17.七階 〜重要な誘いとお粗末な離別とひとつめの報酬〜
「あなたはやっぱり
魔物なんですか……?
この迷宮に棲んでいて
地上では生きていけない人?」
「……」
差し出していた手を引っ込めて
トヤは仄暗い表情を浮かべた
彼が少し俯いただけで
もうその顔はナイラから見えなくなった
「地上よりここのほうが
居心地が良いのは確かだ
だが俺が魔物かどうかは──」
彼が意を決したように顔を上げる
その真っ直ぐな眼差しから
ナイラは目を逸らすことができなかった
「──お前が判断しろ
誰よりも俺のそば近くで
俺という存在を見届けてからに
するといい」
「あなたの
そばで……?」
「そうだ
俺の階層に
お前の部屋を整えよう
共に来ると良い」
「私──」
「おい! ナイラ!
何モンスターに口説かれてんだ!
目ぇ覚ませ阿呆!」
ヤムはあえて口を挟まなかった
二人の間に割って入ったのは
六階で振り切ってきたはずの
元探索者仲間だ
金属鎧の戦士は
ナイラを背に庇う形で長剣を抜いて
トヤに向けてそれを構えた
トヤは面白くなさそうな面持ちで
戦士を視界の中央に捉えた
「ナイラに捨てられた探索者御一行様か
その実力に不釣り合いな金属鎧を見るに
相変わらず悪質な『攻略』をしているのだな」
「今にして思えば
ナイラがオレらのパーティを
抜けたがったのは
テメェに会ってすぐだった
なんか術でもかけたのか?」
やれやれと肩をすくめたトヤだ
疲れたように吐息を漏らす
「そんなことはしていない
自らの行いを顧みることもできんとは
救いようがないな」
「うぜぇんだよ!
テメェぶっ殺して
ナイラを連れ戻す!」
「やめてください!」
ナイラは戦士の横をすり抜けて前に立つと
トヤを庇う格好で両腕を左右に広げた
腰に下げた光石の杖が浮かび上がらせる
彼女の黒い瞳は光を映して
自分の意志がかたいことを
戦士に伝えようとする
しかし戦士はもう振りかぶった剣を
前方目がけて叩き落としたところだった
ナイラの肩を
後ろから大きな手がつかむ
力任せに引っ張られたわけではない
だが気が付けば彼女は
トヤの後ろに立っていた
振り下ろされた剣は
トヤの頭に命中したかと思われた
その瞬間に粉々に砕け散った
「やれやれ
こういう時に短慮なのは
相変わらずかナイラ
初めて会った時
これと同じことして
俺に傷を負わせたろう
学習しろ」
「ご、ごめんなさい……
今の魔法ですよね
使いすぎて疲れてしまったら
おわびに魔力を回復しますから」
「はは
そうしたら礼品を
二つから三つにしてやろう」
その会話を聞いて色めき立ったのは
戦士と魔法使いだ
二人して口々に騒ぎ立てる
「おい! オレらを差し置いて
そんなモンスターの治療が優先かよ!」
「信じらんないナイラ!
本当にドロップアウトしちゃったの!?」
「してないっ!」
強く反論したのはナイラ本人だった
それは先ほどまで自分自身に悩んでいた
彼女にしては意外なほど
しっかりした口調だ
ナイラは先ほどとは別の理由で
涙ぐみながらトヤの後ろから
二人へ言い募った
「してないけど!
……明らかにあなた達のほうが悪質です!」
「なによ!
だってそいつモンスターでしょ!
それと仲良くしてたら
モンスターの仲間と一緒よ!
モンスター相手に
悪質なんて言われたくない!」
「今分かっているのは
この人は地上が好きじゃない
ってことだけ
魔物かどうかは」
そこまで言ってナイラは一瞬戸惑った
しかし売り言葉に買い言葉
勢いは止まらず口走る
「──魔物かどうかは
私が決めます!」
「やっぱ術中にハマってんじゃねぇか!
目ぇ覚ませナイラ!」
粉々になった剣の柄を投げ捨てて
戦士がショルダータックルをかけてくる
だがすべては無駄に終わった
トヤに触れた途端
戦士の肩当てが剣と同様
粉々に砕けただけでなく
渾身の体当たりそのものも
勢いを殺されて
ふわりと寄り添うのみに
なってしまったのだ
「なっ」
「もう地上へ帰れ
また会ったら今度こそ
容赦はしない」
「くそぉ! 覚えてろよ!」
あまりにも三下な捨て台詞を置いて
戦士が貯蔵庫を出ると
慌てて魔法使いが後を追った
その後にのんびりとした足取りで続く
盗賊の前に立ちはだかったのは
黙って全体を見渡していたヤムだった
「さすがに龍の眼は
欲張りすぎじゃねぇの?
悪いことは言わねえ
置いてけって」
「龍の眼?
どういうことですか
ここの宝物を持ち出していいのは
魔物だけですよ
戻してください」
ナイラが問いただすと
盗賊は悪びれもせず
懐から紅く光る宝玉を取り出した
「オリャ別にモンスター扱いされても
痛くもかゆくもねぇがな
まあそしたらこいつは
モンスターになったオメェにやるよ」
言いながらナイラへ向けて
放り投げてきた
大切な宝物を雑に扱うわけにもいかず
ナイラはそれを両手でキャッチしたが
口ではしっかり否定した
「要りません!」
「……いや
ナイラ
それはもらっておけ
何なら俺からにしてもいい」
「トヤさん?」
ナイラがトヤのほうを見ると
彼はアゴに手をやって
思案げに眉間にシワを寄せていた
「これ何か意味のある品物なんですか?」
「ああ
持っていれば
その内に分かるだろう」
「……分かりました
トヤさんからの報酬
ひとつめは龍の眼ってことで」
ナイラがナップザックに紅玉を入れると
ヤムが感嘆のため息を漏らして
首を横に振った




