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演目2 夢の中のサーカス



 気がついたら、真っ暗な中にいた。

 ミモザの木の下で眠っている間に夜になったのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。

 木の下は土と草の柔らかい地面だったけど、今いる場所は固い木の床の感触がする。


 寝ている間に、父さんが部屋に運んでくれたのかもしれない。

 だけど、ベッドじゃなくて床に寝転がすようなことを父さんがするだろうか。

 わけがわらなくて、ぼくは寝ぼけた頭をうーんと傾げてしまう。


 不思議に思っていると、急にあたりがぼんやりと明るくなってきた。

 どこからか、ハープシコードの陽気な音楽まで聞こえてくる。

 それでぼくは、いつの間にか自分がサーカスの桟敷席に座っていることに気がついたんだ。



 ぼく以外のお客は誰もいない、薄暗い桟敷席。

 少し離れた場所には、ずっと前に、父さんと母さんとぼくで見に行ったサーカスで見たのと、よく似た丸盆。

 青白いライトに照らされて、薄っすらと霧がかかったような舞台はひっそりしていて、誰もいない。

 まだ開演前のようだ。


「ねえねえ」


 急に後ろから話しかけられて、飛び上がるかと思うほど驚いた。

 誰もいないと思っていたけれど、ぼく以外にも観客がいたらしい。

 振り向くと、ぼくより幾つか小さい男の子がちょこんと桟敷席に座っている。

 なんとなく見覚えのある、真夏の海のような青い瞳をくりんとさせて、男の子はぼくを見ていた。


 どこかでこの子と会ったことがあっただろうか。

 思い出してみようとしたけれど、どうもはっきりしない。

 もしかしたら、似たような誰かと勘違いしているのかもしれない。


「ねえねえ、名前おしえて?」


 そう問われたということは、やっぱりぼくはこの子と会ったことはないのだろう。

 ぼくは自分の名前を言おうとして、ちょっと待てよと思い直す。

 何故か、少し前に読んだ本の内容を急に思い出したからだ。


 しいっ、と人差し指を唇に当てて、素早く辺りを見回してみる。

 誰もいないように見えるけれど、もしここがあの場所ならば、どこで聞かれているかわからない。

 ぼくは男の子に近づくと、耳元で潜めた低い声を出した。


「もしかしたら、ここでは本当の名前は言わない方がいいかもしれない。『楽園のサーカスシルク・ドゥ・パラディ』を読んだことは?」


 男の子は、こくんと首を傾げた。

 知らないということだろうか。


「こどもが寝ている間に夢の中に入り込んで、楽しいショーを見せるサーカスの話なんだ。けど、サーカスの団員に名前を知られてしまうと、サーカスに囚われて2度と夢の世界から出られなくなる。……ああ、ショーの最後まで名前を知られなければ、ちゃんと帰れるから大丈夫だよ」


 夢から出られなくなると言うと、男の子が不安そうな顔でキョロキョロしはじめたから、ぼくは苦笑いして帰れる方法も教えてあげる。


「本当? 帰れるの?」


「大丈夫。本当の名前を知られなければいいだけだから。ぼくのことは……そうだな、ラルドとでも呼んで」


「ラルド? ……ラルドだね!」


 何が楽しいのか、男の子はぼくの名前を繰り返すと、真夏の海のような瞳をキラキラさせて、太陽みたいに明るく笑った。


 ぼくが名乗ったのは、使い慣れた()()()()名前だ。

 これは、ぼくの本当の名前じゃない。

 だからもし、ここが本当に楽園のサーカスシルク・ドゥ・パラディだったとしても心配はないのだ。

 楽園のサーカスシルク・ドゥ・パラディは、名前を知られると永遠に夢から覚めなくなるけれど、知られなければショーを見て楽しむだけという物語だ。

 家に帰れたこどもたちは、寝ている間に楽しい夢を見ていたと思うだけ。


「キミは? なんて呼んだらいい?」


 ぼくが聞くと、男の子はまたこくんと首を傾げて、困ったような顔をした。


「わかんない。名前、ラルドがつけてくれる?」


「いいよ。じゃあ、アクアってのは?」


 真夏の海のような瞳を見てそう言ったら、男の子はとても嬉しそうにクスクス笑い出す。


「うふふ。嬉しいな、ボクはアクアだよ」


「気に入ったなら良かった。ところで、アクアはここがどこか知ってる?」


「うーん……わかんないけど、やっぱり夢の中なんじゃないかな?」


 またこくんと首を傾げたアクアが指差す先を見て、ぼくは目を見開いた。


 丸盆の真ん中で、ミルク色をした魚の群れが虹色の長い尾びれを揺らしながら飛んでいた。

 ハープシコードの曲に合わせて、魚たちは右へ左へ隊列を成して空中を泳いでいる。

 青白いライトが波のようにさざめいて、ミルク色の群れがゆうらりゆらりと優雅に流される。


「……確かに、夢の中だ」


 ぼくは驚きながらも、夢でしか見られない美しい光景をドキドキしながら眺めていた。

 いつの間にか、自分が泣いていたことも、父さんや魔女のことも、すっかり忘れて夢中になっていた。



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