第3話 安眠妨害 1
ステラはベランダから動けないらしい。
ステラ曰く、俺の家のベランダは異空間になっているらしく、その周りは結界で覆われているらしい。つまり、いま俺がいる自室は現実空間。ステラがいるのは異空間。ステラはまだその現実空間と異空間の行き来が出来る力は持っていないそうだ。本人は練習する、と言っている。
けど、ステラが俺の自室に来るのは嫌だなぁ……。
なんて思いつつ。
「その格好、寒くねーのかよ」
「寒くない。私、人間じゃないから」
「見てるこっちが寒いんだよ!!」
「人間って不思議ね」
「?」
取りあえずこいつを追い出そう。
「おやすみ、ステラ」
俺は目が笑ってない笑顔で手を振る。
「……はぁ」
ステラはつまらなそうに溜息を吐いたのち、頬を搔いた。
そして――
「また来るわね」
俺は心の中で全力で「来るなー!」と叫ぶ。そして、ベランダのドアと鍵を閉める。
だが、ステラはそう告げた刹那、一瞬で目の前から消えた。それは目で追えない、光のような速さで。
そこで改めてステラが魔法使いなのだと理解する。
ステラが消えて、心が落ち着いた俺は照明を消し、ベッドに潜り、スマホのアラームのタイマーセットをする。
今日は誰かさんのせいで滅茶苦茶疲れた。すげえ傷ついた。
目を瞑り、寝返りを打つ。
ゆっくりと俺が寝ようとしていたところ――
「デデデデーン」
外が何やら騒がしい。
トランペットの音やドラムの音。そして鳥のさえずり。
ベランダのドアを閉めてても聞こえてくる大音量。
もう朝か? と一瞬思ったが、いや夜だ。
部屋の照明を付け、ベランダの方を見ると――
――そこには複数の楽器を操り、演奏をしているステラの姿があった。
「うるせー!」
「あら、やっと気づいたの?」
「ずっと……我慢してたんだよ」
歯をぐぎぎ、と噛む。
俺はしばらくの間、布団を頭まで被り、耳を塞いでいた。でも、煩さは変わらなかった。
「ともりと私の出会いって運命じゃない?」
言われ、一瞬でもドキリとしてしまった自分をぶん殴りたい。こいつとの出会いが運命なら、推しのサイン会で推しと出会えた瞬間のほうが運命だわ。
と、ステラが演奏していたのはまさしく、ベートーヴェンの『運命』だった。
ステラのせいで運命が嫌いになりそう……。俺、結構運命好きなのに。
「とにかく! 近所迷惑だし、俺寝るから演奏会は閉会してくれ」
「近所迷惑は気にしなくて大丈夫よ。ここ異空間だから、あんたにしか聞こえてない」
すっごい都合良すぎる上に、全然大丈夫じゃない。
「ほら、さっきみたいに消えろ!」
「消えろ、ですって? ひどーい」
頬を膨らませるステラ。けど、彼女は何とも思っていなさそうだ。
「さっきはどこ行ってたんだ?」
「楽器、取りに行ってた」
こいつ、日本語大丈夫か?
俺は《《どこ》》って聞いてるのに。
再度、場所を聞いてもステラは答えてくれなかった。
「暇だから本を貸してくれないかしら」
俺はステラに未読のラノベを貸した。
すると、彼女はふっと笑った。
「頼むから静かにしてくれ」
「……」
都合が悪くなるとステラは口を閉ざす。
「って、お前がいると寝れねーよ」
「私が可愛すぎて?」
確かに可愛いが。
それと同時に悪い予感がした。
今宵は一睡も出来ないような、そんな予感が。