの手に

そっと自分の手を重ね合わせた


ナイラは自分のものよりだいぶ大きな手のひらが

告白の緊張で冷えていた自身の手を

包み込んで温めてくれたような気がした


実際には彼の手は

『冷たくはない』という程度で

彼女の手を温められるほど

ほかほかではなかったが

彼女にとっては大切なぬくもりが

確かにそこにあった


ナイラの顔中にじわじわと深まっていく笑み


それを見つめているとトヤの顔も

徐々に緩んでいくのだった


ふたりともが満面の笑みに包まれて

幸せをかみしめている時

ナイラの表情が急速に厳しいものに変わっていった


突然にらまれてトヤは動揺を隠しきれない


ワントーン下げた声でナイラはトヤを問いただした


「ということはトヤさん

 私のことを好いてくれていたのに

 なぜ猛毒の泉なんて作って

 投身自殺の真似事をしていたんですか」


「お前……! それ今聞くのか?」


「納得いかないことは突き詰めておかないと

 禍根を残すじゃないですか!

 きりきり吐いてください!!」


魔法を使う職業の探索者は

総じて声がよく通る傾向がある


ナイラも例外ではなく

ちょっと気が乗っただけで

その声は店内の隅々まで響いてしまう


なんだなんだと周囲の視線を集めてしまった彼女は

左右を見回すとばつが悪そうに

何度か向きを変えて会釈した


「すみません……」


「やれやれ静かにしろよ」


「そうやってごまかさないでください

 トヤさんは言わなきゃいけないことが残ってますよ」


「あ──……

 お前を十階に迎えられないかもしれないと

 そう思ったんだナイラ」


「どうしてですか」


言いづらいことを

酒の力を借りて言おうと

考えていたのかもしれない


トヤは自分のグラスを傾けてから

また少し無音の間を挟んで

それでも言い渋っていたが

やがて答えた


「ひとつはお前が地上の空気を必要としてること」


「そうですね

 それは否定できません

 でもトヤさんも時には地上に来るの

 良いと思いますよ

 今トヤさん

 そんなにここが嫌ですか?」


「いや悪くない

 だがマスターともなれば

 そうそう迷宮を留守にもできんぞ」


「ひと月に数日ならどうですか?」


「それくらいなら何とかしよう」


「よかった

 ありがとうございます」


心配事がなくなるたびに

ナイラの食欲は増していく


彼女はパングラタンをぱくつきながら

彼に続きを促した


「で?

 他にも理由が?」


「ふたつめはサブマスターの位を

 渋っていたことだな」


「みんなが賛成してたって本当なんですか」


「ああ

 大抵の種族はお前に仲間を治療されているから

 恩義を感じているものが多いんだ」


ナイラは渋面を作ってカクテルを一口

それでいくぶん落ち着いた


彼女の眉間のしわが薄くなったのを見て取って

トヤは口に入っていたポテトを飲み込んだ


実は彼女のご機嫌が斜めになるたび

食事が喉を通らないのだ


身体に悪いと思う


これが他の──

例えば迷宮の神獣たちやドラゴンなら

どれほど気を害して暴れていようとも

意に介するトヤではない


惚れた弱みというやつなのだろうか

彼は苦笑した


「トヤさんは──どう思うんですか私のこと

 サブマスターに相応しいと思います?」


「正直あの会議がもたれるまでは

 そこまで深く考えていなかったんだ

 けれども今にしてみれば適任ではないかとも思える」


「適任? 私が?」


「そうだ

 普段の俺がマスターとして行っていることは

 みなの相談役みたいなものでな」


トヤはカクテルを飲み干してウエイターを呼ぶと

水を注文してナイラにも勧めた


ナイラはもらったばかりの水を一口飲んでから

トヤに先を促す


「例えば魔物同士で起こったいさかいの仲裁とか

 戦闘や経年劣化で補修が必要になった個所を

 修復したりする」


「トヤさんがするんですか?

