演目4 雲飴占い
ぼくたちが笑い転げている間に、いつの間にか音楽はハープシコードからアコーディオンのプーカプーカという音に変わっていた。
いい加減笑い疲れたぼくたちは、はあはあと荒い息を弾ませながらも丸盆に注目する。
丸盆では、自分の体より大きなアコーディオンを抱えた小人が、顔を真っ赤にしながら全身でアコーディオンを演奏していた。
その横には、占い師のような格好をした老婆が、籠を抱えて立っている。
『そこの小さなお客人がた。こちらへ』
老婆が、ぼくとアクアにちょいちょいと手招きをした。
丸盆に上がれということだろうか。
アクアに目配せすると、首を縦に振ったので、ぼくたちは立ち上がった。
アクアの手をぎゅっと握ると、アクアもぼくの手をぎゅっと握り返してくる。
ドキドキと鳴る心臓を宥めながら丸盆に上がると、老婆が満足そうに頷いた。
『休憩のお供に、雲飴はいかがかな?』
「雲飴?」
聞いたことのない単語に首を傾げつつ、老婆が示した籠の中を覗く。
籠の中には、小石ほどの宝石がたくさん瓶詰めにされて、キレイに並べられていた。
「これ、飴なの? 宝石じゃなくて?」
『ひっひっひ、宝石のように美しいでしょう? しかしながら、雲のごとく軽く、瓶から出したらたちどころに空へと飛んでいってしまう、正真正銘の雲飴ですよ』
そんな不思議な飴、初めて聞いた。
アクアは、宝石のようにキラキラ輝く雲飴を見て、同じように瞳をキラキラ輝かせている。
『お客人がたには、1瓶ずつ差し上げましょう。さぁ、どの色になさいますか?』
籠の中、雲飴は6種類ある。
赤紫、青緑、翠、黄金、透明、ピンク色の粒だ。
それぞれビスクバイト、アクアマリン、エメラルド、ヘリオドール、ゴシェナイト、モルガナイトとラベルが貼られている。
雲飴の色に合わせて、宝石の名前がつけられているのだろう。
「ボク、これにする!」
アクアは迷うことなく、自分の瞳と同じ色のアクアマリンの瓶を手にした。
『ふむ。そのお色を選んだお客人は、勇敢なお人ですな。困難に立ち向かい、自らの人生を切り開く運命にあるでしょう』
選んだ雲飴の色で占いもしてくれるのか。
ぼくは、ピンク色の雲飴に伸ばしかけていた手を止めた。
迷いが生まれる。
ぼくが最初に選んだ色は、名前が気に食わなかった。
だから別の、適当な色に決めたのに。
適当に決めた色で、適当な占いをされるのはちょっと嫌だ。
かといって、気に入った色は名前のせいで選びたくない。
いっそのこと、アクアと同じ色にしてしまおうか……
「ラルドはこれにしなよ」
うんうん唸って迷っていたぼくを、アクアがキラキラの瞳で見上げてくる。
アクアの指差す先には、翠色の雲飴があった。
父さんが大切にしているカフスの色。
ぼくの瞳の色。
死んだ母さんの瞳の色。
ぼくのいちばん好きな色。
「でも……」
言い淀んだぼくを、大きな瞳をくりくりさせたアクアが見ていた。
真夏の海と同じ、キラキラと輝いた瞳で。
「ラルドはボクの名前を考えてくれたから、ボクはラルドの雲飴を選んであげる!」
「……そうか。ありがとう」
アクアの無邪気な顔を見ていたら、名前どうこうで迷ってた自分が急にバカらしくなった。
今のぼくには、弱々しい女の名前だからと忌避する理由がない。
だってぼくは、『エメラルド』じゃなくて『ラルド』なんだから。
今度は迷いなく、アクアの選んでくれた雲飴を手に取った。
『ヒヒヒ、どんな過程であれ最後に選んだのはお客人ですからの。癒やしの色を選んだお客人は、周囲の人々を幸福で照らす灯火の運命にあるでしょう』
片目を眇めて笑う占い師の老婆が、ぼくとアクアを順に見つめてから丁寧に一礼する。
『占い婆のベリル、お客人がたに永き良き運が訪れますようお祈りしております』
