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演目7 新しい家族とハッピーエンド



 それからぼくたちは、何もない闇の中を手を繋いで歩き回った。

 不思議と疲れることはなく、2人でならばどこまでもいつまでも歩いていける気がした。

 歩きながら、ぼくの好きな本や、花や、お菓子のことをたくさんアクアに話してあげた。

 アクアはあんまり自分のことを話さなかったけど、大事な秘密を打ち明けるように、アクアのお母さんのことを教えてくれた。


「あのね、これは内緒の話なんだけど……ボクの母さんは可愛いものがとっても好きなんだ。本当は抱きしめてキスして可愛がってあげたいけど、あんまりやると嫌われちゃうから我慢するんだって。でもそうするとね、すっごく恐い顔になっちゃうんだ。だから、母さんは可愛いものに近寄ってもらえないんだって落ち込んでたよ」


「へええ。じゃあ、ぼくもとっておきの秘密を教えてあげる。実はぼくの父さん、立派なヒゲの紳士なんだけど……本当は、ハゲを隠してるんだ」


「……ハゲの紳士!?」


「ふふふふっ。父さんたらハゲてることをぼくにも内緒にしてるんだけどさ、カツラなのはバレバレなんだよ」


 お腹を抱えてケラケラ笑い出したアクアを見て、ぼくはホッとした。

 心から楽しそうにしているアクアの輪郭が、薄ぼんやりと淡く光りながら、揺らいでいる。

 自分の手を見ると、ぼくの輪郭も淡く光って揺れていた。

 どうやら、ここがぼくたちの夢の終着点らしい。


「あははははっ……! あー、楽しかった。ありがとう、()()()、エメラルド!」


「うん! 待ってるからね! 絶対絶対……またね!!!」




 *****




 ふわふわ、ゆらゆら。

 水に浮かんだ葉っぱみたいに揺られながら、優しくて温かい手に頭を撫でられている。

 これは母さんの手だ。

 とっても気持ち良くて、心までふわふわゆらゆら揺らされるようだ。


 だけど、なんでだろう。

 母さんの手はどこか遠慮がちで、ぎこちない感じがする。

 もっといっぱい、ちゃんと撫でてほしくて、ぼくは自分から母さんの手に頭を押し付けた。



 目を開けると、ミモザの木の下だった。

 黄色い小さな花がひらひらと落ちてくるのを眺めながら、あれはやっぱり夢だったのだと思う。

 きっと、泣いているうちに寝てしまったのだろう。


 ぼくはむくりと起き上がって、それからすぐ横に屈んでいた魔女を見た。

 サッと魔女が手を引くと、ぼくの頭にあった温もりが消える。 


 魔女は眉間のシワを深くして、吊り上げた目でギロリとぼくを睨みつけた。

 固く結ばれた口からは、ギリッと歯を食いしばる音がする。


 こんなの、わかるわけがない。

 ぼくはちょっとだけ、溜め息をつきたくなった。


「……ごめんなさい」


 先に謝ったのは、魔女の方だった。

 ぼくが何も言わずにじっと見ていたら、魔女の顔はますます険しくなっていった。


「あなたのお父さんを、あなたから盗ろうと思ったわけじゃないの。でも新しい母親なんて、急に言われたら嫌に決まってるわよね」


 ぼくは思わず、ぽかんとしてしまった。


 ぼくの父さんは、世界一素敵でカッコイイ紳士だ。

 だから、父さんがいつか新しい母さんを連れて来るのは当然だと思ってた。


 当然だと思い込もうとして、最初から諦めてた。


 だって、母さんが死んでいつまでも泣いていた父さんが、いつからか泣かなくなったんだ。

 迷宮庭園とかミモザの花とか、そんな繊細なことを父さんが考えつくとは思えなかった。

 丸まっていた背筋もしゃんと伸びて、しっかり前を向くようになっていた。


 死んだ母さんの代わりに、泣き虫の父さんを支えなきゃって思っていたのに、ぼくが泣き止む前に、父さんは支えてくれる人を自分で見つけていたんだ。


 だからぼくは、仕方ない仕方ないって、ずっと自分に言い聞かせていた。

 本当はハゲてるし、最近ベルトの穴の位置が変わったことも、無理に穿いていたズボンのお尻のところが破けたことも知ってるけど、父さんは世界一素敵な紳士だから仕方ないって、そう思い込もうとしていた。


 ぼくは、父さんをとられたとか、母さんの居場所をとられたとか、自分だけおいて行かれたとか、そんなこどもっぽいことで拗ねてるんじゃない。

 恐い顔の魔女に睨まれたから、だから泣いたんだ。

 