 左官に任せずに?」


「あの迷宮は四方八方

 壁も床も天井も

 すべて魔力で直るんだ」


「へえ

 思ったよりも縁の下の力持ちですね

 てっきり力で従わせたモンスターを使って

 探索者を襲わせるのが仕事かと」


「…………いや

 まあ

 なくもないが……」


「あるんだー」


がくりと肩を落としたナイラである


ちょっと安心しかけた後で

判明したありがたくない事実は

彼女の心にはつらすぎたが

トヤがそれは担当しなくても良いと

約束してくれたので

サブマスターの役目も受けてみることにした


「他にもありますか?」


「これが一番の問題でな」


「なんでしょう」


「お前

 不死は加護ではなく呪いだと

 サザーにそう言っていたな」


「あのドラゴン様

 サザーってお名前なんですか

 ええ確かに言いました

 トヤさんやっぱり聞いてたんですね?」


グリルチキンの切れ端を

さらに一口サイズに切り分けて

口に入れようとしていたナイラは

それを自分の取り皿に置いて

姿勢を正した


膝の上に両手を重ねて置き

真剣な面持ちになって

真っ直ぐに彼を見つめる


トヤは同じように彼女の正面で

背筋を伸ばしていた


すでに迷いは断ち切ったようで

彼の声に淀みはない


「あの不死状態は俺にもかかっている

 迷宮内にいる間

 俺は死ぬことはない

 だから強い毒で体力を極限まで削って

 身動きできなくするしか方法がなかった」


「……」


ナイラは口を挟まず

相槌もほどほどに

彼の言葉をただ聞いていた


それに力を得て彼が続ける


「これ以上は年も取らない

 ──もしも本当に

 一緒にいるというのならナイラ

 お前にも不死を受け入れてほしい」


「────!」


それは簡単に予想できたはずの言葉で


けれどナイラにとってはあまりにも

遠い世界の話で


動揺ばかりがにじむ彼女の目線は

右へ左へとせわしなくさまよい

やがて沈んで動かなくなった


それからだ


うつむいていた顔がゆっくりと持ち上がる


かすかに震える両手で彼女はカクテルではなく

水が入っているほうのグラスを持ち上げた


中に入っている水の表面が細かく揺れる


ナイラは顔はトヤに向けたまま

グラスの水を少しだけ飲んだ


そのグラスをテーブルに置いて

彼に確認する


「不死の状態って

 迷宮の中にいる時だけかかってる

 そういうお話でしたよね?

 外にいる今は

 殺されれば死ぬし

 時間の流れの中にいて

 年も取る

 それで合ってますか?」


「合っている」


「ん」


難しそうな顔をしていたナイラは

表情をゆるめてすっきりした面持ちになった


手のひらを上にした小さな両手を

テーブルの上で伸ばす


「?」


トヤは彼女の真意が分からず

怪訝そうにしている


ナイラは

にっこりと笑って

両手は前に出したまま小首を傾げた


「私に与えてください

 不死の加護を──

 その代わり地上へ行って年を取るときも

 ふたり一緒ですよ?」


「大胆だ」


「はい

 恋をすると人は大胆になるものですよ」


「では俺が大胆になっても構わんな」


「え」


彼女の両手を下からすくい上げたトヤは

それを自身の口元へ運び

その細い指先へ軽くキスを落とした


「えええええええええっ」


くすくすと笑うトヤ

真っ赤になったナイラを肴に

もう一杯とカクテルを注文する


「もう! 大胆過ぎますよ……!」


「宿に戻ったら探索札で状態を確認してみろ」


「え

 うそ

 今ので?」


「心の準備が必要だったか?」


「ん──」


トヤが少し気づかわしげに首を傾げた


あのいつもふてぶてしい彼が

こんなに気を遣ってくれるのが

何だかうれしい気がするナイラだ


彼と同じような角度で首を傾げたナイラ


斜め上を向いていた目のまぶたが

ゆっくりと閉じられた


唇が優しい笑みの形に持ち上がる


まぶたが上がって黒い瞳に青年の姿が映し出される


彼女の唇が半円型に開かれた


「ずっと一緒にいたいくらい

 あなたのことが大好きです!」


そうしてふたりは

かげりのない微笑みを

どちらからともなく

浮かべあって

永久の約束に代えるのだった


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― 新着の感想 ―
食事をしながら、互いに確かめていく一つひとつのことを通じて、トヤとナイラが気持ちを共有し、深めていくところが心に残りました。心配事がなくなるたび食欲を増すナイラと、彼女のご機嫌が斜めになるほど食事が喉…
女のめんどくささに振り回されるトヤさんを、オッサンとして応援。 問い詰められるのは、しんどい……。 そして、加護と呪いの難しさ。 でも、ナイラさんの場合は【千年喪女】にはならずに済みそうでよかったよ…
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