一日の始まりと開店準備
朝になり、とても明るくて暖かい日差しで目が覚めると同時に、1階からインディングさんの呼び声が聞こえて返事を返す。
レイン君のおさがりだと受け取った服に袖を通し1階に下りると、インディングさんが朝食の準備をしていた。
「おはようございます、インディングさん」
「ああ、おはよう。アレン」
朝食作りに限らず、昼食も晩飯もインディングさんが担当している。
こっそり聞いた話だが、サリーナさん曰く、飲食のお店を担当している男は意外にも素人に厳しいらしい。
新婚当時はサリーナさんも作っていたが、口には出さない代わりに、目は口ほどにものを言うという言葉をその通り実行している態度で食され、とても腹が立ってからは作らなくなったと言っていた。
その様子を思い出しながら、サリーナさんは?と問うと裏にいる事と裏への行き方を教えて貰った。
お店を出て、お店の裏側にまわると、サリーナさんが丸い桶で洗濯をしているところだ。
「サリーナさんおはようございます!手伝います」
「アレンおはよう。ならそっちの籠のほう干してくれる?干場は2階にあるからね!」
はーい、とサリーナさんが指さした籠を持って、今度は外から直接2階に続く階段を上がる。
1階にはお店の入口の他に、厨房にも出入口があるのだが、厨房もそこまで広いわけではないし、朝食と開店前準備を行っているインディングさんに悪いということで滅多には使用していない。
他に設けなかった理由は、食い逃げがいるかもしれないからという理由で作らなかったそうだ。
確かに、2期は外が真っ暗になって危ないが、それでも大通りは建物からの明かりが漏れていることもあり、明かりをささなくても足元が見えるほどだ。
だが裏側はお店や家からの明かりもなく暗闇で、人通りも少なく、そして店内が賑わっている中こっそり出ていかれたら働いている方もお客さんも気付かない。
勿論そんなお客さんはいないと信じているが、何があるかわからないし、お客に対しての信頼を失いたくない為の対策だ。
だけど、いちいちお店の入り口から出入りするのは面倒だということで、後から裏から2階への階段を作り、同時にベランダも作ったらしい。
ベランダといっても、なんとか荘みたいなアパートの共同スペースのようなベランダだ。
でも風通しは抜群だから、午後にならないと日差しが入らない位置でも、洗濯物はちゃんと乾く。
ふんふんと適当なリズムを刻みながら、サリーナさんが洗った服を、皺を伸ばしながらどんどん干していった。
「サリーナさん干しました!」
「じゃあアレンはもう朝飯食べに行きない!洗い物後少しだからインディングにはすぐにいくって伝えておいてね!」
はーいと返事をして、ベランダから部屋に入り、1階に戻る。
ホカホカと湯気がたっているオニオンスープに、パンとスクランブルエッグ、そしてサラダが並べられていた。
肉以外のご飯もあるのかと驚くが、体調管理面でそれもそうかと思い直し、失礼な考えを口に出す前に飲み込んだ。
「サリーナさんもう少しで洗濯終わるらしいです」
「おう、そうか」
朝食が並べられているテーブルには座らず、厨房にいたままのインディングさんの手元を覗き込む。
「今日のメイン料理はハンバーグだ」
子供はハンバーグが大好きだろ?とニヤリと笑うインディングさんに、私は頷いた。
ハンバーグを食べた記憶はないけど、インディングさんの料理は昨日とてもおいしいと知ったから。
肉をコネコネ揉んで、一つ一つ形を整えるインディングさんはとても楽しそうで、見ているこっちも楽しくなる。
ちなみにイートの店は、お昼1時間前程からの営業で閉店時間は特に決まっておらず、その日の食材がなくなったら終了らしい。
といっても、あまりにも早くに食材がなくなったら追加で買い出しすることもあるみたいだが。
そうこうしている間に洗濯を終えたサリーナさんがやってきた。
「今日はオニオンスープなのね、あたしオニオンスープ大好きなのよ。嬉しいわ」