 ……そうやって全部を強がって誤魔化そうとしてたことに、言われるまで自分でも気がついてなかった。

 ごちゃごちゃ自分の気持ちに言い訳していたけれど、多分、ぼくはただ単純に、新しい母さんなんて欲しくなかっただけだったんだ。


「こっちこそ、急に逃げ出してしまってごめんなさい」


 きちんと頭を下げて謝ると、ますます険しくなった鬼の形相と目が合った。


「いいえ。私がこんなだから、怖かったんでしょう?」


 肯定も否定もせず、曖昧に笑う。

 ああ、いつかこの顔に慣れる日がくるんだろうか……


「おおーい!」


 向こうから、父さんが小走りにやってくる。

 随分とくたびれた様子だけど、たぶん迷宮庭園の中で迷っていたんだろうな。


 父さんは決して男らしくないというわけではないのだけれど、どこか抜けているというか、変なところで弱々しいところがある。

 だからぼくが強くなって、支えて守ってあげなくちゃという気になっていたけれど、もうそんなことを気にしなくても大丈夫みたいだ。


「はぁ、はぁ。やっと追いついた。まったく、僕が頼りないもんだから、うちのお姫様はすっかり男の子みたいなお転婆さんになっちゃって」


 すっかり丸くなったお腹を撫でながら、父さんが呑気に笑っている。


「こんなおかしな()だけど、母親として仲良くしてもらえると嬉しいよ」


「おかしなって、そんな紹介ある!?」

 

 そりゃまあ、父さんを守れるように強くなろうと、髪を切ってズボンを穿いて、男の子みたいに振る舞っていた()は、だいぶおかしな方向に迷走している自覚はあったけど。

 それをニコニコ笑って許してた父さんも、私に甘いというか、どこかおかしいと思うけどな。


「……いいえ。やっぱり、この話はなかったことにしましょう。いきなり私なんかが母親だなんて、エメラルドさんも納得できないでしょうし」


「何を言ってるんだい! これから少しずつ仲良くなっていけばいいじゃないか! な、エメラルド?」


 私に向けていたのと同じ恐い顔が、父さんを睨み付けている。

 だけど父さんは、そんなの恐くもなんともないみたいだ。


 父さんを見てこんな恐い顔ができるなんて、やっぱりこの人もちょっとおかしいんじゃないだろうか。

 その恐い顔をを見ていたら、急にいろんなことがどうでもよくなってしまった。


 おかしな父さんとおかしなこの人は、よくお似合いだと思う。

 ついでに言えば、おかしな私にも。


「そういえば、まだ貴女のお名前を伺ってませんでしたね。これでは、お義母様と呼ぶしかないんですけど」


「!?」


「!!!!!」


 だから顔が恐いんだって。


 だけど、驚いたときに大きく見開かれる瞳には、とても見覚えがある。

 真夏の海と同じ色をした、美しい青緑の瞳だ。


「ああ、でも1つだけお願いがあるんです」


「な、何かしら?」


「弟が生まれたら、私に名前をつけさせてくださいね」


 何をお願いされるのかと身構えた義母さんが、不思議そうに私を見返した。


「それは随分と気が早い……いえ、どうして弟なの? 妹かもしれないわ」


「いいえ、弟ですよ。絶対に」


 そうでしょう、アクア?

 私を守ってくれると言ったのは、嘘じゃないよね。


 義母さんは気が早いと言うけれど、父さんが世界で2番目に素敵な紳士に転落するのは、もうほんの少しだけ先のことだろう。

 世界で1番素敵な、ドラゴンも倒せる勇敢な紳士に会えるのは、きっとすぐだ。

 

 キミに会ったら、教えてあげたいことがたくさんあるんだ。

 私の好きな本を読んであげるし、私の好きな花を見に行ったり、私の好きなお菓子を一緒に分けっこしよう。行儀悪いことだって、2人でこっそりしたら楽しいだろうな。

 手を繋いで、どこまでも歩いて行くんだ。

 それから内緒の話もしてあげる。


 私の義母さんは私と私の父さんのことを可愛いと思っているし、キミの父さんもハゲてるんだよ、って。


「とりあえず帰ろうか、エメラルド、マリンさん。食事でもしながら、ゆっくり話をしよう」


 前を歩く父さんの背中を見ながら、少し気になっていたことを小声で義母さんに聞いた。


「……ところで、うちの父さん本当はハゲだけど、いいんですか?」


 ふふっとふんわり微笑んだ義母さんは、温かい手で優しく私の頭をするりと撫でた。


「知ってるわ」


 この人、こんな優しい顔もできるんだ。

 ――と思ったのは一瞬だけ。

 見間違いかと思うほど短い時間で、やっぱり義母さんは怖い顔に戻ってしまっていた。


「……ふ、ふふっ、あははっ!」


 急に笑い出した私に、義母さんは目を丸くする。


「父さんが、義母さんは優しい人だって言ってたの、本当だったなあと思って」


 ふと振り返ると、ミモザの木がふわふわと風に吹かれて、小さな黄色い花を優しく揺らしていた。

 それはまるで、微笑んだ母さんが私たちに手を振っているように見えた。



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