第一章 第二話 夏祭りの記憶
「ほんとに夏祭りやってるんだけど……」
あれから、徒歩数分、俺とシロは夏祭り会場へとやってきていた。
するとあら不思議、この世界には俺とシロ以外誰もいないはずなのに、そこには見事な屋台がずらっとならんでいた。
りんご飴や綿菓子、焼きそばにチョコバナナまで。もちろんおみくじや金魚すくいなんかもそこにはあった。
だが、そのどの屋台にはやはり人の姿はなかった。
「一体どうなってるんだ……?」
「さあねぇ、私にもよくわかんない」
シロとは出会って数週間の仲だが、彼女はとてつもなく嘘が下手だ。すぐに目をそらすし、言葉遣いもおかしくなるし、すぐにそれが嘘だと分かる。
しかし今のシロの様子を見ると普通だ。なので、なぜ人がいないのかはあまり良くわかっていないらしい。
「そもそもなんで夏祭りがやってるんだ……?」
「さ、さあねぇ?」
そういいって目をそらすシロ。
……なぜこの世界に俺とシロ以外がいないのかはあまり良くわかっていないらしいが、なぜここで夏祭りがやってるのか、その理由は知っているらしい。
「まあまあ、いいじゃん! 細かいこと気にしてたらハゲるよ?」
「全然細かいことじゃないんですけど」
ものすごーく重要なことなんですけど。
「あ、ねえねえお腹減ったでしょ! 焼きそばあるから食べようよ!」
「焼きそばの屋台はあるけど焼きそばは流石にねえだろ。作る人いないんだか……」
そういいながら焼きそばの屋台の方を見る。
そこにはなぜか、プラスチックの器に入っている焼きそばが2つあった。
「あったね」
にやにやと俺を見てくるシロ。
「いやある方がおかしいだろ……」
シロは置いてある焼きそばを取ると、一つを俺の方に渡してくる。
食べようよ、ということらしい。
まあ、お腹は減ってるのでありがたくいただくとしよう。ありがとう、屋台に焼きそばを置いてくれた誰かさん。
「おいしいね!」
「ああ、美味いな。初めて食った」
「ノアくん記憶ないしねぇ」
それからいくつか屋台巡りをしていくうちに、空はだんだんと暗くなっていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「すっかり暗くなっちゃったねぇ」
「そろそろ帰るか?」
あの後もなぜか食べ物がそこに置いてあったり、射撃の屋台になぜかコルク銃と玉が何は柄置いてあったり、不思議なことが起こりつつも、なんだかんだ楽しい時間をすごしていた。
「のんのん。まだメインイベントが終わってないよ?」
「メインイベント?」
「そう、夏祭りといえば花火だよ!」
「花火あるんだ」
「そうと決まれば、りんご飴が必用だね」
「なぜに」
夏祭りといえば花火は分かるが花火といえばりんご飴なんて聞いたことないんだけど。
「いいからいいから、ノアくんは絶対に気に入るよ」
そういいながらりんご飴の屋台からりんご飴をかっさらってくるシロ。
「はいノアくん! 食べてみ! 絶対に気に入る!」
そんなに美味しいのかりんご飴……。
俺はシロからりんご飴を受け取ろうとする。がそこで
「あ、ごめんごめん。ちょっとまって」
と、りんご飴を持っている手を引っ込めるシロ。
「あ、おい。焦らすなよ」
シロがそこまで推すりんご飴、味が気になって仕方がない。
「ごめんごめん。でもりんご飴を食べる前に、花火がきれいに見える特等席に移動しよう!」
山道の方に入っていくシロ。
「はいはい、移動したらりんご飴くれよ」
「もちろん!」
早く食べたいなぁ……りんご飴。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はい。到着」
数分歩いて付いたのは、さっきまでいた夏祭りの会場が一望できるが、ベンチ一つしかない寂れた場所だった。一言で言うなら、ザ、秘密の場所。
「ここが一番花火がきれいに見えるのだよ!」
「そうなのか」
ふふん、とドヤ顔のシロを横目に、俺はベンチへと座る。
「それよりほら、りんご飴くれ」
「むぅ、はい、りんご飴」
なんだか不服そうなシロは置いといて、
「早速頂こう」
りんご飴を一口、というかひと舐め?してみる。
「どうどう、お味は! いやぁノアくん夏祭り行くとまいかっ」
「うーむ、あんまりかなぁ」
そこまで美味しくはないな。
「俺はそこまで好きじゃな……」
シロの方を見る。するとなぜか彼女は。
……なぜか。
シロの瞳から、一筋の涙がこぼれていた。
「シロ、お前泣いて」
その瞬間、大きな音とともに、空に大きな花が咲いた。
「ノアくん、きれいだね」
もう一度シロの方を見る。そこに、さっきのシロはおらず、空に上った花火を楽しそうに見るシロがいた。
「……ああ、きれいだな」
「朝にノアくんがした質問覚えてる?」
「朝にした質問?」
「恋人っている? って」
ああ、そういえば今日の朝、そんな質問をしたような気がする。
「……恋人はいないよ、まだね」
そういうシロの顔は、どこか遠くを見つめていた。