「サリーナさん、オニオンスープ好きなんですね」
「ええ。インディングが作るオニオンスープはとても甘くて美味しいのよ」
ふふんと機嫌よく椅子に座るサリーナさんに、私も席に座る。
くんくんと、口や目だけではなく、鼻も幸せを感じ思わずうっとりする。
「頬っぺた落とすんじゃねーぞ」と冗談交じりで、インディングさんにからかわれながらも、むしゃむしゃと食べていると、おもむろに席から立ちあがって厨房にいくとなにやら引っ張り出した。
「サリーナのだから少し大きいと思うが…、今日からこれ使え」
と渡されたのは緑色のエプロンだった。
「ありがとうございます!でもサリーナさんの使っちゃっても大丈夫なんですか?」
受け取りながらも、持ち主であったサリーナさんを伺うとにっこり笑ってくれる。
「あと何枚かもってるからいいのよ」
「昨日から色々とありがとうございます」
「あら、9日後には私たちの子になるのよ。気にすることないわ」
「そういうことだ」
ガシガシと少し乱暴だけどやさしさもある力加減で頭を撫でられると、髪の毛がぼさぼさになった。
もうすっかり私を養子として受け入れる様子の二人に胸がときめく。
もし記憶を取り戻しても、二人の傍にずっといたいな。
「お店をあけるまでにちゃんと整えるのよ」
朝食も食べて、乱された身なりを整えた私はインディングさんからボールで作られたサラダを小皿に取り分けるよう指示を受けた。
一皿ずつ取り分けたら、お盆に並べ、を何段か重ねた後、サリーナさん特製の保冷が出来る氷の箱のような入れ物に濡れ布巾をかぶせて置いておく。
濡れ布巾は乾燥防止だ。
それにしても水と火の属性魔法ってすごく便利。
魔法玉を使わずに済んでるから、生活の殆どを補えてるってことだもの。
私も出来れば役に立てる属性でありたいなぁ。と考えながら、次々とテーブルの上を拭いていく。
サリーナさんは日替わりメニューの料理名を白板に書き、大通りから見えるように窓につるしていた。
そして、いよいよ開店だ。
■
さすがサリーナさんが自ら人気が出てきたといってるだけある。
オープン後たいして時間が経っていないのに、通りからメニューを見たお客さんたちが次々と入ってくる。
メニューも日替わり定食の一つだけなのでお客さんが入ったと同時に焼き始め、お客さんもほとんどが男性なので割と早食い。
バッと食べて、…というかガッツいてさっさと出て行く。
回転率が非常に良かった。
ただ人によって食べ方に差があるから、最初サリーナさんと一緒にお客さんにサラダやパン、出来上がったハンバーグを運んでいたけれど、今はインディングさんの邪魔にならない厨房の端で、食器洗いに専念し始めることになる。
ごめんなさい、サリーナさん。
回転率がよすぎて食器洗いが間に合いません。
今迄二人の時どうしていたんだ?と思ってしまうけど、大量のお皿がストックされてあるから、その分使用済みの食器を溜めてたんだろうね。
そう言ってたもんね。
こんなに働いて、閉店後も食器洗いに追われていたんじゃ、人手も欲しくなるよね。
頑張るからね!って思いながら、もう無我夢中で洗って洗って、洗いまくった。
開店して3時間くらいたつとお客さんの人数も減ってくる。
そこでやっと「休憩して来な」と声をかけてもらい、インディングさんが開店前に作ってくれていたサンドイッチを抱えて2階に上がったのだった。
ああ、美味しい。
◆
今日の分の食材もなくなったらしく、サリーナさんが店の外にある看板を店内にと戻す。
ちらりと空を見上げると太陽もだいぶ傾き始めていて、きっとすぐにでも沈んでしまうだろう。
最後のお客さんが出て行くと、食器洗いを一旦中断して、ホールの片づけをするサリーナさんのお手伝いをする。
どうせ私たちの夕飯後の食器がでてくるから、無理に全部終わらせようとは思わない。
というかほぼ早い段階で洗い物しかやってなかったから、閉店を迎えても洗い物はそれほどたまってないのだ。
効率優先。
……重要、だよね?