プーカプーカというアコーディオンの音と共に、老婆と小人は幕の中に消えていった。
それを見送ってから、ぼくとアクアも桟敷席に戻る。
片手に雲飴の瓶を、片手にそれぞれの手を握りしめながら。
「瓶から出したら、飛んでっちゃうんだよね。どうやって食べたらいいんだろう?」
桟敷席に戻るなり、アクアは難しい顔で雲飴の瓶とにらめっこし始めた。
なんだか可笑しくて、ふふと笑いが漏れる。
「簡単だよ。瓶に口をつけて蓋を少しだけ開ければ、飴は口の中に飛び込んでくるから」
「ええっ!? お行儀悪いよ!」
「そうだね。お行儀悪いね」
言いながら、ぼくはとても行儀の悪いことをする。
飛び込んできた翠の粒は、綿よりも軽く蜂蜜よりも甘く、口の中でふわりと溶けた。
今まで味わったことのない甘さと食感に、驚きで大きく目を見開いてしまう。
「わ……ぁ、なにこれ……おいししゅぎる…………」
あまりの驚きに、舌が蕩けてしまったみたいだ。
小さなこどもみたいな喋り方になってしまって、少し恥ずかしい。
「えっ、なにそれずるい! ボクも!」
行儀悪いと躊躇していたアクアが、あっさり僕の真似をした。
雲飴を口に入れた瞬間、アクアの青い瞳がとろんと揺れて、瞼がゆらゆら震えた。
小さな鼻がひくひく動き、ゆるゆると緩んだ頬は、まるで薔薇の花が咲いたみたいに華やかに色付いている。
ぼくもあんな顔をしてたのだろうかと思うと、また少し恥ずかしくなった。
「ふわあぁ……しゅごいね…………おいしいぃ……」
きっとアクアも、舌が蕩けてうまく喋れなくなったのだろう。
ぼくとアクアはお互い顔を見合わせて、うひっと笑った。
行儀悪い食べ方にお似合いの、はしたない笑い方だ。
「ねえねえ、そっちのラルドのやつも食べてみたい!」
「いいよ。アクアのと交換だ」
ぼくとアクアは、お互いの瓶を交換した。
アクアは翠の瓶に、ぼくは青緑の瓶に口をつける。
「んっ! …………んぅ???」
青緑の雲飴も、翠の雲飴と同じように、驚くほど甘く軽く口の中で溶けて消えた。
舌が蕩けそうなのも同じ。
なんだけど。
「ありぇ……あじ、おんなじだぁ」
ほわんとした赤い顔で、アクアが舌足らずにそう言った。
そうなのだ。
ぼくの雲飴もアクアの雲飴も、全く同じ味だったのだ。
色が違うのになんでだろう、と不思議に思ったけど、すぐに理解した。
あの占い師の老婆は、ベリルと名乗ってたじゃないか。
「そっか。全部、緑柱石なんだ。あの占い師が持ってた雲飴は、全部同じものだったんだよ」
「ええーっ!? ぜんぜん色が違うのに?」
ベリルは鉱石の名前だ。
そこに含まれる物質によって、様々な色がある。
父さんが仕事で扱う物の中には宝石も含まれるから、ぼくもよく知っている。
宝石には、同じ仲間でも色が全く違うものがいくつもあると、話して聞かせてもらったことがあるのだ。
「名前も採れる場所も違うけど、元はおんなじ。仲間みたいなもんかもね」
「へええ、そんなこと知ってるラルドはすごいねえ!」
説明すると、アクアがキラキラの瞳でぼくを見た。
純粋な尊敬の眼差しを向けられて、胸の奥がムズムズしてギューッとして、ポカポカする感じになってくる。
変だけど、すごく気分が良いのはなんでだろう。
「ふふ。だからね、ぼくたちは仲間なんだよ」
アクアにキラキラの瞳でもっと見てほしくて、ぼくは得意げにそう言った。
一瞬きょとんとしたアクアは、意味を理解するとぱあっと顔を輝かせた。
「そっか! アクアとラルドは、おんなじ仲間なんだ!」
まるで重大で素敵な秘密を打ち明けるように、弾んだ声でこそっとアクアが囁いた。
「でもそしたら、さっきのおばあさんも仲間になっちゃうね」
「……あ。そうなるのか」
ぼくとアクアは顔を見合わせて、同時にぷぷっと噴き出してしまった。