表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地下迷宮ひとり歩き  作者: 夜朝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/40

プロローグ

自分の存在感が消え失せて

どうしようもない心細さを感じる

けれどそれは一瞬のこと

すぐに身体の芯から

自身は戻ってくるのだ

だから大丈夫


──転送──

ナイラは腹に力を入れた


足下に広がった

転送の魔法陣が

役目を終えて消えていく


黄金のラインは

粉になって舞い上がり

数秒後には

跡形もなくなった


どこも欠けてない

それを確かめて

ナイラは安堵のため息をついた


それから周囲の光景を改める


幾つもの

光霊玉に照らされた

広大な空間


その床には

磨かれた金貨銀貨が

山のように

敷き詰められて

玉の光を反射し

眩しい


そんな山の中には

きらめく剣や

宝石のついた杖などが

所狭しと突き刺さって

半分顔を覗かせている


それらの財宝の上に

鎮座しているのが

真白い巨大な生き物


娘の目線の高さにある

真珠光沢の鱗は

その一枚一枚が

彼女の顔と

同じくらいの大きさだ


ナイラは緊張をあらわにして

握った両手を自分の胸元に当てた


(出た……!)


とうとうそれと出遭ってしまった驚きに

彼女の喉がごくりと鳴る


探索行にはつきものの

最強の魔物

ドラゴンだ──


おそらくこの辺りが腹部

左手に頭が

右手には尾があるのだろう


大きすぎて

全体を把握できないナイラには

上手い例えが出てこない


多分

翼の付いたトカゲに

近いはずと思う


他のドラゴンと

同じであるならの話だが


ドラゴンが

長い首を曲げて

ナイラの方を向いた


首を曲げたままでは

疲れるだろうと

気にした彼女は

左側にカニ歩きして

横移動した


その気遣いを知ってか知らずか

ドラゴンは彼女の動きを追って

首を真っ直ぐに伸ばした


ドラゴンを目の前に

相対すると

彼女は

これまでの探索で

どろどろに汚れてしまった

自分の長衣を見た


見る影もないが

本来なら

治癒術師が着込む

真っ白い長衣だ


彼女は丁重に

ドラゴンへ頭を下げた


「ごきげんようドラゴン様

 綺麗にしてる棲家に

 こんな格好でお邪魔して

 申し訳ありません

 なるべく

 くっ付かないように

 しますから……」


「ははは

 そんなことを言われたのは

 初めてだ

 気にせず居ると良い」


ドラゴンは愉快そうに長い首を揺らした

どうやら笑っているのだろう


そんなにおかしかったかと

ナイラが首を傾げるとドラゴンは

いやいやと頭を振った


「ここまでたどり着いた探索者は

 みな私に話しかけず

 問答無用で襲い掛かってきたからな」


「それは失礼な話ですね

 ……えっと……ここって十階ですか?

 ドラゴン……初めて見ました

 私、あなたの宝には

 手を付けませんから

 見逃してもらえませんか」


「はは、そうやって大抵の幹部から

 『見逃して』もらって

 ここまで来たわけか?

 ターナはさぞかし厄介だったろう」


「ターナ?」


「お前がさっきまで逃げ惑っていた女だ」


「あ……本当、死ぬかと思いました」


人語を解すモンスターは

大抵

話だけは聞いてくれる


そしてナイラへ道を開けてくれていた


しかしターナという女性は別だった


上半身が人間で下半身が蛇


やきもち焼きで有名な神獣だ


彼女はナイラと二、三言葉を交わすと

問答無用と襲いかかってきた


七階で一度は勝って

その後で彼女の傷を癒して

仲良しとまではいかないが

道を開けてくれる程度には

分かり合えたと思っていたのだが──


八階へ追いかけてきて

襲われて

この有様だった


ナイラは今

汗とホコリでボロボロだったが

左肩からは新鮮な血も流れ出ている


ターナから受けた

咬み傷だった


ドラゴンに召喚されていなかったら

ナイラは

あの蛇に食われて

息絶えていただろう


(危なかった

 なのに

 それにすぐには気付けないほど私

 必死だったんだわ)


想像すると震える体


それを抱きしめるナイラへ

ドラゴンが厳かに言う


「ここは九階だ

 この地下迷宮の最奥を

 臨むのであれば

 お前はもう一つ

 階段を降らねばなるまい

 行くか?

 私を倒して」


(いやあぁぁぁぁぁ)


ナイラは口元を四角く開けて

全力で否定の意思を表した


普段九階を守っていて

自身に挑戦してくる探索者に対して

十階へ向かうに足る器かどうかを

判別しているのであろうドラゴン


そのドラゴンにとんでもないことを言われたのだ

ナイラはそれまでの震えを手放した


両手を前に出して

高速で首を左右に振る


「無理ですよ

 私、死にたくないですもん」


「死にたくはない

 死なせたくもない

 ……か

 私が気付かぬと思うたか

 お前の負う荷には

 私の息の根を止めることも

 叶う道具が含まれておる」


「死んでほしくないんです

 あなたは多分

 話の分かるドラゴンだ

 と、思う

 だから

 もしも通してくれないなら

 私の旅はここまでです」


ナイラにとって当初の目標は

五階の謎解き階まで進むことだった


そこから先は勢いだけで突き進んできてしまった

周囲の期待に応えた結果だ

やり過ぎたのかと問われれば

彼女は否定する術を持たない


確かに

せっかく九階まで来たのだから

できれば十階まで行きたい

他の階の魔物たちは皆

ナイラにそれを望んでくれていた


十階に

彼女に助けてやってほしいものがいるのだと


けれども

目の前にいる九階の守護者

ドラゴンが異を唱えるならば

ナイラは我を押し通すことはできないと考えていた


少し寂しそうにしているナイラを見て

ドラゴンが小さく首を振る


「いや

 いや……行くが良い

 本来なら真に強い者にしか

 許さぬ道であるが

 お前の死を忌み嫌う信念は

 別の意味で強い

 もしやあの方に

 何かを与えられるかもしれぬ」


「あの方……」


「あの方を、よろしく頼む」


「待ってください

 その前に」


「その前に?」


「ここで一寝入り

 させてもらっても

 良いですか?」


もう治癒魔法を使う余裕がないほど

疲労困憊な彼女


ドラゴンに背を向けて

背負っている荷物を示す


小柄な体格では

そうそう大きな荷物は所持できない

もちろん寝具の類も見当たらなかった


別に構わんが

と、ドラゴンは首を傾げた


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
序章から一気に引き込まれました! 迷宮の描写がとても鮮やかで、宝物やドラゴンの姿が目の前に浮かんでくるようです。ナイラの人柄も温かく伝わってきて、ドラゴンとのやり取りが緊張感の中に不思議な優しさを感じ…
夜朝さん、お世話になっております♪ またまたお邪魔させていただきます♪ こちらは文章が短く区切られていて読みやすく、少し詩的なテンポ感もあって作品の雰囲気にぴったりですね〜(驚き ありがとうございま…
[良い点] 冒頭の、転送の魔法陣から広大な空間、ドラゴンへの描写がとても精彩で、作品の世界に惹き込まれました。 黄金のライン、光霊玉、磨かれた金貨銀貨、きらめく剣、真珠光沢の鱗などの描写の一つひとつ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