テーブルの上に置かれている食器を重ねて厨房に持っていって、テーブルを拭くと、サリーナさんが床に水を撒いてくれたから、ブラシで擦って掃除する。
雨も降っていないのに何でこんなに靴跡があるんだと疑問に思ったけど、外は土を踏み固めた道路なんだから当然かと納得した。
土の色になった水を入口から掃きだして、またサリーナさんに水を撒いてもらって、ブラシで擦るを何回かやると綺麗になった。
私が片づけをしている間サリーナさんは勘定の計算をして、インディングさんは夕飯を作る。
床が綺麗になったところでインディングさんがテーブルに夕飯を並べ始め、ちらりと覗くとお店に出していたものと同じハンバーグだった。
デミグラスソースもおいしそうで、コーンやジャガイモが添えられている。
どうやらサラダは完売したみたい。
あとサリーナさんが好きなスープもあった。
「じゃあ食べるか」
と3人がそろって席に座ったのを確認してから食べ始める。
昨日サリーナさんが昼飯として私にパン一つ渡した意味が分かった。
このお店のサイクルは朝、家事や店準備をした後ご飯を食べ、開店後から戦場に変わる中昼ご飯を食べることができないもしくは食べられても、昼飯と晩飯の時間が短いのだ。
(あのパン一つがサリーナさんとインディングさんにとって普通の昼ご飯だったんだね)
肉汁じゅわ~なハンバーグをほっぺたが落っこちそうになりながら口に運び続ける。
(ああ、美味しすぎる…インディングさん素敵)
「アレン今日はどうだった?」
インディングさんのハンバーグにとろけそうになる顔を引き締めて、私は姿勢を正してから答える。
「思った以上にお客さんが来て、…手が回らなくて、お客さんに料理持っていくの全然手伝えませんでした」
「ふふ。でも、アレンは十分凄いわ。私たちだけだと食器が溜まってしまって、今頃まだ食器を洗っているもの」
これからもよろしくね、とサリーナさんがニッコリ笑った後「そういえば」と続ける。
「アレンの事お客さんに聞いたんだけどね、誰も見たことがないみたいなのよ」
そうかと悩まし気な感じでインディングさんが返事するが、あんなにも忙しい中で尋ねるだけの余裕があったのね。
単純にというか、凄すぎる。
私なんてわたわたしてしまって、全然余裕なかったのに。
思わず心の中で拍手する。
ベテランってこういう人のことをいうんだよねきっと。
「あとこの近くで子供がいなくなったって話も聞いたことないって言ってたわ」
「…もともとアレンは壁の外にいたんだろう?もしかしたらこの町じゃないのかもしれないな」
貼り紙でもする?いっそのこと10日とか言わずにもう養子にしてしまいましょうよ、と話し合っている二人を眺めながら、私のことを本気で心配してくれる二人に嬉しくなった。
(でもこの二人が両親になってくれたら、私すごく嬉しい…)
私の為に話している2人を眺めながら、都合のいい考えをしているとサリーナさんが私の方を向いた。
「あ、そうだわ。昨日聞けなかったけど、アレンが覚えている事少しでもいいから教えてくれないかしら?」
サリーナさんに尋ねられ、私は覚えている事だけを話す。
話すといっても森で目を覚まして、ここにたどり着く事だけだから、本当に簡単に告げた。
「やっぱり…」
「やっぱりってどういうことだ?」
「私がアレンと出会った時も“森で目覚めた”といったのよ。その時は魔物がいるような森でだなんて私の空耳だと思ってしまって…、勧誘話に華を咲かせてしまったのよ。
ごめんなさい、アレン。森で目覚めた話ちゃんと耳を貸さなくて」
「いえ!私もちゃんと話せる自信なかったし、それにサリーナさんに誘ってもらえたことの方が凄くうれしかったので」
私の言葉にサリーナさんがほっと安堵する。
「それにしても無事でよかった」
「ええ、騎士様一人でも危険なのにアレンみたいな子供が一人さまよっていただなんて、考えただけでも恐ろしいわ」
うん。私も今思い出しただけでも恐ろしい。
直感で危ないことを悟ったけど、やっぱり人を襲うような魔物だったんだもん。
よく無事で…、というほど無事じゃなかったけど、それでも生きていたなぁと今さらながらに感じる。
だからそんなに思いつめた顔しなくても、こうして居られるほど無事だから大丈夫だよ。